表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/68

21 朝焼けに透ける



 コツリコツリと石床の上を歩く靴音が聞こえる。

 薄暗い廊下の先に見える、鉄格子のついた扉を目指して、シェラは歩みを進めていた。


 また、この廊下。

 以前ルディオの記憶の中で見たものと同じ。


 これは――夢?


 どうしてこの夢を見ているのか。


 疑問に思いながらも歩いていると、ふとドレスのポケットに違和感を感じた。

 なんだろうと手を差し込み、中にあったものを取り出してみる。


 それは、鋭く尖ったハサミ。

 何故こんなものを持っているのか。全く見当もつかなかったが、考えても仕方がない。


 そのままポケットに戻し、前回と同様に冷たい鉄の扉をゆっくりと開く。向かい側にあった窓から光が差し込むのを感じ、眩しさに反射的に目を閉じた。

 視界が暗転するのと同時に、そのままシェラの意識は闇の中へと沈んでいった。





「ん……」


 次に目を開けると、知らない天井が見えた。

 ぼんやりと薄暗い室内を見渡す。


 どうやらベッドの上で横になっているようだ。

 身体は鉛のように重たく、首を動かすのも億劫に感じる。


 何か夢を見ていた気がするが、うまく思い出せない。頭がぼうっとして、思考がまとまらないのだ。


 それにしても、ずっと同じ体勢で寝ていたのか身体が痛い。寝返りをうちたくてもそもそと動くと、突然大きな声が耳に響いた。


「シェラ様!?」


 それは、護衛を担当してくれている、ルーゼの声だった。

 彼女はベッドのふちに駆け寄ると、シェラの顔を上から覗き込んでくる。


「あぁ、よかった……お目覚めになられなかったらどうしようかと……」


 どういう意味だろう。

 自分はなにかしたのだろうか。


「あの、わたくしはどうしてここに?」

「覚えていらっしゃいませんか? 騎士と一緒に、川に落ちたこと」

「あ……」


 ルーゼの言葉を聞いた途端、脳内で一気に記憶が蘇る。

 そうだ、たしかレニエッタに支配された騎士を止めようとして、そのまま川に……


 落ちた後のことはあまりよく覚えていない。

 たしか、彼とハランシュカが言い争う声が聞こえて、そのあとに何かを見たような――

 そこまで考えて、大事なことを思い出す。


「ルディオ様は無事ですか!?」


 いまこの部屋の中にはルーゼしかいない。

 彼は、ルディオはどうなったのか。


「……殿下は、ご無事です。ですが所用のため、今は別の場所におります」

「よかった……」


 脱力するように、ベッドに沈み直す。

 彼が無事であれば、それでいい。


 少しして落ち着いてくると、いろいろな疑問がわいてきた。


「ここは、どこでしょうか? わたくしはどうやって助かったのですか?」

「この建物は国境を越えた先にある宿舎です。……シェラ様は、運良く川岸に流れ着いたところを、騎士たちが引き上げました」

「そう、ですか」


 どうやら運が味方したらしい。

 今までのシェラの人生は、不幸の連続のようなものだった。そのため、珍しいこともあるものだな、と感慨深く思ってしまう。


 ルーゼが気を利かせて温かい飲み物を持ってきてくれたので、重たい身体をなんとか起こした。

 カップを受け取りながら、さらに質問を続ける。


「どれくらい眠っていました?」

「シェラ様が川に落ちてから、12時間ほど経っています」


 そう言われ、窓の外を見る。

 たしか橋に到着したのが、夕方に差しかかる頃合いだった。ということは、今地平線の先にうっすらと見える光は朝日か。


 何気なくその光を眺めていると、視界の端に見慣れないものが映る。

 小高い丘の上に、人ではない何かがいた。

 昇り始めた太陽の光を受けて、そのシルエットが徐々に鮮明になっていく。


 それは、見覚えのある。

 彼と初めて会った日に視た。


 朝焼けに透けるように輝く、黄金色の――


「――獅子?」

「シェラ様」


 はっとして窓から視線を外すと、ルーゼが険しい顔つきでシェラを見ていた。


「どうかされました?」

「いま、そこに――」


 もう一度窓の外を見てみるも、丘の上には何者の姿もなく。ただ朝焼けの広がる空に、ゆっくりと太陽が顔を出そうとしているだけだった。


「そこに、何か?」

「あ……いえ、なんでもありません」


 慌てて否定するも、ルーゼはしばらく難しい顔をして窓の外を眺めていた。


 いま見たものは、幻か、それとも現実か。

 どちらにしろ一瞬目にしたあれは、間違いなく黄金の獅子の姿だった。


 そして、ひとつだけ言えることがある。

 ルディオの記憶と思われた、朝焼けに照らされる獅子の映像。

 あれは彼の記憶ではなく、シェラ自身の未来を映したものであったということ。


 それが意味するものは――


「すみません、まだ少し身体がだるいので眠っても大丈夫ですか?」

「ええ。宿舎を発つのは明日以降の予定ですので、ゆっくりお休みください」


 ルーゼの言葉に頷き、横になる。

 なんだかいろいろありすぎて、少し疲れた。

 ヴェータを発ってから体調は良い方だったのだが、さすがに真冬の川に落ちては、体力の回復には時間がかかりそうだ。


 考えなくてはいけないことも沢山ある。

 いま見た情景のこともそうだが、その前にも眠っている間に何か夢を見た気がする。

 疲れているせいかうまく思い出せないが、とても大事なことのような――


 眠ったらまた同じ夢を見られるかもしれない。

 そんなふうに思いながら、再び眠りに落ちていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ