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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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歪み鏡

「アイツは!」


 シャイードは目を丸くした。それは海でアルマが凍らせたはずの、鏡面体のビヨンドだ。

 アルマの証言に集中していたため、目眩がするまで接近に気づけなかった。


「妖精王!」


 真っ先に反応したのはモリグナだ。検察席から飛び立ち、天蓋に背を向けていたせいで反応が遅れた妖精王を、三人で救い出す。


「何事か!?」


 モリグナに守られたまま、空中から外に視線を向けた妖精王は、驚愕に口を開いた。


「歪み鏡!? 何故、こんなところにまで」

「お下がり下さい、王!」


 メリメリ、バキバキという音が響き、支柱の枝から細かい破片が降り注ぐ。

 傍聴席の妖精たちは突然の出来事に悲鳴を上げて逃げ惑い、出入り口に殺到した。押し合いへし合いするせいで大渋滞が起きる。しかも一部の妖精は逃げようとせず、呆然とするか面白がっており、それがさらに混乱を助長していた。


「我が呼び寄せた」

「なんと!?」


 証言台に立ったまま、まっすぐにビヨンドを見据え、アルマが妖精王の疑問に答える。


「汝らがあくまでもシャイードを解放しなかった場合に備えてな」

「なっ!? キサマ、何ということをしてくれる!?」


 モリグナの声は驚愕のあまり裏返っていた。

 天蓋を支える樹木は、衝撃によく耐えている。歪み鏡は、天蓋自体を壊すことは諦め、体を細長く変形させて水流の膜から流れ込んできた。

 妖精王の座っていた高座が、銀色の体に押しつぶされる。


「シャイードを解放しろ」


 アルマが感情の欠如した瞳でモリグナを見上げた。モリグナの一人がふざけるなと叫ぶ。


「それを聞いて、出来ると思うのか。この悪党め!」

「いまこそ、シャイードのドラゴンとしての力が必要であろう?」

「狂乱する危険のあるドラゴンを、我らが解き放つと思うのか!?」

「イ・ブラセルの二の舞になるのは、火を見るより明らかではないか!」


 口々に叫ばれた反論を聞き、アルマは目を瞑って首を振る。


「おかしい。我の予想と違う反応だ」



 シャイードは頭を振って、目眩を振り払った。隣を見、続いて背後の傍聴席を見上げる。


「ローシ、ロロディ! お前達も早く逃げろ!」

「シャイードは!?」


 ロロディの問いには答えず、シャイードは出口に向けて片腕を振ってから、証言台へと走った。片足で速度を殺し、アルマの隣に並ぶ。


「綻びがわかったのか、アルマ!」


 アルマは目を開いて無言でひとつ首を振り、後退った。


「我らも逃げるぞ、シャイード」

「俺を救うために、妖精郷を滅ぼすつもりだったのか!?」

「必要とあらば」


 シャイードは信じられないものを見る視線をアルマに向けた。その後、ゆるゆると首を振る。


「ビヨンドのお前に、善悪を説いても無駄か……」

「汝ならば、それを知っているとでも?」


 アルマはいつもの調子で口にしただけだ。けれど、今のシャイードにはぐさりと刺さる一言だった。

 反論できない。アルマの証明や妖精の裁きがどうであろうと、イ・ブラセルを本当に(・・・)滅ぼしたのは自分だ。シャイードは自身が大罪人であることを知ってしまった。


(確かに、俺にはアルマを責めることは出来ない。ニンゲンへの復讐心に駆られ、手段を問わなかったのは俺も同じだ。――だが今は!)


 シャイードは腰の剣を抜き、両手にそれぞれ構えた。


「こちらにバケモノの意識を引き寄せよう。妖精たちが逃げる時間を稼ぐ!」

「それでは意味が」

「俺が主だ! 言うことを聞け、アルマ!」

「………。了承した」


 そうしている間にも、歪み鏡は粘性のある液体めいて自在に形を変化させながら、法廷内部に広がっていく。

 今のところ、積極的に妖精たちに攻撃を仕掛けるわけではないが、ビヨンドが覆った場所は破壊されてしまった。

 シャイードは、モリグナに護衛されながらも今は自分の羽で飛んでいる妖精王を見上げた。


「妖精王! なんとか妖精たちを逃がしてくれ!」


 王は頷いた。


「我が眷属達よ! 落ち着くのだ」


 彼は王笏を掲げ、歌うように声を掛ける。穏やかな魔力が王を中心にドーム内に広がり、パニックが静まっていった。


「整然と並べ。そして速やかに移動せよ!」


 今度は指揮棒のように王笏を振り、それに合わせて妖精たちは並んだ。


 シャイードとアルマは、倒すことが不可能なビヨンドに改めて対峙している。体の一部を腕のように変形させたビヨンドが、彼らの居場所を薙いだ。

 二人は背後に飛び退いたが、手前にあった証言台は吹き飛ばされて傍聴席の中央に刺さった。傍にいた妖精が何人か、その勢いに倒れ込む。

 シャイードはそちらを見たが、幸い直撃した者はいない様子だ。


「妖精たちがあらかた逃げたら、海の時のようにアイツを凍らせろ。俺が詠唱時間を稼ぐ」

「了承した」


 シャイードはアルマに言い残し、ビヨンドに向かった。

 攻撃が通じないのは分かっている。が、意識をアルマや妖精たちに向けさせないためだ。

 シャイードは歪み鏡の上に駆け上った。

 銀色の表面のあちこちに同心円のさざ波が立つ。と、そこから大量の触手が伸び上がり、シャイードを捉えようとした。

 シャイードは常に位置を変えながら、自分に向かってくる触手を両手の剣でさばいていく。

 やはり細く形を絞られたビヨンドの一部分は、力も同様に弱まるようだ。

 かといって太い塊は動きが遅いので避けるのも容易い。


(アルマの言葉が本当なら……)


 シャイードは自分に向かってきた触手を、身を逸らして躱した。触手の先端は本体と結合し、再び一つに戻っていく。また別の方角から、触手が伸びてくる。


(……無敵に思えるコイツにも、必ず綻びがある)


 シャイードは刺し貫こうとしてくる槍状の触手や、捕まえようとしてくる鞭状の触手を躱して常に位置を変えながら、必死で頭を回転させた。

 その姿はうねる銀の鏡の上で、舞っているかのようだ。


 アルマは妖精たちの避難状況と、シャイードの戦いの両方を見比べながらタイミングを計る。

 途中、瓶に詰められたまま光精霊が放置されているのに気づき、じりじりとそちらへ向かった。

 助け出されたフォスはシャイードの元へ飛んでゆこうとするが、アルマは制止する。


「シャイードは今、集中しておる。気を散らすでない」


 フォスは素直に従い、苦手なはずのアルマの傍に浮いた。


 シャイードは触手を弾きながら考え続けていた。

 炎は効かない。攻撃魔法も、物理攻撃も。

 氷結でダメージを与えられはしないが、氷で覆うことで動きを止めることは出来る。現状、それがこのやっかいなビヨンドへの、唯一の対抗手段だ。


(アルマは何と言っていたか。確か、……そう、停滞ステイシスフィールドだ。時間が停止した膜だと)


 その時、何かが頭の中で小さな火花を放った。

 立て続けに、イメージが脳裏に浮かぶ。

 塩の町の魚料理と、港の子どもたち。楽しそうに喋るロロディの笑顔。

 シャイードは金の瞳を大きく見開いた。


 突然、足元が大きくうねる。


「うわっ!」


 シャイードがバランスを崩した隙を逃さず、槍状の触手が飛んできた。

 とっさに小剣で受け止めようとするが、角度が悪い。まともに槍の先端を受けた刀身は真っ二つに折れ、左の脇腹を刺し貫かれてしまう。


「……ぐっ……!!」


 激痛で呼吸が止まる。

 動きを止めた身体を、第二第三の槍が右肩、右腿と次々に貫き、鞭状の触手が首と胸と足に次々絡みついた。

 一本だけならば、締め付ける力よりシャイードの力の方が勝っているため、緩めることは出来る。だが、それを分かっているのか、ビヨンドは二重三重に首に絡みついた。

 シャイードは顔を歪め、剣を手離して両手で首から引きはがそうとする。

 だが引きちぎれない。


(苦し……っ)


 息が出来ない。


「まずい」


 アルマが相変わらずの棒読みで呟く。妖精たちの避難はまだ終了していない。フォスが空中で右往左往した。


「シャイードぉ!!」


 ロロディの絶叫が聞こえ、シャイードは苦痛に顔を歪めたままそちらを見た。

 フォーンの少年は泣きそうな顔で、身を乗り出している。


(アイツ……、まだ逃げてなかったの、かよ……)


 貫かれた身体からあふれ出す血が、鏡面体の表面を赤く染めた。

 僅かに期待したが、やはり竜の毒も、まるで効果がない。

 視界がかすんだ。意識が遠のく。


(力が……)


 するとそこに、笛の音が聞こえてきた。

 ロロディだ。

 こんな時だというのに場違いな、アップテンポの明るい曲だ。

 するとシャイードの両腕に、力がこみ上げた。先ほど以上の力だ。


呪歌ガルドルか……!)


 巻き付いた触手を必死で引きはがそうとする。

 今度は成功した。


「ぷはっ……! はあ、はあ、……っ」


 酸素が急速に脳に巡り、視界が戻ってくる。

 ロロディはまだ演奏していたが、触手の一本が彼を狙うと腰壁の後ろに素早く身を隠した。


 シャイードは未だその場に縫い付けられたまま、視線を持ち上げる。

 起死回生の一撃を加えるべく、を見た。

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