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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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妖精裁判 6

 シャイードはローシに、記憶を解く旅で自分が見てきたものについて語った。ローシは終始、無言でそれを聞く。

 語り終えたシャイードは、この部屋に入ってきた時より落ち着いたように見えた。

 ロロディは話の途中からずっと泣きじゃくっている。


「ひっぐ、ぇっ……ぐ。シャイード、痛かったよね。ここ、凄く痛かったよね……!」


 一度その胸に手を当て、また大粒の涙を手の甲で拭っていた。

 シャイードは眉尻を下げてそれを見つめ、頭を垂れた。信じてくれた少年を、裏切ってしまった。それなのに彼は、一言も責めない。

 しばしの沈黙の後、ローシが口を開く。


「それでは坊主は、何者かに操られて罪を犯したわけではないのじゃな?」

「ああ、間違いない。俺の記憶を消したのはサヤック……、半人半獣フォーンの友人だが、彼がそうしたのは俺の心を救うためだ。操るためじゃない」


 シャイードはため息をついて肩を落とした。


「俺は、……終始自分の意志でそれを行ったんだ。これは逃れようもない事実だ」

「そうか」


 ローシは頷く。


「坊主が罪を認めるというのならば、わしは、せめてその罪が少しでも軽くなるよう弁護することとしよう」

「………」


 シャイードは小さく首を振る。

 ローシの気持ちはありがたいが、あれほどの罪、何をどうしようと軽減できないだろうと分かっている。ローシにもそれは分かっているはずだ。


 扉が開き、係官が休廷の終了を告げた。

 シャイードは立ち上がり、ローシと共に従う。泣きじゃくっていたロロディが顔を上げ、その背中に駆け寄った。


「シャイード! オイラ、ショーコヒンのショウニン、ちゃんと持ってく!! 約束!」


 シャイードは肩越しに振り返ったものの、何も言わずに正面に向き直った。


 再び法廷に戻ったシャイードは、リラックスした心地で証言台につく。休廷の間、ざわついていた傍聴席の妖精も、裁判長が登場すると静かになった。

 モリグナは相変わらず、シャイードを忌ま忌ましげに見つめてきたが、全く気にならない。

 彼女たちの憎しみは正当だと、シャイードは理解していた。

 なにせ自分ですら、自分を許せないのだ。

 今は一刻も早く、この見世物を終わらせたかった。裁きは厳しいものとなるだろうが、シャイードには反論する気がない。

 ただ、心残りがないと言えば嘘になる。

 自分が死ねば、ドラゴンの血は絶えてしまうかも知れない。

 そしてなにより、アルマの言う通りなら、世界は滅んでしまうだろう。

 けれどもシャイードは、大切な友を殺し、恩義のある妖精たちを殺した苦しさから逃れるほうが、重荷を背負って生きるよりマシな道に思えた。

 アルマには新たな相棒を探して貰おう。妖精王に頼むのでも良い。

 何にせよ、世界はこれからも生きる者たちに委ねられるべきだろう。

 ドラゴンは、滅亡する運命だったと思うしかない。或いは、どこか知らない遠くで、生き残っている同胞がいることを願うしか。

 シャイードは早くも、自らがこの世界から切り離されているような心地だった。

 それ故に、彼は落ち着いていられた。



「それでは、審理を再開する」


 裁判長である妖精王が宣言し、ローシが立ち上がった。弁護人席を降りて、証言台の傍へとやってくる。

 彼はまず、裁判長の方を向いて一礼した。


「裁判長どののご配慮により、被告人はこの通り、落ち着きを取り戻しました。感謝いたしますぞ。早速ですが、尋問を続けます」

「うむ」


 ローシはヒゲをしごきながらシャイードの前を二度、往復した。そして立ち止まり、彼を振り返る。


「被告人は魔法によって記憶を取り戻したようじゃが、そのことに間違いはないかの?」

「ああ、間違いはない。思い出してみれば、確かに自分が体験したことだと感覚で分かる。誤解や誤認はない」


 シャイードは頷き、はっきりと答えた。ローシは頷く。


「よろしい。ではそれを踏まえ、先ほどまでの主張に対し、何か変更や追加はあるかの?」

「ある」


 シャイードは言葉を切り、モリグナを見た。それから裁判長を見上げる。


「森を破壊したことも、妖精を殺したことも、全て、俺がやったことだ。誰に操られたのでもない、俺が、自分の意志でした」


 静まりかえった会場に、シャイードの声はよく響いた。

 その後、余韻をかき消すどよめきが巻き起こった。彼を非難する声、怒声、悪意の籠もった罵声。シャイードはそれを、目を閉じて受け止める。

 モリグナもこれには面食らって、三人でなにやらひそひそ言葉を交わしている。罠があるのではと警戒しているようだ。


「静粛に、静粛に!!」


 裁判長が流転の王笏を机に打ち付けた。彼自身、これほどすんなりと被告人が罪を認めるとは思っていなかったらしい。


「被告人シャイードよ、それではそなたは、起訴事実を全て認めるというのか」

「ああ」


 シャイードは目を開いて頷く。


「全て認める」


 裁判長はしばし、言葉を失った。

 ローシが深々と頷く。


「では何を見たか、何をしたのかを、事実だけに絞って簡潔に説明するのじゃ」


 シャイードは弁護人の要請に従い、先ほど控え室で語った内容をさらに事務的に、簡潔に語った。

 傍聴席の妖精たちは、その出来事のあまりの悲惨さに耳をふさぎ、うろたえ、悲しんだ。


 シャイードの話が終わると、モリグナが何かを言う前に、ローシはシャイードに尋ねる。


「して被告人。今はそのことをどう思っているのじゃ」

「………。どう、とは?」

「ほら、あるじゃろ? 失った者たちへの、気持ちが」

「裁判長! 異議を申し立てます。弁護人の言葉は明らかな誘導です」


 モリグナが口を挟んだ。裁判長は頷く。


「異議を認める。被告人は自らの心のままに語るように」


 ローシは口を閉じ、一歩下がった。

 シャイードはしばし、自分の心を見つめる。ここで反省の言葉を述べれば、罪が軽減されると言うことだろうか。

 だがそれは、彼が望むことではなかった。反省したからと言って、森や妖精たちが戻るとでも言うのか?


「あのときの俺は、ああする道しか選べなかったのだと思う。俺は自分の本性と、力とを理解していなかった。ニンゲンに対する憎しみが、深すぎた」

「反省も、後悔もしていないというのだな?」


 モリグナが意地悪な解釈を加え、印象を操作しようとした。


「………。反省したら、全てが元に戻るのならば、俺はこれからの一生を掛けてでも反省し続けよう。だが、無益だ。全ては過ぎ去ってしまった。俺は、取り返しのつかないことをした。それは、何をどうしようと、取り戻せるものではない。罪の根源は俺がドラゴンであることだ。ドラゴンでなければ、俺は森を燃やさずに済んだし、妖精たちを殺さずに済んだだろう。だからもし、アンタらがこの悲劇を二度と繰り返したくないと思うなら、俺に反省をさせるのではなく、ドラゴンを殺せば良い。俺は反対しない」


 シャイードは一息に語り、目を伏せて沈黙した。

 モリグナは口元に笑みを浮かべる。

 一方、裁判長は悲しげだ。


「そこまで覚悟の上であるのならば、もはや……」

「お待ち下され!」


 ローシが大きな声を出した。


「記憶を取り戻した被告人はこの通り、罪を全て認め、罰を受けるつもりです。今や彼は自分の行った罪についてよく理解しており、言葉尻とは真逆にその胸の内は深い反省に満ちておるのです。その反省の深さ故に、罪の軽減を望んでおらぬのです! どうか汲み取って下され! その上、裁判長どの。いや妖精王よ、思い出して下され。彼は世界で最後のドラゴンでもあります。原初より生きる偉大な種族を、我ら妖精の手で滅ぼすことこそ、取り返しのつかぬ大罪でありますぞ!」

「黙れ、ローシ! 牢に繋がれて生きる屈辱を受けるくらいなら、死んだ方がずっとマシだ!!」


 反論は意外にも、弁護人が守ろうとしている被告人本人からだった。ローシは驚き、振り返る。


「何を言うか! 死んだら終わりじゃぞ!? 生きていれば、いつか……」

「嫌だ! もう嫌なんだ!! 放っておいてくれ!!」


 シャイードは証言席に頽れた。目をかたく瞑り、耳をふさぐ。


「もう、いいんだ、ローシ」

「坊主……」


 地妖精はシャイードを哀れみの瞳で見つめた。どうしてこうなってしまったのだろう。入廷したとき、彼は少なくとも見た目上は誇りを纏っていた。

 不当な言いがかりをつけられた被害者ではあるが、自らに非はないと信じ、勝利をつかもうとしていた。

 だがもはや彼は、敗北を受け入れ、戦う気力を失っている。

 受け入れがたい真実が、誇り高いドラゴンの心を折ってしまった。


「ローシよ。判決に移る前に、そなたに一つ、言っておかなくてはならぬことがある」


 裁判長から厳かな声が降り、ローシは顔を上げた。


「先ほどそなたが言及した、ドラゴンを殺す大罪についてであるが……、法の裁きは、彼がドラゴンであることを考慮しない。彼が例えニンゲンであろうと、妖精であろうと、妖精王であろうと、同じ罪については同じように裁く。分かって欲しい」

「………ははっ」


 ローシは頭を垂れた。彼にとってこの言葉は、もはや判決と同様だった。

 地妖精は力が及ばなかったことで消沈し、肩を落として背中を丸める。お陰で先ほどよりも小さくなったように見えた。


「さて、それでは。特に反論・反証がなければ、皆に意見を尋ねて判決を下したい。準備は良いか?」


 妖精王は傍聴席に尋ねた。

 傍聴席、という名ではあるものの、そこに居並ぶ妖精たちが傍観者であったのはここまでだ。妖精王の法廷では、裁判を見聞きする全ての妖精が、被告人に裁きを下す。

 その多なるを持って、被告人の罪を妖精王が宣告するのだ。

 そこに大きな特徴がある。妖精たちは多様性に富んでいる。その容姿だけでなく、能力も、魔法も、生活習慣も、何もかもが個々で大きく違っている。考え方や感じ方、果ては善悪の観念までもがそれぞれだ。

 それ故に、ただ一人の裁判長に判断を委ねるより、多数の、多角的な見方こそが正義に繋がると考えられ、このような方式が採用された。

 尤も、そこには妖精たちの多くが持つ気性――気まぐれで流されやすく、面白いことが大好き――を考慮に入れていないという批判もあったのだが。


「それでは、裁判に参加する全ての妖精たちよ」


 妖精王が立ち上がり、妖精たちの裁きを尋ねようとしたとき。



「……せーのっ、イギアリ!」「異議あり」


 傍聴席で二つの声が唱和し、影が立ち上がった。

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