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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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追憶のイ・ブラセル 8

 シャイードは囚人が口にした無責任な事実に、驚愕する。


「そんな……! この島は通常よりも魔力が豊富だし、森には妖精たちもいるんだぞ!」

「し、知らない! そんなの知らない! う゛ぁ、私は悪くない、サレムが悪いんだ。アイツが国宝を盗まなければぁあぁ!!」

「こいつ……」


 シャイードは怒りと軽蔑とで、グレッセンを始末してしまいたくなった。卑怯な手段で師匠を陥れ、数の力で攻め立てていたのだ。自分だけは安全な場所で見物して。そうして今は責任転嫁し、命乞いをしている。

 右腕が震え、短刀がさらに彼の首筋に食い込んだ。


「ひっ! や、やだあ!! 死にたくない、死にたくないよぉお!!」

「よせ、シャイード。殺すんじゃない」


 サレムがよろよろと近づいてくる。シャイードは、はっとして彼の方を向き直った。


「大丈夫か、サレム! 怪我でも、」

「いや、怪我はない。魔力の消耗が激しいだけだ」


 サレムは片手を前に突き出し、問いかけを遮って簡潔に答えた。


「それより、そいつを殺すな。何も知らないだけなのだ」

「でも、こいつは師匠を殺そうとした! それに制御も出来ないあんなバケモノを島に!!」

「シャイード」


 サレムは落ち着いた声で、ただ弟子の名を呼ぶ。悲しそうな瞳で彼を見ていた。

 シャイードはなおも反論しようとし、唇を何度も噛みしめる。

 だが師匠の瞳を見ていると、次第に逆らうことが出来なくなった。何故そんな瞳をしているのだろう、と、怒りは疑問に取って代わる。

 とうとう、シャイードは舌打ちした後でしぶしぶ頷いた。


「……分かったよ」

「グレッセンの身柄は私が預かっておく。兵士たちも。さて、あのカーバンクルだが、この島の東の沖にもう一つ、小さな無人島があるのは知っているな?」


 サレムはじっとシャイードを見つめた。

 シャイードは眉根を寄せて師の言葉を聞いていたが、唐突に理解する。


「そうか、それなら!」

「頼めるか」


 シャイードは頷いた。短刀を腰に戻し、師にグレッセンを引き渡す。彼はうちひしがれ、抵抗する気力もない様子だ。ずっとぶつぶつ何かを呟いている。その瞳は何も見ていない。

 兵士たちは、ボスが捉えられたことで大人しく指示に従った。倒れている仲間を助け起こし、サレムの命令に従ってこの場を離れ、次々と塔の中へと入っていく。怪我をした者はいても、死者は一人もいない。

 まだ兵士たちをどう追い返すか、どう島の秘密を守るかという問題が残っていたが、サレムがなんとかしてくれる。とりあえずは事態が片付きそうだ。


 そう考えていた時。

 カーバンクルに異変が起こった。


 シャイードは塔に入っていく兵士たちを眺めていて、異変に気づくのが遅れた。

 ふと影が落ちたのだ。自分の上に。

 振り返ると、大きな岩塊がある。一瞬、それが何か分からなかった。


「ヴォオオオォオォォオオ………!!」


 洞窟を吹き抜ける風のような、太い、低い音が周囲に響く。

 カーバンクルだった幻獣の身体から、赤熱する石炭めいた岩が、次々とせり出していた。

 カーバンクルは悶え苦しんでいるように見えた。やがてトカゲの姿は燃える石炭に完全に埋没してしまう。


「か、身体が……」


 シャイードは身体から根こそぎ魔力が失われていくことに気づく。これ以上、人の姿を保てない。

 そう思った直後。

 岩塊の内側から、全ての方角に向けて光条が走った!


 シャイードは光条の一つに身体をかすめられ、吹き飛ばされた。


「う……、ぅう……」


 右半身に酷い痛みを感じる。見下ろすと、上衣の右半分が吹き飛び、黒い鱗に覆われた肌が露出していた。

 光条が当たる直前に、中途半端に変身が解けてしまっていたようだ。しかし、それが幸いした。そうでなければ、もっと甚大なダメージを受けていたはずだ。

 それでもなお、衝撃と激しい痛みに、一瞬だけ気を失っていたらしい。

 顔をしかめながら身を起こす。辺りには土煙がもうもうと立ちこめ、視界が悪い。

 空気が熱せられ、ぴりぴりと鼻腔を刺す匂いがした。

 痛む頭を左手で支え、よろよろと立ち上がった。手に艶やかな角の感触が返る。


「一体、何が……」


 巨大な岩塊を見上げると、四方八方に向けて細い骨格が突き出し、なおも周囲の魔力を貪っている。そして貪れば貪るほど、カーバンクルであった岩塊から新たな燃える石炭が生まれた。


「ヴァアォオゥゥ……、アァオォォウゥ……!」

『くるしい……、たすけて……!』


 岩塊のうめきに重なるように、シャイードの脳裏に聞き覚えのある声が響いた。

 シャイードはせわしなく視線を巡らせる。

 その視線は、周囲を一周して岩塊に戻ってきた。


「まさか……、まさか、そんな……」


 浮かんだ可能性に、頭が冷える。

 岩塊の中央付近から、か細い腕が飛び出していた。


 シャイードは考えるよりも先に立ち上がり、走り、岩塊に飛びついた。

 赤熱する石は、ドラゴンである彼がダメージを喰らうほどの温度ではない。白光の方は純エネルギーで、直撃すれば無傷ではいられないが、構ってはいられなかった。

 腕のところにたどり着く。すぐ傍には少女の顔が見えたが、その右半分は岩に埋まっていた。


「イレモノ! お前、なんでこんなところに……! 待ってろ、すぐに助けてやる」


 シャイードは腰から短刀を引き抜き、彼女の身体を傷つけぬように岩との境に突き立てた。

 何度も、何度も。

 そうしている間にも、カーバンクルだったモノの身体からは、次々と岩塊が浮かび上がってくる。


「くそっ、キリがねぇ!」


 苛立ち紛れに岩を穿った際、とうとう不吉な音と共に、短刀の刃先が欠けてしまった。

 シャイードは舌打ちする。


『……ぅう……、ぁあああっ!!』

「グァルルルルゥウウウ!!」


 周囲の石が輝き始めた。

 まずい!

 そう思った次の瞬間、視界が真っ白に染め上げられた。

 脳裏に少女の悲鳴が響く。同時に、バケモノの叫びが。


『だめぇ……っ!!』

「くっ……!!」


 シャイードは目を固く閉じ、それでもなおまぶしい光に右腕を瞼の上にかざした。

 だが、覚悟した痛みが身体を焼くことはなく、光は収まっていく。

 ゆっくりと瞼を開き、辺りを見回す。周囲は再び、蒸発した地面や舞い上がった埃でまるで見渡せなくなっていた。

 幸い、イレモノとシャイードの周辺からは、白熱光が出なかったようだ。


「げほっ、ごほっ」


 少女の赤い瞳と目が合う。


『よか……、た』

「俺が、わかるか? イレモノ」

『わたし、わかる』


 どうやら彼女は意識を取り戻した様子だ。シャイードは安堵の息を吐く。

 岩から飛び出している左手が、ぴくりと動いた。

 シャイードは遅れて悟る。

 光は出なかったのではない。少女が、出させなかった(・・・・・・・)のだ。理由は分からないが、彼女とバケモノは融合している。

 だとすれば、自分にはどうしようもない。何も出来ない。


「少し待ってろ、イレモノ。サレムを呼んでくる。師匠ならきっと」


 立ち去ろうとするシャイードを、イレモノはすがる瞳で見つめた。


『行かない……で』

「だが……!」

『手を』


 彼女は懇願するように、瞼を閉じた。


「手?」


 シャイードは怪訝な表情になる。しかし、何か考えがあるのだろうと、彼女の言葉に従った。折れた短刀を鞘にしまい、空いた右手でイレモノの左手首を横からつかむ。

 これでいいのか、と思考で彼女に問いかけた。


『……そうじゃ、なく』


 苦しげだった彼女の声なき言葉に、わずかに笑いの気配が混じった気がした。シャイードは訳が分からず、ただ見守る。


『あり、がと』


 イレモノはまつげを震わせて、再び瞼を開いた。何に対する礼なのか考えていると、少女の唇に微かな笑みが浮かんだ。

 シャイードは目を丸くする。


『あなた、来てくれた』


 その言葉にはしみじみと、噛みしめるような響きがあった。


『わたし、……を、人として扱った、……の、あなた、だけ』


 シャイードは戸惑い、首を振る。


「なんだよ、こんな時に! いいから、早く」

『いいの。もう、へいき』


 大丈夫なのか、とシャイードの脳裏に浮かんだ思考を読み、イレモノは頷いた。


『………。じゃあね』


 言って少女は目を閉じた。その眉間に、深いしわが刻まれる。


「イレモノ? ……おい!」


 彼女は何かに集中しているようで、その顔にふつふつと汗が浮かんでいく。

 その身体を中心に、周囲の岩に光が広がっていった。

 また光線が、とシャイードが身構えたとき。

 臨界に達した光が溢れ、つかまっていた岩がシャイードもろともはじけ飛んだ。

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