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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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追憶のイ・ブラセル 7

「ルミナス……カーバンクル?」


 敵の言葉をオウム返ししつつ、シャイードは眉根を寄せた。

 カーバンクルは額に宝石を持つ小さな(・・・)幻獣のはずだ。

 その時、トカゲめいた魔物がシャイードに顔を向けた。なるほど、確かに額には赤熱した石炭のように輝く石がある。瞳の色も同じだ。


「キサマは何者だ、小僧」


 金髪の魔術師は尊大に腕組みをしながら再び誰何した。

 彼はウェーブがかった前髪を片方だけ長く伸ばしており、右の目元が隠れている。肌は不健康に青白く、唇は薄い。

 その瞳は、蛇のように油断なくシャイードに注がれていた。

 こいつはなんと言ったか……、そうだ、グレッセンだ。シャイードが魔術師の名に思い至ったとき、左側から声が飛んできた。


「かまうんじゃない、シャイード!」


 サレムが一人を杖で殴り倒し、大きく息をついていた。シャイードはそちらを気にしながらも、目の前のカーバンクルとグレッセンを見据える。


「俺は、サレムの弟子だ!」

「弟子ィ?」


 魔術師はすっとんきょうな声で繰り返し、突然笑いだした。やけに甲高い、かんに障る笑い声だ。


「サレムの弟子だと!? あのサレム(・・・・・)の!? これはこれは……。なるほどねぇ?」


 笑いを収めたかと思えば、シャイードに値踏みの視線を向けた。

 訳知り顔で頷く様子に、シャイードは内心気が気でない。

 師を振り返ると、未だ兵士たちと対峙していたが、戦闘は膠着していた。兵士たちは不用意に飛び込んで行くのをためらっている。戦闘訓練を受けた仲間が、杖一本であっさり倒されていくのを何度も見たのだ。

 師は隙なく杖を正面にかざしたまま、視線をシャイードに送った。

 シャイードは師と目を合わせ、自分の胸に指を向ける。

 どうせばれているなら、俺がドラゴンに戻って蹴散らそうか? と。

 意図を読み取ったサレムは小さく首を振った。

 グレッセンは二人の様子など気にもせずに言葉を継ぐ。


「さぞかし才能溢れる若者なのかもしれないが、調子に乗るなよ。キサマの魔法も、ここじゃ何の役にも立たないぞ」

「……どういう、意味だ?」


 金髪の魔術師の言葉から、シャイードは正体がばれているわけではないと悟り、内心安堵する。しかし、表面上はおくびにも出さずに話を合わせた。


「ハッ! 最強と呼ばれた魔術師と対峙するのに、無策で来ると思うか?」


 シャイードは額の石と背中の突起を不気味に輝かせる幻獣を見遣る。突起は先ほどよりも成長したように見えた。光が、空中から現れて次々に幻獣へと吸い寄せられていく。


「魔法封じか」

「いや、もっと悪い」


 サレムが首を振り、続ける。


魔力イーサ喰いだ。ただのカーバンクルじゃない。……グレッセン。お前、まさかアレを使ったのか。ただでは済まんぞ!」


 師は嫌悪感を露わにして帝国の魔術師を睨み、唸った。

 グレッセンは顔を愉悦に歪める。芝居がかった仕草で、両手を持ち上げた。


「ご明察。だがねぇ、()宮廷魔術師殿。私は祖国から正式な許可を貰っているのだよ。キサマを仕留め、国宝を奪還するためなら、何をやっても良い(・・・・・・・・)、とね?」

「外道め……っ!」

「キヒヒッ! 負け犬に何を言われようがねぇ?」


 シャイードは二人のやりとりを完全には理解できなかったが、あのバケモノを倒せば敵に打つ手がなくなることは理解できた。

 シャイードは短刀を構え、カーバンクルに正対する。


「俺が仕留める」

「無理だ!」

「いいからサレムはニンゲン達に集中しろ!」


 サレムもグレッセンも、今は魔法を使えない。兵士たちも同様。であれば、バケモノ退治を成せるのは自分だけだと思った。

 とはいえ、この姿のままで出来るだろうか。彼我の体格差を思えば、師匠が無理というのも仕方ない。


「学んだことを思い出せ。幻獣とは言え、急所はあるはず」


 シャイードは敵をまっすぐに見据え、自らに言い聞かせた。

 これ見よがしに輝く、額の宝石がそれではないかとシャイードは目星をつける。そして地面を蹴った。


「アイツを殺せ、カーバンクル!」


 グレッセンがシャイードを指さし、命じる。直後、カーバンクルの額の宝石が輝きを増した。

 何か来る、と嫌な予感に従うまま、シャイードは右に跳んだ。

 次の瞬間。

 白熱する光の帯がシャイードが、一瞬前までいた場所へと走った。


「!」


 光線を照射された地面が膨張し、爆発してえぐれる。生えていた草は一瞬で蒸発していた。

 その威力に驚愕している間にも、カーバンクルは新たな座標を見据え、額の宝石に光を集めている。


「ヒャハ! いいぞ、カーバンクル! そのまま小僧を焼き殺せ!」


 あれを喰らったらただでは済まないだろう。不用意に近づくのは危険だが、立ち止まっていては格好の的だ。


「懐に入りさえすれば……っ!」


 シャイードは左右に蛇行しながら、距離を詰める。

 カーバンクルは光線を狙い撃つが、素早い動きにあと一歩及ばない。


「ええい! 何をやってるんだ! 早く仕留めろ!」

「遅い!」


 シャイードは至近での照射を前転して躱し、カーバンクルの足元をすり抜け、その左足の腱に斬りつけた。


「ぎゃおう……!」


 カーバンクルが苦痛の声を上げて蹈鞴を踏む。表皮は見た目ほど硬くはないようだ。

 踏みつぶされぬよう、シャイードは僅かに距離を取ろうとしたが、そこに暴れる尻尾の攻撃が襲いかかった。


「ぐはっ……!」


 カーバンクル自身にとっても、意図した攻撃ではなかった。苦痛にいらだつ尻尾がたまたまそこにいたシャイードを捉えたのだ。

 軽々と吹っ飛ばされ、折角詰めた距離が無駄になる。

 受け身をとりつつ転がり、ダメージを多少なりとも減らす。

 だが直撃を受けた肋骨に違和感を覚えた。良くてヒビ、悪ければ折れている。


「くそっ」


 シャイードは血の混じった唾を吐き出した。だがこれは口の中を切っただけだ。

 片顔を歪めて立ち上がり、脇に左手を当てて走った。

 とにかく、同じ場所にいてはいけない。

 案の定、彼を狙った白光が背後を追った。

 その光の帯が切れる瞬間を狙い、シャイードは再びカーバンクルへと向かう。

 どうやら一度光線を撃つと、次を撃つために数秒の間があることが分かってきた。


「充分っ!」


 再び、今度はカーバンクルの右足の腱を狙う。至近距離で放たれた光条に髪を焦がされつつ、短刀の刃を叩き込んだ。

 カーバンクルは再び苦悶し、両の前脚を地面につく。シャイードは尻尾の追撃を、カーバンクルの背に飛び乗ることで躱した。

 そのままバケモノの頭へと向かうが、背中の飛び出した骨格が邪魔をする。

 草を刈る要領で、短刀を横に薙いだ。

 だがこちらは、思いのほか強靱だ。


「う……っ」


 骨格に短刀が当たった瞬間、身体から力が抜ける。

 強烈な目眩を感じ、シャイードはバランスを崩した。カーバンクルの背中から落下しそうになるのを、皮膚に短刀を立てることで免れる。

 力が抜けたんじゃない、とシャイードは遅れて気づく。体内の魔力を奪われたのだ。

 この器官で付近の魔力を根こそぎ喰らい、それを額の宝石に集めて先ほどの光線を放っているようだが、直接触れると比ではないほど魔力を奪われる。

 次に触れたら、人の姿への変身が解けてしまう気がした。


「こちらから頭を狙うのは無理か」


 シャイードは素早く周囲を見回す。そして気づいた。ここからなら、”もう一つの頭”であれば狙えるではないか。

 バケモノの背を勢いよく蹴り、そちらに向かって跳ぶ。

 少し離れた場所で傍観していたグレッセンが、シャイードの意図に気づいて慌てて距離を取ろうとするが、逃げ切れなかった。

 シャイードは魔術師の片手を捉えると、それを背中に捻り上げて短刀を首筋に宛がった。


「死にたくなければ、兵士とバケモノを止めろ!」

「ヒ、ヒィッ!!」


 グレッセンは声をうわずらせて震えた。彼が指示すると、兵士たちは両手を挙げてサレムから離れる。

 サレムは構えていた杖の石突きを地面につき、大きく息を吐き出してそれに寄りかかった。かなり疲弊しているようだ。


「バケモノもだ!」


 カーバンクルは後脚の腱を傷つけられ、その場に蹲ったままだが、相変わらず周囲から魔力を奪っている。

 シャイードも、少しずつ体内から魔力が減っているのを感じていた。


「すぐに止めさせろ!」

「で、できないんだ!」

「なんだと!?」

「ぎゃぁああ!! 痛い、痛いよ! 止めて、殺さないでぇえ!!」


 シャイードが短刀を動かすと、グレッセンの皮膚にほんの少し、切り傷がついた。

 それを彼は、この世の終わりように大げさに痛がり、泣き、命乞いをする。背後のシャイードからは見えなかったが、顔は鼻水と涙でぐしゃぐしゃだ。


「周囲の魔力を吸い尽くすまで、ヒグッ……、ルミナス・カーバンクルは、と、止められんのだ!」

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