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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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掌からこぼれ落ちる

 部屋にたどり着いたシャイードは、マントを椅子に放り、ベッドに身体を投げ出した。

 憎悪と怒りが身のうちにくすぶっている。

 うつぶせに身体を横たえ、シーツに拳をたたきつけた。布地をひっかくように握りしめる。


「くそっ! あいつが死んだのか! ……くそっ! 一族のかたき、母と弟たちのかたき、……師匠のかたきのあいつがっ!!」


 マントの下からフォスが現れたが、シャイードには近づかず、机の上に落ちて淡い光を放っている。

 シャイードは金の瞳を燃え立たせ、ヘッドボードをにらんだ。

 喉の奥が熱い。

 かみしめた歯の奥から、ぐるると獣のような低いうなり声が響く。


「許さない。絶対に許さない。あいつは……、あいつはいつか、この手で縊り殺してやるつもりだったのに!!」


 帝国の被征服民の多くが宿しているであろう感情を、シャイードも心の内に宿していた。

 叶わぬ夢。

 けれど、何度もそんな夢を見るような。

 その夢は、永遠に届かないものになってしまった。


(憎い。憎い。憎い。

 この怒りと憎しみを、どこに向ければいい!)


 シャイードはぎりぎりと奥歯をかみしめる。握り拳は色を失い、骨が浮き上がって見えた。

 突然、息苦しさを感じて、両手で喉をかきむしる。

 食道がひりひりと焼け付くように痛み始めた。


「く……、ぅぐっ。が……、ぁ…あ……ぁあっ、ああぁあ!!!!」


 思考がぼやけ、視界が赤く染まりだす。

 身体の芯が熱い。

 意に反して、全身の筋肉がこむら返りを起こしたように離反し、ふくれあがりそうに――



『憎悪の炎に身を任せてなはならない。決して――』


 そのとき、ふいに師の言葉が、シャイードの頭の中でこだました。


『――それは他者を焼き、友を焼き、愛する者を焼く。だが何よりも、お前自身を焼くのだ』


 頭から冷水を浴びせられた気分だった。


 急速に、怒りが冷えていく。

 体中から力が抜けた。

 ベッドに沈み込む。


 シャイードは枕に頬を押しつけたまま、何度も荒い息をついた。


(……分かってる。分かってるよ、師匠)


 だからこそ、彼はここにいるのだ。

 過去よりも、未来を見つけるために。


 シャイードは仰向けに寝返り、首から提げたペンダントを取り出した。右手で強く握る。

 鋭利な先端がいくつも手のひらに食い込み、肉体の存在を思い出させた。


(師匠が守りたかった何かが、あそこに眠っている。けれど、一体どこに? もう2年も探しているのに……! 師匠はどこに何を隠したんだ?)


 未来を託すと言って、渡されたペンダント。彼にはその時、詳しく話を聞く時間は無かったのだ。


(……疲れた……)


 シャイードはペンダントを握ったまま、まぶたに手の甲をあてる。

 いつの間にか、眠りに落ちていた。


 ◇


 島が燃えていた。


 森も、畑も、水車も、帝国の船も。

 そして帝国兵たちも。

 何もかもが焼けて、本来の形を失っていく。

 焦げた臭いが辺りに満ちて、風景を煙らせている。赤と黒の乱舞。


 ――いつもの夢だった。


 広場に倒れていたシャイードは身体を起こす。

 燃え上がる塔を見上げ、師の姿を探す。


 見つけた。


 中央を大きくえぐられ、今にも崩れ落ちそうな塔の下に、師は倒れている。


 シャイードは走る。


 いや、走りたいのに手足が動かない。

 空気が、鉛の水と化したように重い。

 気持ちは駆けだしているのに、身体の動きはスローモーションだ。


 師匠!


 手を伸ばすが、届かない。


 師匠が口を開く。『選択を、――』


 知っている。それは師匠の口癖だ。

 激しい爆発音がして、塔が崩れた。ガラガラ、ドン、ドドン。



 そこで目が覚め、跳ね起きた。


 心臓が、全力疾走直後のように激しく鼓動している。

 浅い呼吸を繰り返しながら、右腕を見つめた。ちゃんと動く――



 ドン、ドドン。


 音が現実まで追いかけてきた。

 恐怖に息をのんだ次の瞬間、扉を叩く音だと気づく。


「シャイード、すまねぇ。開けて貰えねぇか」


 扉越しのくぐもった声は、店主のそれだった。


 シャイードは詰めていた息を大きく吐き出し、ベッドから下りる。

 東の空は白み始めていたが、室内は薄暗い。それでも闇に慣れた瞳には十分ではあった。

 衣服は着たままだったので、そのまま薄く扉を開く。


「一体、なん……」


 誰何を無視し、店主は扉を押して部屋の中へと踏み込んできた。

 シャイードは反射的に一歩下がる。

 店主は薄暗い部屋をぐるりと見回し、しゃがみ込んで机の下を覗き込んだ。

 シャイードはフォスの姿を探したが、見当たらない。おそらくマントの下に隠れてしまっているのだろう。


「おい、……一体何事だ」


 シャイードが髪を掻きながら不機嫌そうに尋ねると、店主は立ち上がる。


「ああ、……すまねえな。その、アイシャが来てやしねぇかと」


 シャイードは目を丸くした。

 数瞬のあいだ言葉を失ったのち、息を吐き出しながらあきれた様子で答える。


「いるわけないだろ。アンタ、自分の娘をなんだと……」

「あ、ああ。わかってる、わかってるよ。ほんと、そうなんだが……」


 青年から視線をそらしつつ、店主はぼそぼそと答える。


「まさか……、いなくなったのか?」

「………、ああ」


 店主は首の後ろに手を当てて、観念したように頷く。


「朝の準備に降りてこねぇんで、部屋に呼びに行ったら返事がねぇ。鍵は掛かっていた。具合でも悪くしたのかと合い鍵で扉を開けたら、もぬけの殻だった」

「家出か?」

「わからねぇ……。夕べはいつもどおりの様子だったんで、機嫌は直ったんだと思ってたんだ」


 シャイードはあごに手をあて、昨夜酒場で会ったときのアイシャを思い出す。確かにいつも通り……


「あ……」

「なにかあったか?」

「あ、いや……。そういやあいつ、帰ってきたとき、大きなバスケットを持っていたな。客が多くて買い出しが大変だったと言ってたんだが、どうして2階に荷物を運び上げる必要があるんだろうって少し引っかかったんだ」

「バスケットぉ……? そんなもの、あいつの部屋には……」

「「あっ」」


 二人は声を揃えた。


「遺跡か?」

「馬鹿な……!? 一人でか」


 シャイードは首を振りかけ、止める。


(アイシャなら、ありうる……)


「ともかく、もう少し情報を集めよう。遺跡なら、今は学術調査隊が封鎖しているはずだから、あきらめて帰ってくるだろうし」

「おお、そうなのか」


 店主は少しほっとした様子だ。

 シャイードは椅子に掛けてあったマントを身につけ、店主を促して部屋の外に出る。

 すぐにハッとして店主に向き直った。


「勘違いするなよ。ただで請け負うつもりはないぞ。手間賃をきっかりいただくからな!」


 店主は突然の宣言に面食らったが、鼻から息を吹き出して笑い、


「もちろんだ。いくらでも払ってやるから、アイシャを無事に連れ帰ってくれ」


 小さな背中を叩く。

 すぐに不安が表情に影を落としたが、シャイードの存在に心強さを感じているのも確かだ。


「よし。まずはアイシャの部屋を見せてくれ」



 少女の部屋はきちんと片付いていた。

 質素な部屋だ。余計なものはほとんど見当たらない。

 少女らしいものと言えば、ベッド上の古ぼけた熊のぬいぐるみと、机に置かれた一輪挿しの花くらい。

 それとて道ばたに咲く平凡な花で、彼女の人柄を思わせた。


 シャイードはまっすぐにベッドに向かい、布団の中に腕を突っ込んだ。

 後ろに控えていた店主が、あっけにとられた後、「おいこら!」と突進してくる。それを振り返って逆の手でとどめ、


「もう完全に冷めてる。部屋を出てからかなり時間が経っているようだ」


 と冷静に答えた。

 布団から手を引き抜くと今度は床に両手両足をつき、片頬を押しつけた。


「フォス」


 光精霊を呼ぶ。マントの下から現れたフォスを低空に留まらせ、ベッド下を見る。


「……、靴を履き替えている」


 ベッドの奥の方に、普段履いている靴が押し込めてあった。

 かがんできた店主に場所を譲り、確認してもらう。

 続いてクローゼットを開き、掛かっている衣服を改めた。


「外套もないようだな」

「じゃあやっぱり……」

「ああ、ほぼ確定だな。一人でピクニックに出かけたってことでもなければ」


 シャイードは頷いた。マントの下へと戻ってくるフォスを迎え入れつつ、


「俺が遺跡の近くまで行って様子を見てくる。引き返してくる彼女と会うかもしれん。そうでなくとも、学術調査隊に事情を聞けるだろう」

「俺も行こう」


 一歩踏み出す店主に向けて、シャイードは即座に首を振る。


「いや、確認だけなら一人の方が早い。それにアイシャと入れ違いになる可能性もある。アンタはここにいてくれ」


 言うが早いが身を翻した。

 階段に向かいかけ、思い返して一旦部屋に戻る。

 クロスボウとボルト、携帯食料や水袋、火口箱、鍵開け道具、応急手当キット他、遺跡探索に持っていく細々とした物品が入ったボディバッグをマントの下に身につけた。念のためだ。


 剣はどちらも手入れに出したままだったが、様子を見に行くだけなので特に問題はないと彼は判断した。

 酒場に降りて店主に水袋を渡し、水を補給して貰う。

 飲むためというより、アイシャがもし怪我をしていた場合に、その傷口を洗うためのものだ。

 シャイードは待つ間、テーブルに腰をもたれさせていたが、不意に表情をこわばらせて直立した。


「ほらよ、水。……どうした?」


 差し出した水袋を受け取らず、壁の一点を見つめるシャイードを不審がり、店主は視線を追う。


「あっ!」

「確定、だな……。ピクニックはあり得ない」


 酒場の壁から、飾ってあった戦斧バトルアクスが消えていた。

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