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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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妖精裁判 2

 裁判長は王笏を、手元でくるくると回しながら、シャイードを見下ろす。


「さて、被告人シャイードよ。そなたは起訴されている二つの罪について、どちらも否認するというのだな?」

「ああ。……一つ目の破壊行為とやらが、たまに薪を取るために木を伐採する、という行為を含まないものならば、だが」

「ふむ。それを罪とは言えんな。のう、モリグナよ?」


 裁判長が確認の視線を送ると、検察席のモリグナは頭を下げた。


「問題となっている破壊行為とは、イ・ブラセル終焉の日、妖精樹と森の大部分を焼失させた、ドラゴンの炎についてのことです。裁判長」

「よろしい。シャイード、どうだ? そなたはその炎で、森を焼き払ったことがあるか?」

「一度もない」

「そうか。ところで二つ目の罪についても、否定で間違いはないか?」


 裁判長の口調は優しい。だがシャイードは彼を鋭い視線でにらみつけて口を開いた。


「俺は、どんな種類の妖精であれ、殺したことはない。イ・ブラセルの妖精たちは長い間、俺の友であり、親族だった。俺が彼らを殺す理由は一つとしてない!」

「ふむ、真実に相違ないか?」

「当たり前だ。嘘なんか言ってねえ!」

「口を慎め、被告人!」


 モリグナがシャイードの口調を鋭くたしなめる。裁判長は、水平にした掌を上下に振り、モリグナに気にしないという意志を伝えた。

 そんなやりとりの間も、シャイードは内心、大釜の湖で水棲馬を殺さなかったことに安堵していた。あそこでもし、怒りのままに彼らの一頭でも殺していたなら、ここでの証言は遙かに信憑性が低くなっていたことだろう。


「裁判長どの。発言してもよろしゅうございますか?」


 ローシが初めて口を開く。裁判長は、おお、と相好を崩し、弁護人席のノームを見た。


「そなたが弁護人を引き受けてくれたのだな、ローシ」


 ノームは恭しく一礼する。その間、彼の姿はテーブルの下に完全に隠れて見えなくなった。


「はい、裁判長どの。わしはこの坊主……、失礼。被告人が無罪である確証を得ておりますゆえ」

「そうなのか。それは頼もしいな」


 ローシは裁判長の言葉に対し、胸を叩く。


「無論のこと、後ほど立証いたす所存。ご観覧の妖精諸兄も、必ずや納得の上、賢明なる判断を下されることと確信しております」


 ローシは腕を大きく開いて、傍聴席の妖精たちを示した。妖精たちが顔を見合わせている。声は聞こえないが、戸惑っている様子だ。

 ローシの言葉が難しすぎたのだろうな、とシャイードは推測した。

 裁判長は眉根を寄せ、首を傾げる。


「ふむ。検察側と弁護側の主張はどうやら真っ向から対立しておる。では次は、互いが意見の論拠としている証人や証拠品等について、検討していくこととしよう。被告人は席に戻りなさい。検察側、冒頭陳述を」

「はっ!」


 二人目のモリグナが立ち上がった。

 彼女は手にしていた巻物を開き、眼前にかざして読み上げていく。


「被告人シャイードはイ・ブラセルにて生まれ育った。種族は黒竜。事件より以前に島を出た記録はなし。事件は今から二年と数ヶ月前に発生。犯行時、島には招かれざるニンゲンの軍隊が訪問していた。被告人はこれを排除するため、妖精たちに累が及ぶのも構わず、森を焼き払ったものである。このニンゲンとドラゴンの争いに巻き込まれたことにより、妖精樹は失われ、妖精たちは死に絶えた」

「……っ! 俺はやってなんか」

「被告人。黙るように」


 裁判長から厳しい声が飛ぶ。シャイードは口をつぐんだ。裁判のことはよく分からないが、今は発言を許されていないようだ。

 隣ではローシが小さく頷いている。堪えろ、と言われたように思え、シャイードは下唇を噛んだ。


「続けなさい」

「はっ。――被告人は事件後、現場より何らかの手段にて逃走している。昨日、大釜の湖にて水棲馬への傷害事件を起こし、森への破壊行動を行っているところを、我らモリグナの手によって捕縛された。逃走からその間の行方は不明。ニンゲンの姿に変身して、我らの捜索の目から逃れていたものと推測される」

「推測に関しては、言わなくてもよろしい」


 裁判長が眉根を寄せた。


「ですが彼が行方不明の間、ニンゲンの姿になっていたことは事実です、裁判長」

「ふむ……」


 モリグナが食い下がると、しぶしぶ、裁判長はこれを認めた。


「我らは起訴事実を証明するため、証人の用意がございます。召喚してもよろしいですか」

「よろしい。証人を証言台へ」


「……!?」


 少しして運ばれてきた”証人”を見て、シャイードは席を蹴立てて立ち上がる。

 小さなガラスのコップに閉じ込められて証言台に置かれたのは、海で別れたフォスだったのだ。

 フォスは蓋をされたコップの底に、しょんぼりと沈んでいる。光が弱々しいのがシャイードには心配だった。

 駆け寄りたくなる気持ちは、ローシが服の裾をつかんだことで抑えられる。

 シャイードはローシの方を見て、一度小さくため息をついてから、席を元に戻して座った。視線はフォスに釘付けだ。


「この光精霊は?」


 裁判長が尋ねる。


「被告人がイ・ブラセルから連れ出した唯一の存在で、名前をフォスと言います。この者は事件当時、イ・ブラセルに顕現しており、一連の凶悪事件を全て目撃しております」

「なんと!」


 裁判長が驚くと同時に、会場までもがどよめいた。いつの間にか、静寂の魔法の効果時間が切れていたようだ。

 シャイードは検察側の説明を聞いて、安堵する。


(フォスは確かに、あのときの光景を見ていたことだろう。だとしたら、俺にとっては有利なはずだ。妖精殺しが俺じゃないと証明できる。仮にフォスが鴉どもに偽証を強制されているとしても、ローシがそれを証明できるはずだし)


 彼は隣のローシを見遣る。ローシは腕組みをして、なにやら考え込んでいるようだった。


(それにしても良かった、フォス。無事で。……だとしたら、アルマはどうしたんだ? 見つかったのか?)


 朝食の席で、ロロディからは何も知らされなかった。彼も知らなかったのだろうか。



「光精霊フォスよ。お前が島で見た事実について語れ」


 モリグナが検察席から氷のような声で指図する。フォスは証言台のコップの中で、嫌々と身震いした。


「語れ! 痴れ者が! 王の御前だぞ!」


 モリグナが苛立ち、机を叩く。フォスはコップの端に身を寄せ、ますます小さくなっている。

 シャイードの唇は、噛みしめすぎて色をなくしていた。机の下で握りしめた拳も、同じ色をしている。


(こんな茶番は、もう、うんざりだ)


 元の姿にさえ戻れれば。身を焦がす思いで、両手にはまった手枷を見下ろす。


 裁判長が高座から身を乗り出した。


「光精霊フォス。事実を知るそなたの証言は、この裁判でとても重要な意味を持つ。裁判が終わらなければ、シャイードは解放されぬぞ? そしてそれは、そなたの協力次第なのだ。わかるか?」


 フォスは弱々しく明滅している。シャイードにはそれが、迷っているようにも悩んでいるようにも見えた。

 会場がざわつき始める。

 フォスはやがて、降参した様子でゆるりと浮かび上がった。

 一筋の光を、床に投げかける。

 そこに、あの日の島の風景が映された。

 音声はない。長い映像でもない。光精霊が目撃した、景色の断片だ。

 会場全体が、床に映されるその光景を固唾をのんで見守る。


 シャイードの瞳が、驚愕に見開かれていく。彼は口に手を当てた。


「……そんな、……そんな、馬鹿なっ………!!」


 そこには、あるはずのない光景が映し出されていた。

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