ショーコヒン
傍聴席からシャイードが入廷してくるのを見ていたロロディは、彼を拍手で迎えた。けれど、周りの妖精たちは誰も拍手をしていない。
してはいけなかったのかと思い、彼はすぐに手を止めた。
いよいよ裁判が始まる。
階段を下りて席へ向かうシャイードに、少なくない妖精たちが悪意を向けている様子だ。彼を有罪だと思っている者が圧倒的に多いから仕方ないとは言え、ロロディは悲しくなる。
けれどもシャイードは堂々と胸を張って、とても格好良く、自信に溢れて見えた。悪い妖精の役には見えない。
ロロディはすぐにまた嬉しくなる。
彼はシャイードの勝利を、信じて疑わなかった。
シャイードが被告人席に着いたとき、ロロディは大切なことを思い出す。
「ショーコヒン!」
探して貰ったはずの証拠品が、彼の手元に届いていない。隣にいるローシの手も空だ。
「あれがないと、シャイード、さりばんに出られないって言ってた……」
彼は既に裁判に出席してしまっている。ロロディは口元に手をあてて青ざめた。
「どうしよう。オイラ、シャイードにショーコヒン届けるって約束したのに、届いてない!」
ロロディは慌てて立ち上がる。後ろに座っていた妖精に、邪魔だと怒られた。彼は背を丸めて、急いで座席の間を縫っていく。
傍聴席の出入り口から外に出ると、ドームに沿って湾曲した通路に出た。
証拠品は見つかっているはずだ。一体、どこに消えてしまったのか。
ロロディは法廷の入口を守っている妖精騎士の片方に話しかけた。
「ねえねえ。黒い人か黒い魔導書、知らない?」
妖精騎士の門番は彼を見下ろし、「何の話だ?」と尋ね返す。言葉が足りなかったようだ。
「えっとね、ショーコヒンのやつ。でもショウニンかも。海で探して貰ったんだけど。さりばんの、大事!」
「証拠品なら、昨日の内にモリグナに引き渡されたはずだが」
「そうなの!?」
門番は頷く。
「でもあれ、シャイードのなんだよ。シャイード、さりばんにいるって」
「そう言われてもな。モリグナに直接言ってくれ」
「わかった。オイラ、そうする」
正面入口から入っていこうとするロロディを、両脇の門番が槍を交差して止める。
「こら。ここからは事件関係者しか入れないぞ」
「だって。モリグナと話すにはここから入るしかないよ?」
「なら裁判が終わってからにしろ」
「それじゃあ間に合わないよ!」
「知らん知らん。とにかく、お前はここから入れない」
話は終わりとばかりに、ロロディは追い返されてしまった。
ロロディは頬をぷくっと膨らませて、門番を振り返る。彼らはまた、彫像のように動かずに責務を果たし続けている。
「まったく。全然話が通じないんだから! いいよーだ。勝手に探すから」
ロロディは通路に面する扉を、片っ端から開けてみることにした。
妖精たちは基本的に、鍵をかけたりしない。彼らはどこにでも出入りすることが出来るし、それが当然の権利だと考えている節がある。
先ほどの法廷などは、数少ない例外だ。それは遠い昔、人間の裁きを参考にしたからだと言われる。現在の人間は、公正な裁判を行うほど平等でないことを、彼らは知らない。
幾つかの扉を試した後、ロロディは検察側の控え室らしき部屋を探り当てた。
他の部屋と違って、その部屋は窓もないのに明るい。
原因は、ガラスのコップに詰められた光精霊だ。光精霊はロロディが入ってくると少しだけ浮かび上がったが、またコップの底に沈んでしまった。なんだか元気がない。
ロロディは少し気に掛かったが、それよりも大事な使命があることを思い出した。
「ショーコヒン、探さなくちゃ!」
すぐに興味が他に移ってしまう悪い癖を、頬を両手で叩いて修正する。
まずは一番ありそうな、書棚を探してみる。黒い本は何冊かあったが、聞いていたものと大きさが合致しない。
次にキャビネットの両開き扉を開いた。ほのかにかび臭く、ロロディは鼻の頭にしわを寄せる。
大小様々な布袋が、内部の引き出しに雑多にしまわれていた。
大きい袋だけを調べてみようと手を伸ばしたところで、入口扉の外に複数の気配を感じ取り、耳がぴくりと反応する。
ロロディは収納の扉を閉め、とっさに近くの長持の陰に隠れた。それとほぼ同時に、二人の妖精が入室してくる。
「いやでも、久々の裁判だけど、あっという間に終わりそうだよ」
「だなぁ。何で奴は、のこのこ妖精郷に現れたんだろうな」
「さあね。ほとぼりが冷めたとでも思ったのかね?」
「ドラゴンの考えることは分からんなぁ。それで? お前も当然、有罪に賭けたんだろ」
「当然さ。無罪に賭けた奴もいたって聞いたけど、気が知れないや」
ロロディは長持の裏でむっとした。
飛び出して反論したくてうずうずしたけれど、自分の脚を両腕で縛めて我慢する。
妖精たちは部屋を横切ってまっすぐに光精霊の元へ向かい、コップを手にした。光精霊は内部のガラスに体当たりし、何かを訴えようとしている。
だが、彼らは気にせずに再び部屋から出て行ってしまった。
部屋は闇に閉ざされてしまう。
部屋が静かになって数秒後、ロロディは長持の裏からひょっこりと顔をのぞかせた。
「困ったなぁ」
癖の強い髪を掻き、眉尻を下げる。
暗視を持つ妖精も多いが、ロロディはそうではない。
この暗さではろくに物が見えないのだ。探し物の難易度が跳ね上がってしまった。
「明かりになるものを、先に探してきた方が良いかな?」
長持の奥で立ち上がり、蓋に手を添えたまま回り込んだ。手を離し、そろそろと歩き始める。扉の方角は分かっていた。
「早く探さないと。シャイードも困ってるよね……」
その時。
すぐ近くで、ガタッという物音がした。
ロロディは驚いてその場で飛び跳ねる。悲鳴を上げそうになった唇を、両手が重なって押さえた。
たった今、手を触れていた長持の辺りから音がしたようだ。
ロロディは勇気を出して、もう一度、長持の傍へと近寄る。
ガタタッ!
今度はもっとはっきりと音がし、空気が動く気配がした。彼の目の前で、長持の蓋がゆっくりと開いたのだ。
何かいる!
泥棒よけの魔法が、発動したのかも知れない。
ロロディは慌てて逃げようとしたが、長持から延びてきたものに片腕をつかまれ、引っ張られた。
喉まで上がっていた悲鳴は、口元で出口を失った。




