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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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ショーコヒン

 傍聴席からシャイードが入廷してくるのを見ていたロロディは、彼を拍手で迎えた。けれど、周りの妖精たちは誰も拍手をしていない。

 してはいけなかったのかと思い、彼はすぐに手を止めた。

 いよいよ裁判が始まる。

 階段を下りて席へ向かうシャイードに、少なくない妖精たちが悪意を向けている様子だ。彼を有罪だと思っている者が圧倒的に多いから仕方ないとは言え、ロロディは悲しくなる。

 けれどもシャイードは堂々と胸を張って、とても格好良く、自信に溢れて見えた。悪い妖精の役には見えない。

 ロロディはすぐにまた嬉しくなる。

 彼はシャイードの勝利を、信じて疑わなかった。


 シャイードが被告人席に着いたとき、ロロディは大切なことを思い出す。


「ショーコヒン!」


 探して貰ったはずの証拠品が、彼の手元に届いていない。隣にいるローシの手も空だ。


「あれがないと、シャイード、さりばんに出られないって言ってた……」


 彼は既に裁判に出席してしまっている。ロロディは口元に手をあてて青ざめた。


「どうしよう。オイラ、シャイードにショーコヒン届けるって約束したのに、届いてない!」


 ロロディは慌てて立ち上がる。後ろに座っていた妖精に、邪魔だと怒られた。彼は背を丸めて、急いで座席の間を縫っていく。

 傍聴席の出入り口から外に出ると、ドームに沿って湾曲した通路に出た。

 証拠品は見つかっているはずだ。一体、どこに消えてしまったのか。

 ロロディは法廷の入口を守っている妖精騎士ディーナ・シーの片方に話しかけた。


「ねえねえ。黒い人か黒い魔導書、知らない?」


 妖精騎士の門番は彼を見下ろし、「何の話だ?」と尋ね返す。言葉が足りなかったようだ。


「えっとね、ショーコヒンのやつ。でもショウニンかも。海で探して貰ったんだけど。さりばんの、大事!」

「証拠品なら、昨日の内にモリグナに引き渡されたはずだが」

「そうなの!?」


 門番は頷く。


「でもあれ、シャイードのなんだよ。シャイード、さりばんにいるって」

「そう言われてもな。モリグナに直接言ってくれ」

「わかった。オイラ、そうする」


 正面入口から入っていこうとするロロディを、両脇の門番が槍を交差して止める。


「こら。ここからは事件関係者しか入れないぞ」

「だって。モリグナと話すにはここから入るしかないよ?」

「なら裁判が終わってからにしろ」

「それじゃあ間に合わないよ!」

「知らん知らん。とにかく、お前はここから入れない」


 話は終わりとばかりに、ロロディは追い返されてしまった。

 ロロディは頬をぷくっと膨らませて、門番を振り返る。彼らはまた、彫像のように動かずに責務を果たし続けている。


「まったく。全然話が通じないんだから! いいよーだ。勝手に探すから」


 ロロディは通路に面する扉を、片っ端から開けてみることにした。


 妖精たちは基本的に、鍵をかけたりしない。彼らはどこにでも出入りすることが出来るし、それが当然の権利だと考えている節がある。

 先ほどの法廷などは、数少ない例外だ。それは遠い昔、人間の裁きを参考にしたからだと言われる。現在の人間は、公正な裁判を行うほど平等でないことを、彼らは知らない。


 幾つかの扉を試した後、ロロディは検察側の控え室らしき部屋を探り当てた。

 他の部屋と違って、その部屋は窓もないのに明るい。

 原因は、ガラスのコップに詰められた光精霊だ。光精霊はロロディが入ってくると少しだけ浮かび上がったが、またコップの底に沈んでしまった。なんだか元気がない。

 ロロディは少し気に掛かったが、それよりも大事な使命があることを思い出した。


「ショーコヒン、探さなくちゃ!」


 すぐに興味が他に移ってしまう悪い癖を、頬を両手で叩いて修正する。


 まずは一番ありそうな、書棚を探してみる。黒い本は何冊かあったが、聞いていたものと大きさが合致しない。

 次にキャビネットの両開き扉を開いた。ほのかにかび臭く、ロロディは鼻の頭にしわを寄せる。

 大小様々な布袋が、内部の引き出しに雑多にしまわれていた。

 大きい袋だけを調べてみようと手を伸ばしたところで、入口扉の外に複数の気配を感じ取り、耳がぴくりと反応する。

 ロロディは収納の扉を閉め、とっさに近くの長持の陰に隠れた。それとほぼ同時に、二人の妖精が入室してくる。


「いやでも、久々の裁判だけど、あっという間に終わりそうだよ」

「だなぁ。何で奴は、のこのこ妖精郷に現れたんだろうな」

「さあね。ほとぼりが冷めたとでも思ったのかね?」

「ドラゴンの考えることは分からんなぁ。それで? お前も当然、有罪に賭けたんだろ」

「当然さ。無罪に賭けた奴もいたって聞いたけど、気が知れないや」


 ロロディは長持の裏でむっとした。

 飛び出して反論したくてうずうずしたけれど、自分の脚を両腕で縛めて我慢する。

 妖精たちは部屋を横切ってまっすぐに光精霊の元へ向かい、コップを手にした。光精霊は内部のガラスに体当たりし、何かを訴えようとしている。

 だが、彼らは気にせずに再び部屋から出て行ってしまった。

 部屋は闇に閉ざされてしまう。


 部屋が静かになって数秒後、ロロディは長持の裏からひょっこりと顔をのぞかせた。


「困ったなぁ」


 癖の強い髪を掻き、眉尻を下げる。

 暗視を持つ妖精も多いが、ロロディはそうではない。

 この暗さではろくに物が見えないのだ。探し物の難易度が跳ね上がってしまった。


「明かりになるものを、先に探してきた方が良いかな?」


 長持の奥で立ち上がり、蓋に手を添えたまま回り込んだ。手を離し、そろそろと歩き始める。扉の方角は分かっていた。


「早く探さないと。シャイードも困ってるよね……」



 その時。

 すぐ近くで、ガタッという物音がした。

 ロロディは驚いてその場で飛び跳ねる。悲鳴を上げそうになった唇を、両手が重なって押さえた。

 たった今、手を触れていた長持の辺りから音がしたようだ。

 ロロディは勇気を出して、もう一度、長持の傍へと近寄る。

 ガタタッ!

 今度はもっとはっきりと音がし、空気が動く気配がした。彼の目の前で、長持の蓋がゆっくりと開いたのだ。

 何かいる!

 泥棒よけの魔法が、発動したのかも知れない。

 ロロディは慌てて逃げようとしたが、長持から延びてきたものに片腕をつかまれ、引っ張られた。

 喉まで上がっていた悲鳴は、口元で出口を失った。

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