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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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妖精裁判 1

 ロロディが部屋を出てからしばらくして、ローシがやってきた。


「坊主、心の準備は良いかの?」


 シャイードは面倒くさそうにベッドから起き上がり、ブーツを履いた。腰掛けた姿勢で前屈みに首を振る。大きなため息がこぼれた。


「俺の心境がどうであろうと、行かなきゃこれは外して貰えないんだろ」


 両手を持ち上げる。今は全く重さを感じないけれど、そこには相変わらず、忌々しい手枷がはまっていた。ローシは胸を反らしてふぉっふぉと笑う。


「そう腐るな、腐るな。坊主の勝ちは揺るがぬじゃろうて。まぁ一生に一度の、坊主が主役の珍しいイベントだとでも思うんじゃな」

「くそ。こんなイベントいらねぇ……」


 唇をとがらせてぶつくさ言いながらも、シャイードは素直にローシに従って部屋を出る。

 生きた木々を利用して作られた宮殿内を歩き、回廊を通り、随分と長いこと歩いた。鎧を着た門番の守るドアを通り、最後に短いトンネルを潜ってたどり着いたのは、大きな明るいドームだ。

 シャイードはトンネルの出口で歩を止め、顔を上げた。


 頭上は全て透明で、青い空が見えている。一見ガラス張りに見えるが、良く見ると水の膜で出来ていて、微かな揺らぎがあった。そこから、昼間の光がカーテンのような筋を作り、降り注いでいる。

 その天井を支えている柱は、全て生きている樹木だ。広く張り巡らされた枝々には葉が生い茂り、色とりどりの小鳥や羽妖精が休んでいる。

 樹木の曲線をなぞって視線を落としていくと、ドームの基部に繋がる。そこは規模は小さいものの、円形闘技場そのものだ。すり鉢状の傍聴席は様々な姿をした妖精たちで埋まっており、一番底に平らなスペースがあった。


 一方に高座があり、その相対する位置に、馬蹄形をした1m弱の高さの柵が地面に設けられている。

 その二つの席を結ぶ直線上には赤いカーペットが、端から端まで敷かれていた。

 カーペットを両側から挟む形で、これまた一段高くなった長テーブルがある。

 高座は空席だったが、左側のテーブルには、三羽の大鴉が座っていた。いや、よく見るとただの鴉ではなく部分的に人型だ。


「ほれ、みんな待ちわびておる。行くぞ、坊主」


 ローシに促されてトンネルから出て、赤いカーペットが敷かれた石段を下りていく。

 どよどよとしたざわめきが、シャイードのすぐ傍から生まれて、波のようにすり鉢を伝わっていった。シャイードにとって、これほど大勢の視線を浴びるのは初めての経験で、無意識に身体がこわばった。鼓動がいつになく早い。

 ほとんどは好奇に満ちた視線だが、中にはそこにあからさまな敵意を込める者もいる。

 どちらを向いても知らない顔、どちらを向いても視線が追いかけてきた。

 危険な獣がうろつく見知らぬ土地に、丸裸で放り出された気分だ。


(……ひるむな。俺はドラゴンなんだ。妖精なんかに醜態を見せられるか!)


 シャイードは下がりそうになる視線を、口を引き結んでまっすぐ正面に固定する。

 眉根には緊張が残っていたが、胸を張って、王者になった気持ちで石段を下りて被告人席へと向かった。


「あれこそまさしく、凶悪な獣の表情だわ……恐ろしい」

「やっぱリ有罪に違イないゼ」

「見てよ、あの黒いねじ曲がった角! こわぁい! きゃっきゃ!」


 ひそひそと、しかし聞こえよがしに、投げられた言葉の槍が耳に刺さる。


(面と向かって言う度胸もないくせに。数に任せて……っ!)


 シャイードの心に、ふつふつと怒りが巻き起こった。妖精には恩義がある。彼らにはずっと親しみを覚えていた。

 分かっている。彼らは楽しいことが好きで、この祭りをめいっぱい楽しんでいるだけだということは。

 軽い気持ちで、周りと同調しているだけだということは。


(だけど痛い。……分かっていても、悪意が刺されば痛いんだ!)


 ぎり、と唇を噛んだ。けれど絶対に頭は垂れない。

 その時、ローシがシャイードの腿を叩いた。立ち止まり、瞳だけを動かして彼を見る。ローシはおそらく唇を持ち上げでもしたのだろう、髭が片方だけ、もさっと持ち上がっていた。彼流の、不敵な笑いのつもりなのかも知れない。


「まあ見ておれ。共に華麗なる逆転劇をお見舞いしてやろうぞ。その時こそやつらめ、これこそが自分の見たかったものだと知ることになろうて!」


 ローシが握り拳をシャイードに向けてきた。


「おう」


 シャイードは腰をかがめ、その拳をローシの拳につきあわせる。

 ローシは右側の席へと、ちょこまかとした足取りで歩いて行った。大きな階段をよっこいせと登り、弁護人席へと着く。

 どす黒く曇りそうになる心を、ローシの言葉とコミカルな動きが救ってくれた。

 口の端を小さく持ち上げ、シャイードはローシを追ってその隣、望まれた場所へと歩を進めた。


 シャイードが被告人席に座って間もなく、高座の前に二足歩行の羊(バロメッツ)が現れた。頭に花のつぼみをぶら下げ、下半身にも花のつぼみを履いている。


「裁判長の入廷!」


 大きな声で告げると、検察席の鴉たちが立ち上がった。弁護人席のローシは元々椅子の上で立っていたため、背丈が変わらない。

 傍聴席の妖精たちの中には同じように立つ者もいたが、訳が分からずにきょろきょろしている者も多い。

 羊が慌てて両手を下から上、下から上と動かし、傍聴者に起立を促した。だが妖精たちはその指揮をそれぞれに解釈し、跳んだり跳ねたり、空に舞い上がったり、屈伸を始めたりした。羊は頭に生えた蕾を抱え、その場にうずくまってしまう。

 その間に高座の奥から、妖精王その人が姿を現した。


 高座の台に隠れて、シャイードの位置から妖精王の全身は見えない。けれど小太りで背が低く、愛嬌のある丸顔であることは見て取れた。背中には半透明で虹色をした鱗翅が生えている。

 そして右手には、ロロディの言っていた王笏を持っていた。それを高く掲げる。王笏に嵌められた大きな石榴石ガーネットが、陽光を浴びて輝いた。


(あれが流転の王笏、だったか)

「我が流転の王笏(フラックス)の名において。この法廷では真実のみが話されることを望む」

(フラックス? 最近どこかで……)


 シャイードが記憶を検索すると、子どもたちと遊ぶアルマの姿が脳裏に浮かんだ。その符合を不思議に思いながら、シャイードは王の挙措を見つめる。

 裁判長役の妖精王は、王笏を掲げてそのヘッドで机をコーンと叩いた。心地よい音が会場に響き渡る。

 せわしなく動いていた傍聴席の妖精も動きを止め、皆、静かに席に就いた。


「うぉっほん。それでは、神聖なる妖精裁判を開廷するぞ。皆、準備は整っておるか?」

「「はい」」


 異口同音に、検察席と弁護人席の両方から答えがあり、頭を垂れる姿が見えた。


「被告人も、良いか?」


 妖精王は最後にシャイードに尋ねる。

 シャイードは緊張でやや青ざめた顔を、小さく縦に振った。それ以外、どうしようもない。

 王は上機嫌に目を細め、「うむ、うむ」と頷く。


「では被告人は証言台へ」


 裁判長に促され、シャイードは高座に向かい合う証言台へと移動した。ここは傍聴席からの視線が一点に集中する、法廷の中心地だ。

 裁判長はシャイードが定位置に着いたのを確認してのち、巻物を取り出して台の上に広げた。ためつすがめつ、それを確認した後、再び顔を上げる。


「では被告人よ。名前を名乗りなさい」

「シャイード、だ」

「そなたはイ・ブラセルにて魔術師サレムに養育された黒竜とのことだが。そのことに間違いはないか?」


 弁護人席でローシがひっくり返るのが見えたが、シャイードは構わずに「そうだ」と答えた。

 大鴉の一羽が立ち上がり、裁判長の言葉を引き継ぐ。彼女は鋭い目でシャイードをにらみつけたのち、巻物を目の前に掲げて朗々と読み上げた。


「被告人シャイードは、以下の罪で告発されています。1,イ・ブラセルにおける破壊行為 2,イ・ブラセルにおける妖精の殺害行為」


 裁判長は重々しく頷いた。


「よろしい。シャイードよ、そなたが告発されている罪に対し、心当たりはあるか?」

「全くない」


 シャイードは胸を張り、きっぱりと答える。会場は静まりかえった。

 そののち、急にざわめき始める。飛び回ったり、悲鳴を上げたり、腹を抱えて大笑いをしているものもいる。


「静粛に!」


 裁判長が顔を傍聴席に向け、声を張った。

 それすらも面白かったのか、傍聴席から「おおー!」と感嘆の声が聞こえた。


「あれが裁判名物の、セーシュクニか!」

「初めて聞いたぁ、感激したぁ」


 遅れて、裁判長は思い出したように王笏を机に打ち付けた。コーンという音の輪が広がると同時に、会場が静かになる。

 いや、よく見ると妖精たちの中には口をぱくぱくしているものもいた。


(静寂の魔法……! この規模で!?)


 シャイードは目を見開いた。


「うぉほん。よろしい。では裁判を続けよう」

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