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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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竜殺しの英雄譚

 結局、シャイードは武器を新調しなかった。


 武器屋では幾つかの刀剣を試したが、これだと思うものが見つけられなかったのだ。

 最終的にクロスボウボルト(矢)と弦のみ補充することにした。

 その後、鍛冶屋に愛用の片刃の短刀(カルド)両刃の小剣(ショートソード)を預け、研ぎと調整を依頼する。


 帰りに再びギルドへと向かった。

 その頃には人波も概ねはけていて、彼はスムーズに手続きすることが出来た。

 窓口に鑑札と納品確認書を提出して現金を受け取る際、本当に保証金なるものまで支給された。

 担当したギルド員に尋ねると、先ほど同業者から聞いたことと重なる内容を告げられる。

 今日はさんざんその質問に答えたのか、少し辟易した顔をされた。


 宿に戻ったシャイードは、夕食の時間まで自室に引きこもることにした。

 自作の改造クロスボウを分解して磨き、弦を張り替える。

 市販のものより小型軽量化されているのだが、代わりに有効射程は下がっている。

 入り組んだ遺跡内では離れた敵と戦うことはほとんどないため、射程よりも持ち運びのしやすさを優先したのだ。


 特筆すべきは弓の両端に滑車を導入したこと。

 滑車の仕組みは師匠に教わったのだが、これを応用して、通常の弓より弦を引き絞るのに強い力が必要なクロスボウでも、効率よく引けるようになっている。

 クロスボウボルトは市販のものがそのまま使用できる。

 ボルトの先端は用途に応じて複数を用意しており、引っかけ金具がついているものや、大きな風切り音の出るもの、散弾のように射出後に分裂するものなどもあった。


 改良しているとは言え、再装填に時間の掛かるクロスボウである。

 戦闘に使用する場合は、距離のあるうちに先手を取って仕留めるか、相手の動きを封じて隙を作り、接近戦で仕留める、或いは逃亡するための手段だ。

 主力武器は使い慣れたカルドやショートソードだった。


 光精霊のフォスが、作業の間、手元を照らしてくれている。

 そのため、いつの間にか太陽が完全に没していたことにも気づかなかった。時間の経過を知ったのは、腹時計でだ。



「……飯を食いに行くか」


 作業が一段落ついたところで、道具を片付けて部屋を出る。フォスは例によって、彼のマントの下に潜り込んだ。

 階段の手前で、上ってくるアイシャと出会う。

 少女は大きなバスケットを抱えていた。


「アイシャ、買い出しか?」


 アイシャは突然上から降った声にびくりと両肩を跳ねさせた。

 顔をあげ、声の主を認識すると緊張を緩める。


「あ、シャイード。うん、そう。そうなの。今日はお客さんが多くて……。沢山買い物しなくちゃいけなくて、時間が掛かっちゃった」

「ふぅん」


 彼女が階段の壁側に寄ってくれたので、マントの下で脚衣のポケットに両手を突っ込んだまますれ違った。


 酒場へ行くと、なるほど、確かにほぼ満席だ。

 ほとんどが知った顔――引き上げ屋連中だった。ギルドから支給された保証金で、早速酒を飲みに繰り出したのだろう。

 厨房では店主が忙しそうにフライパンを振っていた。

 さすがにアイシャ一人では捌けないと踏んだのか、フロアに臨時の給仕が2人いる。


 壁際の、なるべく目立たなそうな席に空きを見つけ、シャイードは何とか潜り込んだ。


 彼は一人で飲み食いするのが好きだ。

 同業連中はそれを知っているので、あえて声をかけてこようとはしない。それも酒が深まってきたら保証はないのだが。


 席には問題もあった。

 給仕からも目立たないのだ。

 彼は給仕が近くを通りがかったタイミングで手を上げたのだが、ほぼ同時に声を掛けた別の客の注文をカウンターへと運んでいった。

 シャイードは舌打ちし、もう一人の給仕を見たが、彼の方を全く見ていない。

 指を鳴らしたところで、喧噪にかき消されるのが落ちだろう。


「お、……おい!」


 なんと言って呼べば良いのか迷ったあげく、そんな言葉が彼の口をつく。

 それでも精一杯だったが、給仕たちは自分が呼ばれたとは気づかなかったらしい。

 手を中途半端に持ち上げて掛けた精一杯の言葉が届かず、シャイードはふてくされた。

 周りは誰も気にしていなかったが、恥をかいたという気持ちがあった。

 注文はあきらめ、頬杖をついて明後日の方向を見ている。


 隣の隙を突いて、皿からラムチョップやチーズをかすめ取っていたら、アイシャがフロアに戻ってきた。

 彼女はすぐにシャイードを見つけた。

 頬杖をついて不機嫌そうな彼の前に、何の料理も来ていないことを見てすべてを察し、口元に拳を添えて笑う。

 ひとしきり笑った後、プレートにバランスよく料理を盛って、スープとともに運んできた。


「……ん」


 シャイードはそれらを、ばつが悪そうに受け取る。

 感謝の気持ちもあったが、恥ずかしさもあって、素直にお礼の言葉が出てこなかった。

 ほんのり頬を赤らめたまま、パンをちぎってスープに浸し、口元に運ぶ。

 アイシャはそんな彼を、年下を見守るような慈愛の瞳で見つめた。

 その後、客に呼ばれて仕事に戻っていく。



 唐突に、フロアに弦楽の和音が鳴り響いた。


「さてさて、今宵お集まりの皆様に、わたくしからひとときのお慰みをお贈りします」


 喧噪の中でもよく通る声だ。

 リュートを手にした男が中央に進み出て、羽根つき帽子を手に一礼した。

 銀髪に、赤や緑などの色を差した派手な髪型があらわになる。女好きしそうな、なかなかに整った顔をしていた。


 男は帽子を逆さにして近くのテーブルの隅に置き、楽器の弦を爪弾いた。

 ノスタルジックな和音が壁や天井の梁に跳ね返り、ざわめきは潮のごとく引いていく。

 吟遊詩人は何度か試すように和音を鳴らし、客の顔を一望する。最後に店主に視線を送ると、厨房の奥で彼が頷いた。吟遊詩人も小さくあごを引き、視線を戻す。


「聞けば今宵、この場にて。見合わす顔は、あちらこちらも常連の。さればわたくし、趣向を凝らし……」


 ジャララン。


「奏でまするは帝国の、斜陽の彼方、帳の入り口。征服王なる男の勲。どなたこなたも、ご静聴、ご静聴……」


 吟遊詩人の奏でる物語は、大陸の西方に位置する神聖帝国グレゴリオの皇帝、ウェスヴィアの冒険譚だ。

 帝国内では非常にメジャーな演目であるが、辺境のクルルカンまでは帝国の腕は届いておらず、数ある英雄譚の一つでしかない。それでもなお、英雄ウェスヴィアの名を知らぬ者はいないのだが。


 私生児として生まれた彼には、もともと王位継承権がなかった。

 若き彼は出奔し、冒険者として身を立てる。クルターニュ山に棲む悪竜を打ち倒して華々しい凱旋を飾るまでが、前半の山場だ。

 今ではこの悪竜こそが最後のドラゴンだったと言われており、以後、ドラゴンの目撃談はない。

 彼は人間を、竜への恐れから解放した解放者でもあった。


 竜殺しの功績で将軍位を得たウェスヴィアは異母兄弟の元で軍功を上げる。

 そして王位継承権者らの度重なる戦死・病死という幸運にも恵まれ、ついには国王の継嗣として認められた。

 その頃には既に死亡していたウェスヴィアの母も神格化され、戦神オーリオの愛娘トリスが人として顕現した姿だと信じられるようになる。


 先代までの王は、神を標榜はしなかった。

 あくまで、神意の地上代行者としての役割を演じていたものを、ウェスヴィアは彼自身が神の血を引くと宣言したのだ。

 そして付近の小国を次々と併呑してゆき、王国を神聖帝国と改めた。

 真偽はどうあれ、帝国に次々と勝利をもたらし版図を広げた彼の功績を、人々は褒め称え、さすが半神よとあがめた。

 帝国の誉れよ、永遠なれ……、と、締めくくられるはずのその歌は、いつもとは違った。


「――忌まわしき竜の呪いの顕現か。キュイスの荒れ野に、ついぞ天運つき果てぬ。その道半ば、死は伏せられり。嗚呼、かくぞむなしき斜陽の帝国。熟れ果て落ちて戦乱の、かすかな腐臭がただよえり――」


 弦は静かに最後の和音を奏でる。その反響が床に落ちるより前に、人々が夢から覚めてざわめき始めた。


「なんだ、どういうことだ」

「皇帝は死んだのか……? 半神でも死ぬのか?」

「兄ちゃん、それ本当なのか?」


 吟遊詩人の元に、次々と質問が飛ぶ。

 帽子に飛ばされる貨幣は青銅貨クスのみならず、小型銀貨デュナスも混じっていた。



「皇帝が……、死んだ……?」


 シャイードはその情報に少なからぬショックを受けた。

 先刻手にした、真新しい帝国大型銀貨(シルク)を思い出す。銀貨に描かれていた見知らぬ横顔が、詩人の言葉に真実味を持たせていた。

 無意識に、犬歯で下唇をかみしめる。

 吟遊詩人を見上げた。


 輪の中心に立つかの人は、謎めいた笑みを浮かべて新たな音色を爪弾き始める。


「さてもさても、奇異なるは事実と申しますれば。今宵の夢の、夢やうつつや、いかにある。押すに押されぬ真実ならば、やがて風にて知らされましょう。――次なる演目は、『風の乙女、白羽根の矢にて一城を落とす』」


 軽快な曲調に切り替わった。



 食事を終えたシャイードは、早々に席を立つ。瞳の奥に、昏い怒りがあった。


(落ち着け。制御しろ……! 奴らは無知なだけだ)


 胸に手を当て、深呼吸をしながら酒場を通り抜ける。

 アイシャが気づき、笑顔で声を掛けようとしてためらった。半ばまで持ち上げた手は、常とは違うシャイードの横顔を見て、戸惑いとともに下げられる。

 少女は彼の背中を無言のまま見送った。

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