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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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理由

 シャイードは考えながらマントの下で、布越しのペンダントに触れた。


「師匠の」


 彼は口を開く。


「……、師匠の遺志を継いで。とある問題を解決しに」

「問題?」


 メリザンヌが片眉を上げた。

 シャイードは頷く。が、それ以上を口にすることはない。


「君たちは帝国に向かっているのだろう? 問題は帝国にあるのかい?」

「分からない」

「では解決の糸口が、帝国に?」

「それも分からない」


 質問していたセティアスは瞬く。彼はシャイードが答えるのを観察していたが、相手が嘘を言っているとも思えず、小さく肩をすくめた。

 隣にいたメリザンヌと視線を交わす。

 メリザンヌは少し考え、「それは、貴方自身の問題(・・・・・・・)とも関わってくるのかしら?」と尋ねた。

 シャイードは首を振りかけて、止める。


「どうかな。元をたどれば同じ原因かも知れない」


 ビヨンドを異世界から呼び寄せたのも人間、ドラゴンを滅びの瀬戸際に追いやったのも人間だ。

 けれどどちらか片方を解決しても、もう片方が解決しそうにないことから、”関わっている”とは言えない気もする。なので、シャイードは分からない、と付け加えた。

 分からないことだらけで、これ以上、質問を投げても無駄だと感じ取ったのだろう。メリザンヌもセティアスも、さらなる質問を口にすることはなかった。

 シャイードは沈黙を頃合いと見計らい、「冷えてきた。もう船室に戻る」と言って歩き出す。

 アルマがその後を追った。


 ◇


 船室は狭い。ベッドは一台しかなく、窓もない。

 壁のスロットに固定されたランプがあったが、シャイードはマントの内側からフォスを呼びだして明かりとした。

 サンターク号は交易船で、横に大きく膨らんだ船体の下部は積み荷で占められていた。積み荷は当然塩と、塩漬け食品が多い。

 甲板に近い上部の区画が乗客の船室に割り当てられていたが、数は多くない。

 メリザンヌが部隊を分けたのにはそういった事情もありそうだ。


「なんっか、……腑に落ちないが」


 アルマはシャイードが眠るときには本に戻るため、ベッドは一つで何も問題ない。

 だがメリザンヌが誤解をした結果、こうなったかと思うと落ち着かなかった。


「シャイード。こんな物があった」


 アルマがベッドの下からロープの束を持ち上げる。

 いや、よく見るとそれはただのロープではなく、ハンモックだ。

 そう知ってから壁を観察すると、頑丈そうな引っかけ金具が取り付けられていた。アルマは早速、ハンモックを吊し始める。


「いやお前、何やってんの?」

「我はこれに寝る」

「は!? 本には?」

「シャイード。我はハンモックに寝たことがないのだぞ」


 話は終わったとばかりにアルマは作業を続けた。シャイードは無言で首を振る。実害はないので、好きにさせることにした。

 ハンモックはベッドの真上に設置する形になっている。船室自体が狭いのでこれは仕方がない。簡易的な二段ベッドのようなものだろう。

 アルマはそのままベッドに上ろうとして、シャイードに靴を脱げと叱られる。裸足になって改めてベッドに上り、続いてハンモックに乗ろうとした。だが、網が揺れるので上手く行かない。

 何度目かのチャレンジを見送った後、シャイードはハンモックが動かないように無言で押さえてやった。


「ほう……」


 寝転がることに成功したアルマは、間近の天井を見つめたまま一言呟いた。


「おい。髪の毛が垂れて来てる」


 シャイードが楽な格好でベッドに寝転がると、網の間からアルマの長い三つ編みがぶら下がっていた。猫に似た仕草で、房を片手で何度か弾く。

 アルマは寝転んだまま、髪を引っ張り上げて自分の腹の上に置いた。


「……楽しいか?」

「うむ。新しい感覚だ」

「ふぅん?」


 微動だにしない魔導書の背中を見上げながら、シャイードは頭の下に両手を置いた。

 船が揺れると、ハンモックも揺れる。

 その揺れは、床に固定されているベッドとは同期しない揺れだ。幸い、今夜の海は静かだったが、波が高くなれば酷いことになるだろうと予想がついた。


(いや……、むしろ俺のベッドの方が酷いことになるかも)


 シャイードは真上に横たわる黒いシルエットを見つめ、これは現実だろうかと訝しんでいた。

 今、自分が旅をしているのも、その旅が崩壊する世界を救うためだというのも、どうにも実感がわかない。

 何のための旅かと問われて、素直に答えられない理由の一つはそれだろう。

 世界が滅ぶ兆候を、シャイードはまだ何一つ見ていない。

 アルマから聞いただけなのだ。アルマが嘘を言っている可能性もあるし、そうでなくても、何か盛大な勘違いをしているかもしれない。

 吟遊詩人からも奇妙な噂を聞きはしたが、噂はしょせん噂だ。酔っ払いの見間違いかも知れないし、ほら吹きの与太話かも知れない。



「一つ聞きたい」


 アルマが不意に口を開き、シャイードは物思いから引き戻された。


「なんだ?」

「旅の理由は、これからも秘密か?」


 そのことか、とシャイードは呟く。どうやら同じことを考えていたらしい。


「………。俺自身、確信が持てないうちはな」

「世界の崩壊をか?」


 シャイードは無言で頷いてから、これではアルマに伝わらないと気づく。遅れて「ああ」と口にした。


「いま言ったところで誰にも信じて貰えないさ。なにせ俺だって信じられん。せめて何らかの証拠をつかまないと」

「証拠か。目の前に兆しが見えたとして……、果たして汝は兆しと読み取ることが出来るか否か」


 シャイードは魔導書の言葉に少しむっとする。


「分かり易く海が裂けたり、大地から炎が噴き出してからでは遅いであろうに」

「……そうやって崩壊するのか?」

「ある場所ではそうかも知れぬ。だが別の場所では、違うかも知れぬ」

「違う?」

「ある日突然、ただ消え去るだけやもな」

「………」


 ただ消え去る。

 それは派手な崩壊よりもなお不気味だ。シャイードは室内の気温が下がったように感じ、足下から毛布をかき寄せる。

 しばらく、沈黙が流れた。

 消え失せるとはどういうことだろう。一般的に死者は冥府へ行くと考えられているが、アルマの説明に倣えばその冥府すらも世界膜の一つでしかなく、ビヨンドによって消し去られる対象だ。

 消滅させられる前に、ビヨンドの方を消滅させる方法は、ないのだろうか。

 シャイードは考えに沈んでいたが、そのうちにある考えに思い至って鋭く息をのんだ。


「『厄災』は『目覚める』のだと、お前は言ったな、アルマ」

「うむ」

「つまり、今は『眠っている』状態なんだろ?」

「まだ目覚めていなければな」

「なら、かつて誰かが(・・・)眠らせたわけだ」

「1000年前の英雄達が」

「それだ!」


 シャイードは指を鳴らした。アルマが首をねじって振り返る。


「起きそうになる度に、何度でも眠らせれば良いじゃないか!」

「どのように?」

「お前、知らないのか? どうやって眠りにつかせたか」

「もちろん知っておる。正確には眠らせたのではなく、厄災の『時を止めた』のだ。多大な犠牲を払って」

「多大な犠牲……。いや、それでも、世界が崩壊するよりは」

「もはやこの世界の誰も、あれほど大きな魔法を扱えぬ」

「そうは言い切れないだろ。世の中にはすごい、」

「いや言い切れるのだ、シャイード。世界に満ちる魔力の濃度は、かつてとは比べものにならぬほど希薄になっているからだ」

「……えっ」

「汝は何故、ドラゴンが滅びに瀕していると思っておるのだ」

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