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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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『妖精王と悪魔』

 陸風を帆に受けて、船は緩やかに港を離れてゆく。他にも数隻の商船が併走していた。寄港地は多少異なるようだから、そのうち数は減るのだろう。

 灯台の明かりは長い間、手を振るように揺らめいていたが、やがて小さくか細い光となって闇に紛れた。街明かりが消えた分、それまで見えなかった小さな星々が空に現れ始める。波は静か。

 昇ったばかりの月が、背後から追いかけてくる。


 吟遊詩人の声は、風をはらむ帆の音にも負けず、朗々と響いた。出航直後で忙しく働く船乗り達も、つい手を止めては聞き惚れて、船長にどやされている。


 語られたのは明るい雰囲気の曲だ。

 登場キャラクターが多い。それもそのはずで、曲名の通り、妖精界での出来事をおもしろ可笑しく描いた物語らしい。

 セティアスは様々な妖精たちを、声色や抑揚を変えて見事に演じ分けた。声だけで、妖精たちの姿や性格まで目に浮かぶようなのだ。

 吟遊詩人が情報の多い物語としてこの曲を選んだ理由が、シャイードには分かった気がした。

 初めは背中で聞いていたシャイードも、いつの間にか釣り込まれて彼の方を向いている。


(こいつ……、上手いな)


 頭の上ではフォスが、機嫌良さそうに揺れている。

 いたずら者(トリックスター)のフレスケールが王につかまり、鳥かごでぶら下げられるドタバタシーンでは、音楽に合わせて頭の上で跳ねていた。


 そんな妖精界に、ある日悪魔がやってくる。

 身分を偽って王宮へ入り込んだ悪魔は、楽しいことが大好きな王に賭けを挑む。

 最初は渋る王だったが、例えば「今日の謁見に最初に現れる妖精に、羽があるかないか」とか、「今、温室に咲いている花の数は、100より多いか少ないか」など、王にとっては答えるのが簡単な内容ばかりだったのだ。

 そして王は悪魔との賭けに勝ち続け、山のような黄金や、心を蕩かせる美酒、甘やかな声で歌う小鳥を次々と手に入れる。

 悔しがる悪魔は、「貴方にゃとても敵わない。けれども手ぶらで帰れない。最後に一つ、一つだけ」と最後の賭けを申し出る。


「酔いどれ王は 気も膨れ

 『構わぬ。次も、余が勝つぞ。さあなんなりと、賭け物を』


 悪魔踊りて示すには

 『妖精王の手にしたる、王笏こそが、我が望み。我が賭け物は、魂を。

  死しても破れぬ、魂を』


 家臣、王へと取りすがり

 『そはなりませぬ、我が君よ。王笏なくして王でなし』

 『なに案ずるな、余が勝つぞ。負ける道理が見当たらぬ』

 『おおなりませぬ、なりませぬ』


 『えい散り失せよ、家臣ども!』

 王笏ひとふり、妖精たちは飛び去りぬ。ただ独り、家臣ならざる二枚舌、フレスケールは籠の中。

 小鳥と共に籠の中。


 『受けて立つ。さあいかにして賭けとする』

 『此度も易し、ごく易し。鏡がごとく、我がこと返せ。ただし”悪魔”は返す勿れ。

  言返せぬは、我が勝ち。”悪魔”と返すも、我の勝ち』

 『いと易し。さあいざゆかぬ』」


 じらすように、或いは話を盛り上げるように、セティアスは間奏を入れた。

 曲のテンポが上がっていき、頂点に達したときに再び、歌が始まる。


「『花』

 『はな』


 『妖精』

 『ようせい』


 『悪魔』

 『……』


 『宝石』

 『ほうせき』


 『白馬』

 『はくば』


 『おや王よ、今のは”悪魔”と聞こえたが?』

 『言いはせぬ。余は”はくば”とぞ、口にしたのみ』


 悪魔ニヤリと笑いて踊り、

 『我、勝ちたり!』

 と宣言す。


 王、驚きて、『余は”悪魔”とは口にせず!』

 『いま口にした。そも汝、鏡のごとく返す能わず。さあ我に、今ぞ王笏与えたまえ!』」


 悪魔の言葉を繰り返さず、さらには結局”悪魔”と口にしてしまった王は、賭けに二重に負けたのだ。


 ここで曲は、一気に激しく、不穏なものへと変わる。雷鳴のような不協和音が三度。

 悪魔が正体を現し、契約の履行を迫った。

 王笏が、消沈する王の意志とは無関係に手から離れていく。

 ついに悪魔の手に落ちようとしたその時、小鳥がその手の甲を勢いよくつついた。悪魔がたまらずに腕を引っ込めると、王笏は音を立てて床に落ちる。

 小鳥は籠の中へと戻り、咎人の肩に止まった。


 妖精界の厄介者、お騒がせのトリックスター、王ですら手を焼く大嘘つきのフレスケールだ。

 一部始終を目撃していたフレスケールは悪魔に言う。


「立ち去れ悪魔。君が賭けで勝った相手は王ではない。故に王笏は、今も王のもの」


 もちろんこれに、悪魔は反論する。フレスケール自身が見ていたとおり、これは自分と王、たった二人だけの勝負であり、他に何ら介在する存在はなかった。契約は正しく履行される、と。

 しかし鳥かごの中のフレスケールは首を振る。


「君が勝負した相手も、約束した相手も、アコルナビア(酒の神、狂乱の神)だよ。取り立てはアコルナビアにするんだね」


 トリックスターは酔いどれた王を指し示した。

 先の賭けで得た美酒を飲み干し、最後の賭けの最初からずっと酔っ払っている王をだ。

 悪魔はフレスケールへそれ以上の反論を思いつかず、地団駄を踏みならして暴れ回った後、呪いの言葉と硫黄の煙を残して消えた。

 こうして妖精王は王笏を失うことなく、フレスケールは彼の悪戯や嘘を、少し大目に見て貰えるようになった、という話だ。



 最後の和音が船の帆下駄に響いて消える。

 吟遊詩人は恭しい一礼を、魔導書へ向けた。

 シャイードは夢から覚めたように、現実に戻ってくる。いつの間にか、吟遊詩人を遠巻きに囲んでいた船乗り達から、ぱらぱらと拍手が送られた。

 シャイードも、遅ればせながら拍手をする。

 彼の腕前を、認めざるを得ない。少し離れたところにはメリザンヌもいて、腕組みをして微笑んでいた。

 シャイードは隣を見上げる。

 アルマは、彼のために演じられた物語を聞いてもなお、その顔に何の表情も浮かべていなかった。


「拍手くらいしてやれ」


 シャイードが促すと、彼は改めて周りを見回し、同じように手を叩いた。

 セティアスは顔を上げ、アルマの拍手を目にして口元を和らげる。

 船員達は、三々五々、仕事に戻っていった。フォスも、上機嫌でシャイードのマントの中に潜っていく。

 メリザンヌが近づいてきた。彼女はセティアスの肩に、親しげに手を置く。


「船の旅を、早速楽しんでいるようね」


 セティアスは雇い主に軽く一礼した後、アルマの方へ歩み寄る。


「これで君のリクエストには応えられたと思うけれど、どうだろうか?」

「うむ。情報が沢山あった。汝は報酬を受け取ると良い」


 アルマは三角帽子の鍔に手を掛け、脱ぎ去った。セティアスは瞳を大きくし、アルマに歩み寄ってじっくりと観察する。

 彼の頬に手を添えて白い肌の感触を確かめ、薄い唇や端正な鼻筋を見つめた。どこよりも長く観察したのは、深淵を秘める黒い瞳だ。

 明らかな異形の印。

 シャイードは身がすくむ思いでその様子を眺める。

 ほとんどの人間は、アルマの表面的な美貌に気を取られ、彼の瞳の奥にある異質さに気づかない。けれども目の前の吟遊詩人は違うらしい。

 彼がどこまで理解するかは分からないけれど、妙に不安だった。

 セティアスは長い間、魅入られたようにアルマの瞳を覗き込んでいたが、やがて自らの意志で瞼を閉じて身をひいた。数歩下がり、胸に手を当てて深呼吸をしている。先ほどの浮かれた調子はどこへやら。再び目を開いたセティアスの表情は静穏だった。


「………。ありがとう、黒ノッポくん。ついでに教えて欲しい。君達はどうして旅をしているんだい?」


 アルマは無言で前を見つめたまま、身じろぎしない。

 シャイードは隣を見上げた後、視線を戻す。セティアスと目が合った。詰問するような視線だ。

 頬にはメリザンヌからの視線も感じる。


(さて、なんと答えるべきか)

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