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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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予期せぬ休暇

 酒場で朝食を済ませると、シャイードは引き上げ屋組合(ギルド)へ向かった。


 アイシャはいつもよりも口数が少なかったが、給仕の仕事はてきぱきとこなしていた。

 その彼女に、もう一晩世話になる予定だと告げ、荷物のほとんど――主に遺跡探索用の道具だ――は部屋に置いてきた。


 埃っぽい目抜き通りに出る。

 往来する荷馬車を左右にかわし、軽快な足取りでギルド会館前にやってきた。


 ギルド会館は中央広場に面しており、周りにある他の建物より一回り大きい。町が出来た当初は役場機能も兼ねていた。

 現在、そちらは独立して隣に建っており、ギルド会館は引き上げ屋を中心とした遺跡探索に向かう人々の教育とサポート、仕事の斡旋と銀行機能を備えた組合となっていた。


「ん……?」


 そこで足を止める。ギルド会館入り口に人だかりが出来ていた。

 顔見知りの同業が数人で立ち話しているのを見つけ、シャイードはそちらへと足を向ける。

 痩せた男が一番に気づき、片手を挙げた。シャイードは同じ挨拶を返す。


「よお、ピップ。お揃いでどうした?」

「おお、シャイード。その顔は、何も知らない顔だな」

「?」

「ガクジュツチョウサだよ、ガクジュツチョウサ」


 横から小太りの男が口を挟んだ。親指を立て、ギルド会館入り口を示す。

 入り口に、立て札が設置されてあった。

 シャイードは目が良い方だが、人だかりのせいで見えない。


「学術調査……って、遺跡のか?」

「それ以外、この町になーにがあるんだよ」


 ピップと呼ばれた痩せ男は、おどけたように両腕を広げる。どうにも話が見えない。

 シャイードは首をかしげたのち、人だかりをあごで示す。


「それで? なんでこんなに人が集まってるんだよ」

「遺跡が封鎖されるんだよ。しばらくの間、な」

「はあっ!?」


 シャイードは素っ頓狂な声を出す。それが面白かったのか、痩せと小太りは揃って笑った。


「いや待ってくれ。しばらくって……どれくらいなんだよ。マーロン、アンタものんびり笑ってる場合じゃないだろ? 飯の食い上げだろうが」

「当面、一週間程度とか言ってたか?」


 小太りのマーロンが、ピップに確認する。頷いた後、ピップが言葉を引き継いだ。


「いやいや、それがさあ。調査期間中、引き上げ屋には保証金が出るんだと! 何にもしねぇで、しばらくはしのげるんだわ」

「もちろん豪遊できるほどじゃねえが、そこそこの宿に逗留して、食い物に困らないくらいは出してもらえるらしいぜ。ま、休暇だと思うこった」

「マジか……」


 ピップとマーロンが代わる代わる説明するのを聞き、シャイードはターバンを巻いた頭をかいた。

 会館入り口を見る。

 人だかりはその保証金とやらを受け取りに来ている引き上げ屋の群れなのだろう。


「しかし……、遺跡を封鎖してまでやる調査ってなんなんだ? 今までも学術調査隊は時々来てたけど、引き上げ屋を雇って一緒に潜ったりしてたじゃないか」

「それが結構大規模な調査隊らしいぜ。どこかの国の、有名な魔法学校の?」

「ああ。術式を組んで、大がかりに遺跡の現状を把握するとか何とか……」

「ま、ギルドの上の方と話がついてるらしいから、そこら辺は俺たちが心配することじゃねえんだろ」

「ふぅん……。身元は堅いってことか」


 シャイードはあごに手をあて、二人から聞いた情報を吟味する。

 眉尻を下げ、盛大にため息をついた。


「しかたがない、か……」

「そうそ」

「しかたねぇよ」


 二人が同意して笑い、シャイードの背中をどんどんとたたく。

 シャイードは人だかりをもう一度見返し、


「まだ時間が掛かりそうだし、俺は出直すよ」


 と、二人に告げてその場を立ち去る。



(とは言ったものの……)


 シャイードは頭の後ろに両手を組んで、目抜き通りを歩いた。


(急に休暇と言われても、やることがない)


 小さくため息をつく。


(思えばこの2年というもの、町と遺跡を行ったり来たりの繰り返しだったからな)


 彼の目的は、未だ果たされずにいる。

 遺跡に潜れないとなると、何をして良いのか分からなくなってしまうのだ。


(武器の手入れでも……、いやいっそ、これを機に新調するか……?)


 彼は職人通りのある方角を見た。

 足を止め、どうするかと思案していると、なにやら別の方角が騒がしい。

 そちらを振り返る。


(あっちは市場のある方角だが……)


 そこから一人の男が飛び出してきた。追って、「どろぼう!」との声。

 背後を気にしながら走ってきたその男と、すれ違いざまにぶつかりそうになる。

 シャイードはひょいと横に避けた。左足だけを残して。


「……っ! いってぇえええ!!」


 盛大な音と土埃を立て、盗人はらしき男は前のめりに倒れた。

 顔から着地しており、傍目にも相当痛そうに見える。腕に革鞄を抱えているせいで、受け身がとれなかったのだ。

 市場から、武装した自警団の若者と数人の男たち駆け出してきて、立ち上がろうとした男を取り囲んだ。

 男は暴れたが、多勢に無勢。後ろ手に縛られてあっけなく捕まった。


「君がやってくれたのか。ありがとな」

「別に」


 シャイードは自警団の若者に向け、たいしたことではない、と肩をすくめて応える。

 盗人が持っていた革鞄は、少し遅れてやってきた黒ローブの人物に手渡された。

 自警団の若者が、こちらを指して何か言うと、黒ローブは振り返った。女だ。

 彼女はフードを外しながらシャイードの方へやってくる。


 艶やかな長い黒髪があらわになった。眠たげな瞳はスミレ色をしている。ぽってりとした唇は情熱的な赤に塗られていた。

 魔術師と言うより、舞姫と言われた方が納得しそうな妖艶な女だ。


「貴方が捕まえてくれたのね。礼を言わせてちょうだい。大事な商売道具が入っている鞄だったの」


 少し気怠げで甘えるような響きのある声も、男を誘惑してやまないものだろう。

 女はさらに一歩近づく。

 シャイードは気圧されて半歩下がったが、女はそれにかまわず自らの懐に手を差し込む。

 見えそうで見えない胸の谷間のある辺りから、革袋を取り出した。首から提げていたらしい。

 中から銀貨を一枚取り出して、シャイードの胸へ差し出す。


「これ。とっといてね」

「あ、……ああ」


 女の胸元に視線を奪われていたシャイードは、半ば自動的に銀貨を受け取った。ほんのりと温かい。

 女はその様子を見て喉奥で笑い、しなやかな指でシャイードの頬をさらりと撫でた。

 やたらと良い匂いがシャイードの鼻孔をくすぐる。


「ふふっ、かわいい坊やね」

「なっ……!」


 子ども扱いをされたことに抗議をしようとしたが、女はするりと身を翻し、鞄を持って去って行ってしまった。

 シャイードは釈然としない気持ちを抱えたまま、しばしその後ろ姿を見送る。

 遅れて、握らされた銀貨の存在を思い出した。手を開く。


「……、これは……。随分と気前が良いな」


 それは新品のように綺麗な帝国大型銀貨だった。

 帝国貨幣はこの辺では珍しいが、使えないことはない。

 帝国製でもそれ以外でも、大型銀貨は共通してシルクと呼ばれており、平均的な労働者一日分の稼ぎに相当する価値がある。

 銀貨の裏面には国章であるグリフィン・ランパントが、表面には見慣れない人物の横顔が刻印されていた。


 シャイードは怪訝そうに片眉を上げたが、すぐに首を振り銀貨を懐にしまった。

 職人通りへと足を向ける。

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