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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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追憶 2

「………」


 今度はサヤックが言葉を失う番だった。なんと答えて良いのか分からない。彼は崖の上に投げ出した脚を、ぷらぷらさせた。


「だってそうだろ? ここにいればドラゴンの姿だって安全だ。この島には見えなくなる魔法が掛かってるんだろ? 誰も見つけられやしないよ」

「そうかも知れないね」

「だろ?」


 シャイードはほっとして彼の同意に飛びつく。


「でも、そうでないかも知れない。それか、今はそうでも将来はそうでないかも。魔法は万能じゃないから」

「サヤック!」


 すぐに意見を変えるのは彼の悪い癖だとシャイードはむくれる。サヤックは気にした風でもなく、片手を上げた。


「サレムだってそう考えたってことじゃない? あの人は、ボクよりずっと頭が良いもん。サレムはシャイードに、なんとしてでも生きて欲しいんだよ」

「生きてどうするんだ。どうせドラゴンはもう、いないんだろ。俺がこの世界で最後の一頭。俺が死んだらドラゴンは終わりなんだ」

「そうかも知れないね」


 同じ言葉なのに、今度のサヤックの同意はシャイードの心にずんと重くのしかかった。


「でも、そうでないかも知れない。それを確かめるには、結局のところ、出来るだけ長く生き延びる必要があると思わない? そのためには、なんだって万全にしておいて損はないと思わない?」

「………。分かってるよ。師匠は正しい。いつだって、選択を間違えないんだ」

「だろ? それにキミは、もう大体ニンゲンぽいよ。身体の使い方だって凄く上達したし、その指も、何でも器用に作り出せるようになったじゃないか」


 シャイードは自分の掌を見つめた。軽く、握ったり開いたりする。もう何の違和感もない。


「そういうことじゃ、ない」


 シャイードは手を再び顎の下に入れて、ため息をついた。

 サヤックは唇をとがらせる。


「じゃあどういうこと?」


 シャイードは手の甲の上に、額を乗せて俯く。


「……ドラゴンは、嫌われているんだ。憎まれてる。姿を偽ってまで、自分を憎んでいる相手とつきあってどうするっていうんだ?」

「あー……。うん……」

「俺はずっとここにいたい。それが出来ないなら、俺はもう独りでいい。ニンゲンなんかと暮らしたくない」

「………。独りは、寂しいよ?」

「かまうもんか」


 シャイードは俯いたまま、ふん、と鼻を鳴らした。


「俺は誰にも望まれてない。正体を知れば、ニンゲンは誰も俺を好きにはならない。だったら、ニンゲンの中にいたって、独りなのと同じだ」

「そうかなぁ?」


 サヤックは首を傾げた。シャイードは怪訝そうに顔を持ち上げる。


「なんだよ。どこか間違ってるか?」

「うーん……、間違っているというか。シャイード、キミははっきりそう言い切れるほど、ニンゲンを知ってるの? 世界を知ってるの? 自分を知ってるの?」

「えっ?」


 シャイードは指摘されて瞬く。サヤックの表情はいつになく真剣だった。


「確かにね、ニンゲンは自分と違うものを恐れるよ。ニンゲンだけじゃない、ボクたち妖精だってそうさ。”違う”ってのは”知らない”に繋がるし、”知らない”ってことは、”怖い”ってことだからね」

「そうだろ、だから」

「でもね」


 反論しかけたシャイードの胸に、サヤックは笛を突きつけて言葉を封じた。


「それはキミだって同じだろ。何も知らないから怖いんだ。ニンゲンをね」


 この言葉に、シャイードは腹を立てた。臆病だと見くびられるのは本能的に許せなかったのだ。立てていた膝を下ろし、胸に突きつけられた笛を振り払う。


「俺が怖がってるだと!? そんなわけあるか! 俺はドラゴンだ。ドラゴンは何も恐れない」


 手から飛んでいった笛が、からからと音を立てて岩の上に落ちるのを見送る。そののち、サヤックは再びシャイードに向き直った。


「いいや、今も怖がってるじゃないか。キミは拒絶されることを怖がってる」

「……っ! それは……!」


 シャイードが言葉に詰まったのを見て取り、サヤックは立ち上がった。転がった笛を拾い、大事そうに埃を払いながら戻ってくる。

 今度はシャイードの方を向いて座った。シャイードはまだ言葉を探し、唇を噛んでいる。

 サヤックはシャイードの肩に片手を置いた。


「ねぇシャイード、知ってる? 『ニンゲンが誰もキミ(ドラゴン)を好きにならない』を証明するのはすっごく難しいんだ! それを証明するには、この世界の全てのニンゲンと知り合って、キミがドラゴンであることを告白して、嫌いかどうか尋ねなくちゃ。そんなこと、可能だと思う? ボクは無理だと思うよ、キミが長い一生をかけても! だったらさあ、証明不能な『誰も自分を好きにならない』より、ニンゲンってすごく沢山いるから『誰かが好きになってくれるかも』って方が、信じるのも証明も、簡単だろ? たった一人。たった一人だけ、ドラゴンでもキミを好きって言ってくれる人を見つけるだけで良いんだもん。そっちを信じてようよ」


 シャイードは目を丸くした。サヤックの言葉が、混沌としていない。理路整然としている。理論が迷子になっていない。

 彼は凄くうれしそうに、興奮しながら喋っていた。


「ボクはシャイードのこと、好きだよ! 最初は短気で、すぐ拗ねて、とっつきにくい、くっらい奴だなって思ってたけど……! わっ、怒るなよ、ははっ。……こうして話してみると、キミもボクもそんなに違わないって思うんだ。ボクもキミも、ただ幸せになりたいだけ。みんなそう。みんな、ただ幸せになりたいだけ。だったら、一緒に幸せになればいいんじゃない? キミの幸せとボクの幸せ。両方を尊重すれば良い。歌って踊って、嫌なことは涙と共にさっと水に流して、楽しいことに心を向けていようよ!」


 彼は拾った笛を唇へ運ぶと、再び明るくて楽しい曲を奏で始めた。

 今度はシャイードも、彼の演奏を止めることはなかった。

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