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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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児戯

 それからはしばらくの間、二人は言葉少なに港を目指した。

 ゲール川を挟んで南北に町が分かれたこの場所は、川幅が広くなっており、大型の船舶が多数係留されている。

 北側には大きな船はつかぬようで、商船はすべてこちら側にあった。出航の準備をしているところなのか、港は荷を運ぶ奴隷と、指示を下す者たちで賑わっていた。

 港に隣接する石造りの四角い建物には、税関を示す大きな看板が掲げられている。

 町を囲む城壁はここで川にぶつかり、緩やかに折れ曲がっていた。有事の際には城壁の頂上に投石機や大弩がずらりと設置されるのだろう。

 北の町も南の町も、城壁の曲線の山部分には塔があり、川の中には巨大な鎖が沈められている。塔内部の巻き上げ機を使って港を封鎖することが出来る仕組みだ。



「北の町に渡るには、上流の橋か、定期船を使うみたいだな」


 埠頭へ下る階段の入口に掲げられた看板に、定期船の時間が記されていた。おおよそ30分ごとに南と北を往復しているようで、定期船の出る5分前に鐘が一つ鳴り、出港時には三度ならされる仕組みになっている。

 北側にある灯台は、こちらからもよく見えた。今は当然明かりは灯っておらず、頂点に設置された鏡が陽光を反射している。


「あの上に、昇ってみたい」


 アルマが灯台を指さす。シャイードは即座に首を振った。


「無関係な俺たちを、昇らせてくれるとは思えない。灯台は港にとって重要な施設だから」

「勝手に昇ってはいけないか?」

「どうやって? 外壁でもよじ登」

「フラーックス!!」

「……っ!?」

「あっ!?」


 突然、シャイードは背に衝撃を感じて飛び退いた。振り返ると顔に驚愕をたたえた子どもが固まっている。


「なんだ? 地元の子どもか」


 シャイードは緊張を解き、子どもを見下ろす。子どもは胸の前に両手を持ち上げたまま、口を小さくぱくぱくしている。怒られるのではないかとおびえるあまり、声が出ないようだ。

 その背後に、別の子どもたちがばらばらと集まってきた。年齢に多少のばらつきはあるようだが、女子も男子もいる。


「どうしたの?」

「大丈夫?」

「あう……」


 集まった仲間達に上手く状況を説明できず、ぶつかってきた子どもはシャイードを指さした。

 察したやや年長の少女が、シャイードと子どもを見比べ「知らない人にフラックスしちゃったの?」と尋ね、おびえる子は何度も頷いた。


「別に怒ってねぇから。行っていいぞ」


 シャイードは垂らした片手を面倒くさそうに前後に振った。


「待つのだ。フラックスとは?」


 会釈して遊びに戻ろうとした子どもを呼び止めたのは、アルマだ。


「僕たちの遊びだよ」


 別の子どもがアルマに答える。


「氷鬼っていうの」

「こおりおに?」


 アルマが背を僅かに折り曲げた。知らない単語に、興味を引かれた様子だ。

 その時、海風がさっと吹いて、アルマの帽子を攫おうとした。アルマはとっさに帽子を押さえたが、鍔だけがひっくり返って彼の顔を露わにしてしまう。

 黒々として背の高い異邦人を、警戒しながら見上げていた子どもたちは息を飲んだ。


「綺麗……。貴方は御使い様?」

「違うよ、翼がないからきっと精霊だよ! ぼく、精霊見たことあるもん」

「嘘つけ。精霊だったらお前は攫われて喰われてたはずだぞ!」


 ガーッと両手を上げて、年下の子どもを脅す子ども。


「エルドリス様じゃない? 黄金の竪琴、持ってる?」

「白薔薇の騎士イヴァンだよね!? その長くて白い髪!」


 子どもたちの瞳は、好奇の視線に変わっていた。思い思いに、心に描く美しい存在の名を挙げている。シャイードは面倒の気配を察知し、小さく首を振って遠くを見遣る。

 すると、遠巻きにこちらの様子を気にしながらも、何カ所かで動かずにいる子どもがいることに気づいた。


「あいつらもお前達の仲間か?」


 シャイードは気になって、手近の子どもに尋ねる。

 ぽやっとアルマに見蕩れていたその子どもは、話しかけられて我に返った。シャイードが顎をしゃくった先の友人を確認して頷く。


「あ、……うん。あの子達は凍らされてるんだ。鬼に」

「はーい! 僕が鬼!! はい、タッチ!」

「ええっ!? 今はタイムでしょお!?」

「待つのだ。順に教えてくれぬか?」


 アルマが語りかけると、騒がしかった子どもたちは静かになる。

 ふわふわした髪の少女が、もじもじしながら一歩踏み出した。


「一緒に遊ぶ?」


 片手を伸ばし、上目遣いに魔導書を誘う。アルマはさらに腰をかがめ、その手を取った。


「うむ。やり方を教えてくれ」

「うんっ!」


 嬉しそうな笑顔に手を引かれ、固まっている子どもの方に連れて行かれるアルマ。周りを子どもたちが囲んでいた。

 取り残されたシャイードは、大きく一つ、深呼吸をする。


「まあいいか。どうせ暇だし」


 石畳の上に取り残された幾つかの古い木箱を見つけ、そちらへ歩いていって腰を掛けた。


 シャイードが見て取った子どもたちの遊びのルールはこうだ。

 鬼を1人決め、その他の子どもは鬼につかまらないようにばらばらに逃げる。

 逃げる場所はこの少し開けた石畳の上のみで、階段を昇ったり降りたりして別の区画へ逃げることは禁止されていた。

 その範囲内で子どもたちは逃げ回るのだが、逃げ切れずに鬼につかまった子どもはその場で凍らされてしまう。

 凍らされた子どもは、凍らされた形のまま、じっとしていなくてはいけない。

 まだつかまっていない子どもは、凍らされた子どもを「フラックス!」と叫びながらタッチして、氷から解き放つことが出来る。

 全員が凍らされたら鬼の勝ち。

 全員を凍らせる前に鬼が疲れて降参したら、鬼の負け。

 どちらにせよ、新たな鬼が決められてまた同じ遊びが始まる。


 アルマは長衣が絡みつくので、あまり速くは走れないようだ。子どもたちに混じっても、どっこいどっこいで、レベルとしては丁度よさそうに思える。

 髪が長い分、鬼につかまりやすくもあった。

 だがひとたび鬼になると、リーチの優位を生かして子どもたちを一度に二人凍らせたりもしている。

 子どもたちは歓声を上げながら、楽しそうに逃げ回っていた。



『ほら、シャイード! ボクを捕まえてみてよ!』


 不意に、懐かしい声が風に乗って届いた気がした。

 獣の両脚を弾ませて、木々の合間を逃げる後ろ姿。


(アイツは、凄くすばしっこかったっけ……)


 シャイードは潮風に耳を澄ませ、目を閉じた。

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