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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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宝石の効果

 シャイードとアルマは、顔を見合わせた後に振り返る。

 ガタイの良い中年の男が、腕を組んで仁王立ちしていた。その後ろに、顔にいやらしい笑みをはり付けた男が二人控えている。


「袋小路まで待つつもりだったが、ばれちまっちゃあしょうがねえ。なかなか勘の良い小僧だな!」

「誰なのだ?」

「知らん。おい、アンタら。俺に何か用か」


 男の方を振り返って話している間に、進行方向の路地からも男達が現れ、行き先をふさがれた。

 シャイードは視線だけを動かして気配を探る。


(全部で五人か)

「おいおい、そっちの勘は鈍いのかぁ!?」


 男達はげらげらと笑いながら、包囲の輪を縮めた。

 その時、シャイードは彼らのことを思い出した。公共浴場ですれ違った柄の悪い一団だ。

 片眼を眇めて訝しむ。


「全然分からん。強盗でも働きそうな気配を感じるが、こっちは金なんか持ってないぞ」

「はっ。しらばっくれるんじゃねぇよ。俺たちは見たんだよ。そっちの黒服の兄ちゃんが手の中で宝石をごろごろさせてんのをよ」


 シャイードの目が丸くなる。ぎぎぎ、と音がしそうな様子で首をねじり、隣を見た。


「バッグを開けたのか? あんなところで?」

「中身を見るなとは言われなかった。それに食べてもいないぞ」


 平然と答える魔導書を凝視した後、シャイードは半眼で思い切り息を吸って吐き出した。

 強盗団を振り返る。


「……で?」

「それをちぃーとばかし、貸して貰えねぇかと思ってよぉ? なぁ?」

「返す当てはねぇけどな、ひゃっひゃっひゃっ!」


 仲間達はにやにやと笑いながら追随する。


「うわ……。そんなお約束なセリフを吐く奴、いるんだ」


 シャイードはドン引く。

 魔導書はいつもの無表情を崩さぬまま、堂々と一歩前に出た。


「汝ら、間違っておるぞ」


 片腕をゆっくりと持ち上げ、一団の首領らしき者を指さす。


(流石に責任を感じたか。でも、何をするつもりだ?)


 シャイードだけではなく、強盗団にも緊張が走る。魔術師風の男はまだ呪文を唱えてはいないけれど、何かをしてくるのではないかと考えたのだろう。

 しばしの静寂、そして。


「返すつもりがないのなら、借りるとは言わぬであろう? それは貰うというのだぞ。宝石を下さい、と言い直すのだ」

「………」

「………」

「「「「………」」」」


 実に当たり前の、魔導書以外のこの場の誰もが完全にわかりきっていたことを正面切ってと指摘され、強盗団は面食らった。困惑の視線を交わし合っている。


(なんだこの空気)


 シャイードはほんの少し、いたたまれない気持ちになる。


 出鼻をくじかれて固まっていた首領が、最初に我に返った。


「ぅオホンッ! 宝石とだな、あー……、他に金目のものがあれば、全部置いていきな!」


 直前の流れは、無かったことにするらしい。今更ながらに、武器を構えて凄んできた。

 シャイードは、はーぁ、と気のないため息をついた。片手で後頭部を撫でる。


「風呂入って良い気分だったのに。めんどくさ……」

「シャイード、どうするのだ。あやつら、話が通じぬぞ」


 通じてないのはお前の方だ、と言い返しそうになるのを、シャイードはぐっと堪える。


「邪魔にならないとこに立っとけ。汗掻かない程度に捻っとく」


 シャイードは無意識にマントの下で腰に手を回した。が、そこには短刀カルド小剣ショートソードもなく。


(おっと、置いてきたんだった。まあいいか)


 胸の前で手を組み合わせ、関節をポキポキと鳴らした。口角を上げて、ニィと笑う。

 言葉とは裏腹に、金の瞳が楽しそうに輝いていた。

 なまっていた身体を動かす良いチャンスだ。


「んじゃまあ、眠気覚ましの運動と行こうか。おいアンタら、宝石なら全部俺が持ってる」


 脚を大きく開いて姿勢を低くし、片手を前に出して掌を上に向けた。


「早く取りに来れば?」


 指先を前後に動かして挑発する。


「生意気なくそガキが! お前ぇら! 畳んじまえ!!」

「おうっ!」


 強盗団が一斉に襲いかかってきた。


 首領の獲物は舶刀カトラスだ。手下はナイフやダガーを構えている。

 四方から迫るそれらだが、一つ一つの動きは大ぶりで単調。軌道が読みやすい。


(戦い慣れた動きとは言えんな。海賊くずれですらないのか)


 シャイードはステップと、しなやかな上体の動き、それから時には手刀で敵の腕をいなしながら容易く躱す。

 そうしながらも、相手がバランスを崩す隙は見逃さない。

 手早く軸足の膝裏を蹴りつけて一人を地面に転がし、みぞおちに正拳を入れて呼吸困難にさせた。

 そこに襲いかかってくる別の男へは、その勢いを生かし、立ち上がり様に胸ぐらをつかんで背負い投げる。投げられた男は石畳でしたたかに背中を打ち、うめいた。

 続く間髪入れない横凪の軌道をのけぞって躱した後、バク転の要領で相手の顎を蹴り上げた。脳震盪を起こした敵が後ろ向きに倒れる。


「ええい、ちょこまかと!」


 攻撃が全く当たらないことで、相手がいらいらしてくるのが分かった。

 シャイードは片顔で笑う。

 頭に血が上った相手は、もっと攻撃が単調になり、隙が大きくなる。


「もう終わりか? これでは運動にもならん」


 言葉通り、息一つ乱さぬままにさらに挑発する。

 首領が舶刀を振り回しながら一直線に近づいてくるのを、ポケットに両手を突っ込んだまま、ひょいひょいと躱しつつ下がっていく。

 と、背に衝撃があった。


「へっへっへ! 捕まえたぞ、子ウサギちゃん」

「!!」


 背後から抱きつかれ、二の腕ごと身体を拘束される。覗き込む顔から臭い息が吹き掛かり、シャイードは顔をしかめた。


「でかした! 追い詰めたぞ小僧。さんざん手間ぁかけさせやがって!」


 首領が下卑た笑みを浮かべながら迫ってきた。


「大人をからかうとどういうことになるか、ちょっと身体で学んで貰おうか? え?」


 頬を、舶刀の腹がひたひたと叩いた。

 シャイードは呆れたように視線を外した後に、間近に迫っていた首領の頭に向けて強烈な頭突きを加える。


「ぐおおっ!!」


 たまらず、首領は額を押さえてふらふらと下がった。

 直後、両肘を折り曲げて肩まで水平に跳ね上げつつ膝を曲げ、上体を思い切り捻った。

 シャイードを後ろから束縛していた男は、無防備な脇腹に強烈な肘鉄を食らう羽目になり、「がはっ!」と息を吐き出して横様に倒れ込む。

 シャイードは首を回してため息をついた。


「ツメが甘いんだよ、お前ら」

「それじゃあ、こいつはどうかな!?」


 離れたところから声が響き、シャイードはそちらを向いた。

 アルマが後ろ手に拘束され、首筋にダガーを突きつけられている。投げ飛ばしただけの男は、ダメージが軽かったようだ。


「ぅおっ!? ……良く見りゃスゲェ綺麗な兄ちゃんだなぁ。ヒヘヘ、こりゃあ高く売れるぞ」


 シャイードは唇を引き締め、早足でそちらへ近づいた。すぐにダッシュに変わる。


「バカ! 動くな、止まれ! こいつがどうなっても、……うげぼを!!」


 そのまま勢いをつけ、アルマの鳩尾に思い切り跳び蹴りを食らわせた。

 二人は折り重なったまま吹っ飛び、石壁に勢いよく激突する。主に後ろの男に大ダメージが行った。


「……痛い」


 背後の男をクッションにして尻餅をついたアルマにシャイードは片手をさしのべ、助け起こす。アルマは自由な片手で、ずれた帽子を直しながらよろよろと立ち上がった。


「汝、一瞬たりとも躊躇せぬとは」

「つかまる方が悪いだろ」


 苦情は受け付けない、とばかりに、シャイードは片手を振った。

 なんとか立っているのは、首領のみだ。後は気を失っているか、地面に転がって苦痛に悶えている。


「畜生め! こんなはずじゃあ」


 首領は先ほどの頭突きで額を切ったようで、目に流れ込む血を片手でぬぐいながら歯ぎしりした。

 シャイードは腕組みしてにぃ、と笑う。


「まだやる気なら、次は骨を折りに行くが」

「お、覚えてやがれ!!」


 首領は手下を見捨てて逃げ出した。


「捨て台詞まで個性がねぇな!」


 逆に凄ぇ、とシャイードは目を丸くした。


 まだ跳び蹴りダメージが残っているらしく、腹に両手を当てて身体をくの字にしているアルマを放置し、シャイードは倒れた男達の懐を次々に探っていく。意識が残っていた者も、ボスが逃げたのを知って抵抗はしなかった。


「チッ。こいつらマジでしけてやがる。ん? こいつは……」


 財布の中から出てきた羊皮紙片をかざし、シャイードは眉根を寄せた。

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