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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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神話

 数人の人垣に混じり、シャイードは救助された男を見下ろす。

 男は砂浜に横たえられていた。ぼろ毛布にくるまれ、真っ青な顔と紫の唇をしている。本来は海の男らしく、日焼けした肌の色だったはずだ。


「どうしたんだ?」


 シャイードは手近にいた野次馬に尋ねる。


「木片につかまって漂流していたらしい。多分船乗りだ。気絶していて、水を飲んでいなかったのが不幸中の幸いだな」


 小舟の上で既に蘇生術が試みられたのだろう。船乗りには、今はかろうじて意識があった。だが目つきは虚ろで、朦朧としている。

 漁師が名前を聞いても、「船が、……船が急に、目の前に」とか、「波が襲ってくる」などの言葉をうわごとのように繰り返すのみだ。


「交易船同士の衝突事故かねぇ?」

「最近、波は比較的穏やかだったと思ったが……」

「先月頭の掃討作戦以後、海賊が出たって話も聞かねぇしな」


 人々が顔を見合わせ、肩をすくめている内に、先ほどの男が一人の若者を連れて戻ってきた。

 まだ顔にあどけなさを残す若者で、紺碧の長衣を身にまとい、腰には光沢のある白いサッシュを巻いている。胸から下げているのは波と帆を意匠化した海神ポントゥスの聖印だ。

 海神の神官は横たわる男の脇に跪き、その下瞼を両手の親指で広げて状態を見た。その後、右手で彼の額と唇と胸に順に触れ、左手に聖印を握りこんで目を瞑る。


「無辺なるわだつみの領主よ。汝の忠実な僕たる彼の者に、命の潮を注ぎ給え」


 神官の言葉と共に、聖印がほのかに輝く。溺れた男の呼吸と表情が穏やかになった。願いは聞き届けられたようだ。

 覗き込んでいた野次馬達の唇から安堵の息がこぼれる。

 神官へ礼を述べ、横たわる男を皆で運んでいくようだ。


 シャイードが興味を失ってきびすを返すと、空を仰いで佇むアルマが目に入った。

 つられて空を見上げる。夕暮れの迫る空には雲が細長くたなびいている。特別気になるようなものは飛んでいない。


「何を探している?」

「リソースプール」

「?」


 シャイードは眉根を寄せ、空からアルマへと視線を移す。それからはっとした。


「もしかして、何か感知したのか? ビヨンドとか世界膜メンブレンの乱れとか?」

「そうではない」


 アルマは視線をシャイードへと落とす。


「治癒の効果を発揮させたパワーの源を探した」

「いまの神性魔法のか?」

「あれは魔法ではないぞ、シャイード。パワーソースが魔力イーサではなく、共振力ウィルだ」

「お前が何を言っているのか、さっぱり分からない」

「何故分からぬのだ。全然違うではないか。神官は呪文を唱えなかったであろう?」

「ん? まあ、そういえば? 祈りの言葉らしきものは唱えていたが、ただの共通語だったな。でも、魔法は魔法だろ?」

「………」


 アルマは目を閉じて沈黙する。再び開き、


「まあ良い。汝らに合わせて、我も仮にあれを神性”魔法”と呼んでおこう。我には扱えぬ代物で、汝にも扱えぬ代物だ」


 言って唐突に歩き出した。

 彼が譲歩したことに、シャイードは地味に驚く。そのため反応が一拍遅れた。


「おい、どこに行くんだ」

「夕陽色を見る」


 アルマは振り返らずに答えた。波打ち際に平行に、南へ向かっている。塩田のある方向だ。シャイードは腑に落ちない表情で、彼を追って岩がちの海岸を歩き出す。


「それで?」

「ん?」

「いや、神性魔法の話。途中で止めるな、気になる」


 アルマは足を止め、今度は主を振り返った。


「知りたいのか? 汝には使えぬのに?」

「『知識はかさばらないから幾らあっても良い』って師匠が言ってた。勿体ぶらずに教えろ」


 シャイードが顎をしゃくって先を促すと、アルマは再び歩き始め、口を開く。


「汝は神性魔法について、何を知っていて、何を知らぬのだ」

「あ? あぁ、そうだな……、あれだろ。神に祈りを捧げ、神の力を借りる魔法」

「ふむ」


 アルマは頷く。


「では尋ねるが、神とは何だ?」

「え?」

「神とは何だ?」


 重ねて問われ、シャイードは眉根を寄せた。


「難しいことを聞くなぁ……。俺たちド……、ごほん。俺たちには、信仰心はないからよく分からん。見たこともないし」


 そこまで言ったあと、シャイードは唐突に胸を張り、得意げに自らを指した。


「それどころか、かつては俺たちを神とあがめる民族だっていたらしいぜ。みんなそうすりゃいいのにな」

「なるほど」


 対するアルマの反応はあまりに淡泊だ。シャイードはむっと口を尖らせた。

 小さく息を吐いて気を取り直す。


「でもまあ、どこかにいるんだろ? 実際に、神性魔法が効果を現すところを見る限り」

「いる、という表現が適切かは分からぬがな。神という概念は神界と認識される高次元の世界膜にある、と思われる」

「精霊とか、死霊みたいにか」

「もっと異質だ。我はそれを、感知してみたかった」

「ああ、さっきはそれでか」

「うむ」


 アルマは歩きながら腕を組んだ。


「だがこればかりはな。共振力ウィルを持たぬ我には難しいようだ」

「ふぅん……」

「捕捉できれば、喰らってみたかった」

「!? 神を!? おま、なんつーことを……」


 シャイードの足は驚愕に止まる。

 神官に聞かれたら、袋だたきに遭うのではないだろうか。それとも、彼の神のごとき容貌で許されてしまうのか。シャイードはアルマの大それた発言に、思わず周囲を見回す。

 誰もいなくて良かった。

 再び、小走りに追いつく。


「冗談はさておき」

「いや、冗談かよ! てか、お前、冗談言えるようになったのかよ!」

「うむ。こういうのが冗談であろう。我は学習した」


 セリフは相変わらずの棒読みで無表情なのに、シャイードには今のアルマはどうしてかドヤ顔に見えた。


「冗談というのは、嘘ではないのだぞ。半分くらいは本気だ」

「いや、本気かよ! しかも半分も!?」


 突っ込みが追いつかない。そもそも冗談の定義も間違っている気がする。シャイードはどっと疲れた。



「結論を述べると、神とは高次元に存在する共振力ウィルのリソースプールに過ぎない」


 シャイードが背中を丸めてがくりと肩を落としている間に、アルマは何事もなかったかのように話を続けた。


「そうなのか」

(………。 !?)

「なんか今、さらっと凄いことを言わなかったか……?」


 シャイードは一旦聞き流した後、遅れて意味を理解し、顔を跳ね上げてアルマを見た。アルマも彼を見て、頷いた後に話を続ける。


共振力ウィルはニンゲンと、人から派生したとされる亜人のみが持つ力だ。古き生き物である幻獣や魔物達は、魔力イーサを自在に操り、個として強い力を誇る。対して、新しい生き物であるニンゲン達は、共振力ウィルを少しずつ持ち寄り、それを集めて全として強い力を振るうのだ」


 シャイードはゆっくりと姿勢を戻す。金の瞳が見開かれている。


「え……。それ、マジ?」

「まじ」


 アルマは彼の言葉をオウム返しして、頷く。


「待て待て待て? ちょっと待て?」


 シャイードは額に手を添え、アルマに向けてもう片手を突き出した。


「まとめると、つまり……。神は、ニンゲンが造った……ってことになってしまわないか、それは」

「なるぞ。神とはニンゲンが共振力ウィルを効率的に行使するために発明した概念だ」

「なん……だと……!?」

「驚くに値しない。ニンゲン達はそれを自覚している――していた。少なくとも、かつては。これは書からの受け売りに過ぎぬ」


 シャイードはぽかんとしている。

 神について、今まで深く考えたことはなかったが、どこか見えないところに存在していて、人格――ではなく、神格を持ち、難しいことや深いことを考えていて、時折、天罰を与えたり祝福を与えたりしてくるもの、そんな風な認識だったのだ。

 人間たちに伝わる神話や伝説の本も、師匠の元で読んだことがある。

 そこに描かれる神は個性的で、どことなく人間的でもあって、欲望に負けたり、失敗したり、嫉妬したり、争いあったり、和解したり。

 まるで人と変わらないなと思ったものだ。


「人が造った……。それなら、神が人と変わらぬ性格でも何ら不思議はないな」

「うむ。故に、ニンゲン達の間で解釈が一致せぬようになって分裂する神も、逆に、似たような恩恵を与えることから同一視が起きるケースもある。布教によって強力になってゆく神も、信ずる者が減って力を失う神も」

「なるほど。人の意志を受け止め、溜め込むリソースプールって訳か」

共振力ウィル。ただの意志ではない。人だけが持つ、力ある意志。それが共振力ウィルだ」

「そしてリソースプールである以上、溜めた力を取り出すことも出来る。それが、神性魔法か!」


 アルマは理解にたどり着いたらしいシャイードを見て、目を細めて頷いた。


「そうだ。信仰するリソースプール、……つまり神についての理解が深まるほどに、力を取り出しやすくなる。寄せられた思いに共感、いや共振出来るほど、大きな力を取り出せるのだ。一方で、共振力ウィルを捧げることはニンゲンならば誰にでも出来る。その神の存在を認識するだけで良い。神殿で祈るに限らぬし、複数の神を信じても良い」


 シャイードは遺跡探索の際、フォレウスが冥府の神ヨルをたたえる仕草をしたことを思い出していた。

 死者の安らかな憩いを神へ願う仕草であり、その共振力ウィルはヨルというリソースプールにほんの少しだけ溜まったことだろう。

 ヨルの神官といえば、アンデッドを狩る”骸狩むくろがり”で有名だ。

 死者の安息を願う多くの人々の共振力ウィルを、さまよう死者を冥界へと送りつけるヨルの神性魔法として行使する。

 確かに、そこに矛盾はなかった。


「ニンゲンが、些細な場面で神をたたえたり、神を意識する度に、リソースプールには力がたまっていく訳か。そしてその力を、溜めた者達の意志や利益に反しない方向に、まとめて使うことが出来る者たちが神官……」

「ちなみにだが、様々な回復の恩恵は、ほとんどのリソースプールから引き出せる。なぜならニンゲンは、誰しも苦しい状態から回復したいという根本的な願いを持っているからだ。実際に、そういう場面で神へ祈りが捧げられることが多いであろう?」


 アルマの問いかけに、シャイードは顎に指を添えて頷く。先ほども見たばかりだ。


「神性魔法と言えば回復のイメージが強かったが、そういうことか」

「我は神性魔法を使えぬが、神を喰えれば、我の力もさぞかし強くなろうかと思ったのだ。さすればビヨンドを何とかしようとする汝の、助けになるやも知れぬと」

「本気で言ってるのか……?」

「単なる推測だ。共感力ウィルのリソースプールを、魔力イーサに変換できるかはやってみなくては分からない」

「本心は?」

「……神とはどんな味であろう」

「お前やっぱ悪だわ! 発想が悪!」


 シャイードは力いっぱい太鼓判を押した。



 一日の旅を終えた太陽が、水平線へと近づいていく。

 雲を貫く光の箭のうち、散乱せずに残された赤い光が、世界を夕陽色に染め上げた。

 空を映す海も同じ。塩田は、重なり合う朱色の鏡と化していた。

 シャイードとアルマは足を止め、世界の色を全身に受け止めている。


「夕陽色。あちらも、こちらも」


 アルマは両腕を上げた。彼の象牙色の髪も肌も、今だけは暖かな色に染まっている。そうしていると、彼は少しだけ人間らしく(・・・)見えた。

 せわしなくあちこちを見回す彼の隣で、シャイードは空に漂う雲を見上げる。だが、思考は別の世界を漂っていた。


(大蟻たちとは違う、全の力か……)


 神が人の作り出した存在だとすれば、それを人に与えたのは誰なのだろう。

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