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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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中央広場

 東門広場から北西へ向かうと、さらに大きな中央広場に出た。

 周囲には商店、鐘楼のある教会、各種ギルド会館、役所や集会所等、大きな建造物が集まっている。名実共に、町の中心区画だ。

 中央には水汲み場を兼ねた噴水があり、屋台なども出て賑わっていて、人々が三々五々集まっていた。


 噴水の真ん中には高い方尖柱オベリスクが建っている。そして四面それぞれの足下から広場を睥睨しているのはガーゴイル像だった。

 中央広場からは放射状に街路が延びていて、町の各所へと繋がっている。シャイード達が通ってきたのもそのうちの一つだ。

 メリザンヌから教えられた海鳥通りという道は、案内板によると中央広場からさらに西へ、海の方角へ向かう通りのようだ。

 中央広場から海へ向かう道は緩やかな坂になっていた。


「宿の場所を確認してから、海を見に……って、……?」


 シャイードは隣にいるアルマに語りかけたつもりだったが、いつの間にか彼の姿がない。

 人混みに紛れてしまったかと慌てて周囲を見回すと、噴水の縁に登ってさらに見上げる黒ローブ姿を見つけた。

 人々が何事かと遠巻きに様子をうかがっている。


「なっ……にやってんだアイツは……っ!」


 目立つなと、奇行は抑えろとあれだけ言っておいたのに、と、肩を怒らせてシャイードはアルマに歩み寄る。


「おいっ、アルマ! 何やってんだ、早くそこから降りろ!!」

「少し待て。気になることがある」

「気になるって、お前」


 シャイードはアルマの足下で、周囲を見回す。人々の責めるような視線がいたたまれない。いつの間にか子どもたちも集まってきていた。


「いーけないんだ、いけないんだ!」

「噴水に入っちゃ、いーけないんだ!」

「大人なのに、いけないんだー!」


 それはそうだろう。この噴水はただの飾りではなく、大事な水汲み場でもある。水に入るなど論外。

 子どもたちにはやし立てられ、シャイードは羞恥で真っ赤になった。正直なところ、無関係を装って、逃げてしまいたい。


「うわ!! 入るなよ、アルマ!」


 上を見たまま水の中に一歩踏み出そうとするアルマに気づき、シャイードは慌てて彼の両足をつかんだ。アルマはバランスを崩し、前のめりに倒れ……、ガーゴイルの鼻面に手をついて身体を支える。

 噴水の水面に対し、斜め45度の角度で橋を架ける形だ。


「よし、シャイード。そのまま押さえていろ」

「よし、じゃねーよ、このバカ! 早く降りろ!」


「こらーっ! 噴水で遊ぶんじゃないよ!」


 近くの屋台から、恰幅の良い中年女が走ってくる。右手でめん棒を振り上げている。


「まずい」


 シャイードは抱えた足を引き戻そうと、強引に引っ張った。


「危な」

「どわっ!」


 ガーゴイルに掛けていた支えの手が外れ、アルマは完全にバランスを崩す。危機感の欠如した棒読みで言いかけた言葉を、最後まで言うことは叶わなかった。

 水音がかき消したのだ。


 それほど深くはない噴水にあっという間に沈んだアルマを引き上げる。

 シャイードも、倒れるアルマに引き込まれて両腕と胸の辺りまで水に浸かってしまった。


「やれ、酷い目に遭ったぞ」

「こっちのセリフだ!」


 うつむいて水をしたたらせ、帽子を拾いながら噴水の外に出てきたアルマと、マントの裾で顔をぬぐうシャイードの頭に、めん棒が容赦なく振り下ろされた。


「いたい」「いってぇーーっ!」


 何で俺まで、とシャイードは涙目になりながら背後を振り返った。

 腕組みをして仁王立ちする中年女が立っている。背後に野次馬を従えて。


「まったく! いい大人が何やってんだい! あたしたちの大事な生活用水に!」

「お、俺は悪くねぇだろ!! 止めようとしてただけだ!」


 シャイードは猛抗議した。

 中年女は「あらそうかい。そりゃ悪かったね」と、少しも悪びれずに言い、アルマの方を向く。めん棒の先端が彼をロックオンした。


「あんたの方は言い逃れ出来やしないだろ!? 何てことしてくれたんだい!」


 女は鼻息も荒くまくし立てた。

 アルマは構わず、帽子を身体の前で絞っている。


「これじゃ、子どもたちに示しが……、示し……、………」

「うむ。水に落ちて悪かった。落ちる予定はなかったのだ。許せ」


 彼女の言葉の途中でようやくアルマは顔を上げ、中年女をまっすぐに見つめて謝罪をした。

 沈黙が流れた後、ややあって。


「あら、あらあらあら。そんな……」

(ん……?)


 急に態度と声音の変わった女を見て片眉を跳ね上げた後、シャイードは隣を見た。


「!」


 午後の陽光を浴び、アルマは髪に輝く真珠の粒のような水滴をまとわりつかせ、神々しい美しさを衆目にさらしている。

 頬や首筋に張り付く長い解れ髪が、妙に色っぽい。漆黒を縁取る長い象牙色のまつげも、水を含んで重たげだ。

 シャイードの恐れる底なしの深淵めいた瞳も、今だけは水の艶を借りて、まるでそこに人間らしい感情があるかのように見えていた。

 シャイードは二、三度瞬いた後、小太りの女に視線を戻す。

 彼女は頬を赤らめ、髪や服装をせわしなく整えながらもじもじとしている。小娘に戻ってしまったかのようだ。


「い、いいんだよぉ。分かってくれれば。あんたも、わざとじゃなかったのね。うふふ」


 めん棒を背後に隠し、しなを作って胸の前で左手を上下に振っている。

 取り巻く野次馬も、老若男女の別なく、一様にぽーっとアルマに見蕩れていた。


(意外と、便利……か?)

「そうか。では我はもう行く」


 アルマは濡れたままの三角帽子を、頭に被って鍔を深く下ろした。彼が歩いて行くと、進行方向の人波が自然に左右に分かれる。

 シャイードは後ろに従いつつ、背後を振り返った。

 立ち去る後ろ姿を見送りながら切ない表情を浮かべる群衆が見える。その後、彼らは噴水に殺到していた。我先に、その水を欲しがっている。


(う、ううむ……)


 シャイードは濡れたこめかみをもんだ。



「古代文字が書かれていたのだ」


 うつむいて歩くアルマの横に並び、シャイードは唐突に口を開いた彼を見上げた。


「さっきの石柱にか? 何て書いてあったんだ?」

「それが、だいぶ風化が進んでおってな。単語が切れ切れで、文章としてはほとんど読めぬ状態であった」

「なんだ」


 大騒ぎしておいてそれか、とシャイードは鼻を鳴らす。


「この町は風が強いらしいし、無理もないか。でもまあ、ああいうところにある石碑は、為政者の業績をたたえていたり、町の歴史が刻まれていたり、法律について書かれているのが多いと読んだことがある。俺たちには関係ないだろ」

「うむ……。おそらくは、な」


 アルマは一つ息をつき、遠くを見た。


 ◇


 通りをひたすら海に向けて進んでいくと、最終的に道は狭間胸壁の上に出た。

 海岸までは垂直の石壁だ。降りる道は胸壁に後付けされた狭くて急な木製の階段のみ。有事の際には取り壊してしまうものだ。

 港はここよりも北の、河口に当たる部分なので、付近の海岸には地元漁師の小舟しか見られない。


「海、だーーっ! ははっ!」


 胸壁に肘をついて、シャイードは水平線を眺めた。アルマが隣に並び、三角帽子の鍔を押さえている。ここは見晴らしが良く、風が強い。

 アルマは普段よりテンションの高い主をまじまじと見つめた。


「汝は海が好きなのか」

「んー……。そういう訳じゃないが。久しぶりに見たからな。大声を出したくなった」

「青いな」

「は!? 喧嘩売ってんのか」

「いや、海が」

「なんだ海がか、紛らわしい。――もう少ししたら、夕陽色になるかもな」

「ほう」


 アルマは海の方に向き直る。それきり、黙り込んでしまった。

 シャイードも何となく口をつぐみ、潮風を肌に感じながら、海鳥が海面へと突っ込む様や、沖にいる漁師達が網を引き上げる姿を見つめた。


 やがて一艘の小舟が、岸へ向かってくるのが視界に入る。

 大きく手を振り、何かを叫んでいた。海岸にいた数人が何事かと集まっていく。

 ほどなくしてそのうちの一人が、輪から外れて階段を全力で駆け上がってきた。


「何かあったようだな」


 アルマが隣で呟くのを聞きながら、シャイードは胸壁から身を離す。階段を登り終え、東へと向かおうとする男に数メートル離れた場所から「何があった?」と声を掛けた。


「おお! お前、治療者か神官……、ではなさそうだな! 水難事故だ」


 シャイードとアルマが治癒術の使い手ではなさそうだと見て取ると、男は答えながら街路の先へと消えていく。


「……。行ってみるか」


 好奇心に背を押され、シャイードは階段へ向かった。

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