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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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名物料理

 酒場の入口で幾分か待たされた後、テーブルへと案内された。

 昼食には遅い時間になっていたが、人が多いせいか酒場もまだ盛況だ。

 フロアの中央では派手な髪型をした吟遊詩人が、速弾きの曲を歌ってさらに場を温めていた。


(ん? あいつは……)


 見覚えのある姿をよく見ようとしたシャイードの視界に、注文を取りに来た給仕が滑り込む。

 シャイードは「ここの名物料理ってやつを一つ頼む」と告げ、その他にも酒やつまみなどを適当に頼んだ。

 メニューには魚介が多い。

 値段は小型銀貨デュナス青銅貨クスの表記の隣に、ザリという見慣れない単位も書かれていた。

 メリザンヌが立ち去ろうとした給仕を呼び止め、「極光エビは入っているかしら?」と尋ねている。給仕が眉尻を下げて首を振ると、魔女は残念そうに肩を落とした。


「それって美味いのか?」


 シャイードの問いかけに、振り返った魔女が頷く。


「七色に輝く大きな海老でね。それはそれは美味なのよ! 尤も、数が取れないから、食べるには運も必要ね。今回は運がなかったみたい。是非、貴方達にも食べて貰いたかったわ」

「ふぅん?」


 そんなに美味いなら食べてみたかった、とシャイードは呟いた。


「それにしても……流石に港町、だな」


 隣のテーブルに並んだ貝の蒸し料理や、魚の揚げ物を挟んだパンを見て、シャイードは唾を飲み込む。傍目にも美味そうだ。

 その上、あちらからもこちらからも、食欲をそそる香りが立ちこめている。

 まずはビールが運ばれてきたが、何故か小皿に載った塩が一緒だ。


「ビールに、塩?」

「意外と合うのよ、これが」

「入れるのか?」


 塩とビールを交互に指さし、シャイードはメリザンヌに尋ねる。魔女は首を振り、ビールを一口飲み下してから塩を指先につまんで舐めた。


「おつまみよ」

「へぇ……?」


 隣を見ると、アルマが小皿を傾けて一息に塩を呷っている。量は少ないとは言え、シャイードは舌に広がる味を想像して口元をゆがめた。


「悪食か」

「ふむ……。実に複雑な味がする。大きさに比して情報量が多い。塩、侮れぬ」


 その瞳が自分の塩に注がれているのに気づき、シャイードは「やらねーぞ」と小皿を引き寄せた。メリザンヌに習い、ビールを飲んでから塩を舐めてみる。


「お……、本当だ。ちゃんとつまみになってる」


 驚きだ。続いて口に含んだビールが、さらに美味しく感じた。

 この塩もビールに合わせた特別なものなのかも知れない。良く口にする塩より、やや苦みが利いていて、それがビールの苦みと合っていた。


「塩なんて、ただの調味料としか思ってなかったな」


 知っていると思っていたもののことを、少しも知らなかったのだと思い知る。

 感心して小皿に視線を落としていると、頼んだつまみ類が次々に届いた。そしてその最後にやってきた名物料理は。


「なん……、これ……」


 シャイードの目の前に置かれたのは、楕円形の木皿に盛りつけられた黄味がかった白い塊。ほくほくと白い湯気を立てている。


「塩? これも塩なのか? え、塩料理??」


 どう見ても塩の塊なのだ。皿に添えられた木槌が意味深だ。

 魔女は正体を知っているらしく、向かい側から意味ありげに微笑んでいる。

 戸惑うシャイードの隣から、アルマが興味津々に覗き込んできた。


「シャイード。汝が喰わぬなら我が……」

「誰がやるか」


 皿をアルマの視線からかばうように身を挺する。とりあえず木槌を手に取った。塩の塊の上にかざして魔女の様子をうかがうと、小さく頷いている。これで正解らしい。

 シャイードは塩の塊に向けて、木槌を振り下ろした。焼き固まっていた塩にヒビが入り、岩石のように砕ける。

 砕けた欠片の一つを拾って口に運ぼうとすると、魔女が含み笑いながら首を振っていた。


「違うのか。……ん?」


 欠片を皿に置こうとして、本体の塩の中に何かが入っていることに気づいた。木槌で割れ目を広げ、塩の塊を取り除いていくとその正体が明らかになっていく。


「こっ、これは!!」


 湯気を立てる大ぶりの魚が現れたのだ。

 まだ頭と尻尾を塩に覆われた状態だったが、シャイードは両手で持ち上げてその背にかぶりつく。


「!!」


 衝撃だった。

 身はほっこりと柔らかく、それでいてきちんと中まで火が通っている。丁度良い塩加減。

 焼いた魚は得てして、表面の水分が飛んでややパサついた舌触りになるものだが、それがない。

 塩によって素材本来の甘みが一層引き出され、目の覚めるような美味しさだった。

 シャイードは夢中になって、魚にかぶりつく。腹が減っていたこともあったが、魚がこんなに美味しいものだったとは。


「塩釜料理って、言うらしいわよ。塩を名産とするこの港町ならではの、贅沢な料理よね」


 無言で魚をむさぼるシャイードを柔らかい瞳で見守りながら、メリザンヌが解説してくれた。彼女は小食なのか、つまみを少し食べただけで満足したようだ。膝を組み、指先で髪をくるくると弄りながら、時折吟遊詩人の方を見て、その歌に耳を傾けていた。


 実は塩の値段は結構高い。採れる場所が限られている上、需要が非常に大きいためだ。

 人間を含めた人族だけでなく、家畜が生きるためにも塩は必須だ。

 なめし革の加工やガラス製品の作成など、工芸目的にも塩は使われる。

 農業でも、例えば穀物を麦角による汚染から守るため、塩水に浸すことが行われる地方もあった。

 塩を輸入している多くの町では、輸送費や関税によって産地よりも塩の価格は高騰している。塩釜料理などと言う塩をふんだんに使った料理が考えられたのも食べられるのも、この塩の港ならではなのだ。


「確かにこれは……、高くとも一度は食べる価値のある名物料理だな」


 頭と尻尾と骨だけになった魚を、シャイードは皿に戻す。夢中になっていて、あっという間だった。

 アルマが魚の残骸を、じっと見つめている。

 少しぐらい分けてやれば良かったかな、とシャイードが後悔し始めたところ、アルマは魚だったものをひょいと持ち上げて、頭からばりばりと食べてしまった。

 アルマは相変わらずの無表情だが、小さく頷いているところを見ると満足したようだ。

 シャイードは視線をメリザンヌに戻す。


「ここからは船で内海を抜けるんだったよな」

「ええ、そうよ」

「帝国まではあとどれくらいなんだ」


 その質問に、魔女は謎めいた笑みを浮かべた。その後、彼女は辺りを見回し、組んだ足を戻してテーブルに身を乗り出す。口のそばに片手を立て、小声になった。


「実を言えば、ここも既に帝国領、と言えなくもないの」

「へっ?」

「門をくぐったとき、この町の旗の他に立ち上がるグリフィングリフィン・ランパントの旗を見なかったかしら? この町は自治権を認められてはいるけれど、帝国に恭順の意を示しているの」

「そうなのか。……で、それに反対している者も多いんだな?」


 人目を気にする彼女の様子から、シャイードは察する。問い返す声は小声だ。魔女は無言で頷いた。


「この町では商人が大きな力を持っているのだけれど、当然、塩で財を築いた者が多いわけよ。大口顧客である帝国との交易はもうけが大きい反面、帝国に従うことでいずれ塩の専売権を奪われるのではないかと恐れてもいる。残念ながら、その予想はあながち見当違いでもないわ。塩の専売は儲かるし、帝国は常に戦費の補填先を探している」

「複雑なんだな」

「そうね。為政者が商人たちだから、計算と先見は得意なのでしょう」

「たち? この町は合議制なのか」


 メリザンヌは頷く。


「賛成派も反対派も、どちらの言い分にも理があるのよね。だから決着しないまま、現状が維持されている。帝国に税を納めて商売をしつつ、自治権は保持する形で。危うい均衡でも、均衡は均衡だわ」

「ふぅん。活気があって、平和そうな町なのにな」

「平和って、流水の上の泡みたいなものよ?」


 シャイードは顎を撫で、メリザンヌは肩をすくめた。


 そこに黒ローブ姿の帝国兵がやってくる。彼らは町に入る前に再び学術調査隊に扮していたが、シャイードは今のメリザンヌの説明で得心がいった。

 商人達に無用な警戒心を抱かせないための用心だったのだ。

 彼女は部下の報告に頷くと、幾つか指示を与えた。部下が去ったのち、シャイードとアルマに向けて「海乙女マーメイドの真珠亭。中央広場から海鳥通りを海に向かったところだそうよ。後で合流しましょ」と告げた。

 彼女はテーブルに代金を置いて立ち上がる。フロアの中央に向かって歩き、歌い終わった吟遊詩人に話しかけた。

 シャイードはそれを見送った後、席を立つ。


「まだ明るいし、腹ごなしにちょっとそこらを歩こうぜ」

「賛成だ」

「帽子は目深にしておけよ」

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