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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第二部 妖精裁判
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塩の町

【第一部あらすじ】

 シャイードがクルルカンの遺跡で見つけた師の遺産は、一冊の魔導書だった。

 人の言葉を解するその魔導書、アルマによれば、この世界は異なる宇宙からやってきた『ビヨンド』という存在によって滅びの危機に面しているという。

 その上、アルマ自身がそのビヨンドだというのだ。

 師の遺志を継ぎ、アルマと契約したシャイードは、共に滅亡を回避する方法を探す決意をする。

 だがシャイードの正体が、長きにわたって人類と敵対関係にあった、ドラゴンの最後の末裔であることが、一部の人間に知られてしまった。

 ドラゴンを軍事力として利用しようとする帝国兵との争いの後、心を操られ、奇妙な協力関係を結んだシャイードは帝国に向けて旅に出たのだが……

 遺跡の町を出て、10日ほどが経過した。

 馬車の中でやることもなく、暇をもてあまして寝転がっていたシャイードは、潮の香りをかぎつけて身を起こす。

 アルマは御者台の後ろに座って、幌の開口部から外を見ていた。

 魔導書は旅が始まってからというもの、ほぼ常に外を見続けている。


 大陸を東西に貫く街道、通称”陽光街道”を西へ進む旅は平穏で、特に事件もない。

 地形は概ねなだらかで、牧草地でなければ雑草の生えた荒野を横切る道だ。時折、切り開かれた森の中を通る時もある。川が寄り添って流れていたかと思えば、いつの間にか見えなくなる。或いは街道と交差し、道が橋に化けることもあった。

 夜は大抵の場合、野営をした。宿場も整備されていたが、変装しているとは言え大所帯の帝国兵だ。妙な勘ぐりやトラブルは避けたいというメリザンヌの意向による。

 遠く北方に見える青みがかった山並みは、その白く尖った歯で空に噛みついていた。


 シャイードとて馬車の旅は初めてだったが、一日二日で飽きてしまった。

 馬車の中で、ひたすら他人と一緒という環境もよろしくない。独りを好む彼には、かなりのストレスだ。


 帝国兵の雇った馬車は10人乗りが2台。同行する帝国兵は12人で、これにシャイードとアルマ、メリザンヌが加わる。

 馬車を引く輓馬の他に、フリーの馬が4頭が併走して護衛に当たっていた。輓馬に疲労や不調がみられた場合や、トラブルがあった場合のスペアも兼ねている。

 これには兵士が交代で分乗していたので、一つの馬車には概ね4人ほどの帝国兵が一緒に乗っていることになる。

 メリザンヌはシャイード達とは別の馬車の半分を、自分用スペースとしてカーテンで区切って独占していた。

 隊長であるゆえの特権をシャイードは羨ましがった。メリザンヌは妖艶に微笑みながら「貴方だけなら、来ても良いわよ」と本気とも冗談ともつかぬ誘いをくれたが、シャイードは断った。独りになりたかっただけであり、そうでないなら意味がない。


 あまりにも退屈かつ身体がなまりそうなので、シャイードはいっそのこと賊の襲撃でもないかと願った。

 しかし周辺地域を繋ぐ大動脈である陽光街道は、隊商や旅人の往来も多く、道は整っていて安全なルートだ。

 願いは今のところ聞き届けられていない。

 尤も、襲撃があればあったで、戦うことを面倒がっただろう。


「よく飽きもせずに見ていられるな」とアルマに絡んでみたものの、魔導書からは「うむ」と答えが返ったのみだった。

 しばしの沈黙の後、アルマはシャイードを振り返った。左腕辺りをじっと見つめている。


「汝はいつの間にか、あのやっかいな腕輪を手放したのだな。どうやった?」

「腕輪? 何の話だ?」


 シャイードはマントの下で左腕を持ち上げた。

 アルマの視線は相変わらず、二の腕辺りに定められている。だがシャイードは、腕輪など元々身につけていない。


「覚えておらぬのならそれで良い」

「なんだよ、変な奴」


 腕輪という言葉が、思考のどこか深いところで何かに引っかかったが、意識しようとするとそのまま消えてしまった。どこかで聞いたような。

 しかし考えても思い出せなかったので、シャイードはただゆるりと首を振った。


 そんな平坦な旅路も終わりに近づき、前方に水平線が見えてきて、シャイードのテンションもいくらか上がった。


 太陽は天の頂を少し過ぎたところ。穏やかに晴れた日で、夏に向かう季節の空気を、海風が軽やかにかき混ぜている。


「次の町は近いのか?」


 シャイードはアルマの隣へと移動し、御者に話しかけた。


「へい、旦那。もうすぐ目的地のザルツルードでさあ」


 まん丸い日焼け顔をした御者は、細い目をさらに細めて振り返り、愛想良く答えた。

 馬の蹄鉄が、軽やかにリズムを刻んでいる。

 御者が再び前を向いてしまうと、シャイードは黙って遠くの海を眺めた。水平線がきらめいている。紺碧は穏やかに凪いでいた。

 シャイードは木枠に寄りかかり、頬杖をつく。


(平和だな……。本当に世界は終わりかけているんだろうか)


 長旅の中にあってもその美しさを全く損なわない、異形の横顔を盗み見る。まるで現実味がない。平坦な日常を過ごしていると、すべてが夢だったかのようにも思えるのだ。

 馬車の後ろの方では、兵士たちが数人、カードゲームに興じている。賭けをしているらしく、時折、歓声や嘆きが上がっていた。


 そのうち、街道の左右に段々畑のように重なり合った不思議な池が現れた。

 大勢の人間が棒を動かし、灰色がかった表面を撫でている。


「なんだあれ? 漁でもしているのか?」

「いえ、旦那。あれは塩田ですよ。塩を作っているんです」

「塩?」

「へい。ザルツルードは良質な塩を産出する町なんでさ。あれらの池は、海から離れるほど、底が浅くなっていやしてね。一度塩田に流れ込んだ海水は自然と、奥へ奥へと導かれていくようになってやす。んで池を移るごとに陽光で、海水が煮詰まっていくんですよ」

「へえ……」


 興味を引かれて、シャイードは塩田の様子をじっと見つめた。

 人々が持っている道具の先端には、棒に対して垂直に細長い板がついていた。

 池から結晶した塩を掻き集めて、灰色の山を作っている。

 山になった塩は荷馬車へと積み替えられ、町へ運ばれていく。一行の乗る馬車も、その車列へと合流した。


「この地方は雨が少ないんですが、それでも降らないわけじゃねえです。雨季の前の5月~8月が塩の収穫時期でして、今、町は賑わってるんでさぁ。各地から、商人達が塩や塩漬け食品の買い付けに来てるんす」

「ふーん? でも塩なんて、海があればどこでも同じように採れるだろ?」

「ははっ。確かにそうなんですが、すべてを自然の手で行おうとすると、風雨などの天候やら海岸線の条件ってのが揃ってないと駄目らしいんですわ。海水を釜で煮詰めるやり方ならどこだって出来ましょうが」

「それだとコストが掛かるのか」


 御者は頷いた。


「味も違っちまうそうで。海の精霊の祝福で、ここの塩はとても複雑な味を持っているって話でさ」

「塩、喰いたい」


 唐突にアルマが口を挟んだ。いつの間にか立ち上がっていた。

 今にも馬車から飛び降りようとしていたので、シャイードは慌てて長衣の裾を引っ張る。


「おい! まさかそこの塩山に齧りつくつもりじゃないだろうな!?」

「駄目か」

「奇行は抑えろ、アルマ。お前はただでさえ目立つんだから」


 主に制止され、アルマはおとなしく腰を落ち着ける。


「……塩、喰いたい」


 何か言おうとしたところでシャイードの腹が、アルマの言葉に同意するようにぐぅと鳴った。

 思ったより大きな音だったようで、御者がこちらを振り返って笑う。


「ザルツルードの町には、ここならではの名物料理がありますよ。もうすぐ検問でさ」


 馬車の速度が遅くなった。


 ◇


 検問は無事に済み、シャイード達は馬車旅から解放された。

 クロスボウや、当面必要ない着替えなどのかさばる荷物は黒ローブ姿の兵士たちが一緒に運び出してくれている。

 シャイードはいつものように、護身用の剣二本を腰に差し、貴重品と探索用ツールのみボディバッグに入れてマントの下に身につけていた。

 アルマは会ったときからずっと手ぶらだ。何にでも興味を持つ変人だが、所有したいという欲は薄いのかも知れない。


「すっげー……、周り中、人だらけ……」


 メリザンヌが部下達に指示を与えている間、軽装のシャイードとアルマは石畳の街路を見回していた。


 中央に水汲み場を擁す広場には屋台が並んでおり、様々な装束に身を包んだ人間たちが思い思いに買い物をしていた。

 いや、人間だけではない。よく見れば森妖精エルフ岩小人ドワーフ獣人セリアン鱗人レプトイドが混じっている。子どもに見えるのは、悪名高いロビン族かもしれない。

 こんなに大勢の人や種族を一度に見るのは初めてで、シャイードは落ち着かない気持ちになった。


 ザルツルードは北東のガランド山脈を水源とするゲール川の広大な中州地帯に立地する町だ。

 塩田も、この中州内にある。

 町の東で南北に別れたゲール川の、北の支流を挟むように存在していた。河口は広く、港湾になっている。対岸の北町は南町より規模は小さいが、どちらも周囲は石積みの堅牢な城砦に囲まれていた。灯台は北町にある。

 塩田は町の南側から東側に回り込むようにして並んでおり、シャイード達は東側の塩田地帯を通過して東門から町に入ってきた。


 馬車を降りた場所は、東門近くの広場である。町の中心からは遠いはずだが、それでもクルルカンの中央広場より大きい。

 昼時を幾分過ぎていたが、建ち並ぶ屋台や飲食店のオープンテラスにはまだ多くの人が集っていて、思い思いに食事をしていた。

 潮の香に魚の焼ける香ばしい匂いが混じって、シャイードはさらなる空腹を覚える。


 指示を終えたメリザンヌが近づいてきた。

 彼女も同じ旅をしたはずなのに、魔導書同様、少しもくたびれた雰囲気がない。


(いや、顔色はむしろ白くなってる……、ような?)


 なんなんだ、こいつらは……、とシャイードはマントの下で身体を掻きながら眉根を寄せ、唇をへの字にした。


「長旅お疲れ様。あら、不機嫌?」

「いや。人の多さに驚いていただけだ」

「あらそう? 帝都に行ったらひっくり返ってしまうわね、ふふっ。あぁでも、今夜は久しぶりに柔らかなベッドで眠れるわ。部下に宿の手配を頼んだけれど、その間に一緒にご飯でもどうかしら?」

「願ってもない。もう大分前から、腹と背中の皮がくっつきそうどぅわっ!?」


 会話の途中、唐突に身体に触れられてシャイードは飛び上がった。すぐ隣にいた魔導書がマントの下に両腕を突っ込んできたのだ。腹と背中をまさぐられている。


「な、何やってんだお前……っ!?」

「別にくっついてないぞ、汝の腹と背中の皮」

「阿呆ーーーー!!!」


 シャイードは魔導書の顔に両手を当てて、ぐいぐい押した。


「嘘は良くない、シャイード」

「ただの慣用句だろうが! 奇行は抑えろと言ったはずだぞ、この変態!」


 端正な顔を変形されながら、たしなめるように言う魔導書に、シャイードは大声で反論した。魔女は重たげな胸を支えるように腕を組み、「仲良しねぇ、妬けちゃうわ」とからかう。


「仲良しじゃねぇ!」「仲良しではない」


 異口同音に語る2人を見て、魔女は声を立てて笑った。

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