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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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前夜

 この町で過ごす最後の夜がやってきた。


 日中、シャイードは忙しく町中を走り回ってやるべきことをこなした。

 ギルドに行き、引き上げ屋の鑑札を返して資格を停止した。預金のあらかたは持ち運びしやすい宝石に交換した。

 調整した武器を回収し、店主に頼まれた使いも果たした。

 汚れていた服はアイシャに洗濯を頼み、或いは廃棄して新調した。当面の食料も入手済みだ。

 アルマはその間、付いてくることを主張したので、三角帽子を深く被り、一言もしゃべらないことを条件に同行を許した。

 正直、宿に置いてくる方が心配だったためだ。

 今朝など、店主と話し終わって部屋に戻ると、アルマはフォスをつまんで食べようとしているところだったのだ。

 フォスを食べるなと命令したから、もう二度とこういうことは起こらないだろうが、目を離すと何をしでかすか分からない。


 今、シャイードはベッドに脚を投げ出して座り、フォスと一緒に近隣諸国が描かれた地図を眺めている。


「どこに向かうは決めたのか」

「……ああ」


 椅子に腰掛けたアルマから問われ、シャイードは地図から顔を上げずに答える。

 地図の左の端。

 大きく囲われた版図を見ている。


「手がかりがない以上、どこに向かっても同じだ。それならば、情報がより集まるところ、人が集まるところに行くのが良い……のだろうと思う」

「ふむ。一応、論理的には聞こえるな」


 アルマの引っかかる物言いに、シャイードは顔を上げた。半眼になっている。


「何が言いたい?」

「説明が必要か?」


 そこにノックの音が響いた。

 返事をするより先に、扉が開く。

 シャイードは驚き、背をもたれていた枕から引きはがした。


「お前また鍵を掛け忘れたな!」

「我は忘れてなどいない。汝が命じ忘れたのだ」

「はぁっ!? 一回一回、んなことまで言われねーと、」

「こんばんは、可愛い子。あらやだ。私のせいで喧嘩になっちゃったのかしら?」


 笑顔で入ってきたのはメリザンヌだ。

 いつもの黒ローブより薄手の、身体にぴったりとした私服を着ている。

 デコルテが大きく開いた、ロング丈の黒ドレスだ。彼女の豊満な胸が、これでもかと言うくらいに強調されている。

 魔女は扉を閉め、シャイードの座るベッドへと歩み寄ろうとして、途中でアルマを一瞥して立ち止まった。

 目を見開き、両頬に手を当てている。


「なんてこと! とっても綺麗な子じゃない!? 誰なの?」

「あー……、変態」

「ヘンタイ?」


 意外な回答に眉根を寄せた魔女に、シャイードは頷く。


「そいつ、良いの顔だけだから。口を開けば変態」


 シャイードは相変わらず、地図から顔を上げずに返答している。

 一方、アルマは主からの雑な紹介に、特に異を唱えるでもない。


「ふふっ。酷い言われようね、魔術師さん? かしら。私はメリザンヌ」

「アルマだ」


 しとやかにスカートをつまんでお辞儀する魔女を、焦点の定まらぬ視線で眺めた後、魔導書は名乗った。


「アルマ……って……」


 魔女はその名を聞き、問いかけるような視線をシャイードに投げる。けれど金の瞳の青年は肩をすくめただけだった。


「あ、そう。まあいいわ。この旅の間に、ゆっくり聞き出せば良いもの」


 メリザンヌは床の上をなめらかに移動し、シャイードの座るベッドの足下側に腰掛ける。

 そして両手をついて彼の方へと身を乗り出した。


「でしょ? 私の可愛い子」


 シャイードは彼女の胸の谷間と自分の顔の間に、地図を立てた。


「アイツは? 大丈夫なのかよ」

「アイツ?」

「その……」


 シャイードは口ごもる。自分が悪いとはこれっぽっちも思っていないのだが、フォレウスに対しては暴走してやり過ぎた自覚があった。

 彼女が止めてくれなかったら、確実に殺していただろう。

 興味なさそうな口調を演じたのだが、相手には見透かされたようだ。魔女は表情を和らげた。


「フォレウスのことかしらね。ええ、回復魔法を掛けて貰って、意識も戻ってるわ。死にそうなほどの怪我だったから、血が足りなくてしばらくは動けないようだけれど」

「そうか」

「ふふっ。彼のこと、気になるのかしら?」

「べ、別に。アンタが帝国の将軍とやらに俺のことを言いつけたかどうかのほうが、ずっと気になる」

「さあて、どうかしらねぇ?」


 魔女は胸の下で肘を抱いて、謎めいた笑みを浮かべた。


「貴方も旅の間に、私から聞き出してみて?」


 シャイードは彼女からの意趣返しに、ふん、と鼻を鳴らした。


「言っとくけどな。アンタらに説得されて帝都に行くんじゃないぞ。たまたま、たまっ……たま、俺が行きたいと思った方向に帝都があるだけだからな! 勘違いするなよ」

「あら、いいのよ。私にはこうなることがちゃんと分かっていたもの」


 メリザンヌは上機嫌に言い、シャイードの素の足裏を指先でくすぐった。

 見えないところからの不意打ちに、おわっ、と驚いてシャイードは足を引っ込める。

 魔女は楽しそうにころころと笑った。

 シャイードは地図を丸め、あぐらをかいて足首に両手を置く。顔はそっぽを向けていた。


「ふん、勝手に言ってろ。アンタらを利用して帝都に到着したら、好きに行動させて貰うからな」

「あらー、水くさいこと言わないで。私のお家に、ご招待しようと思っているのよ。貴方、帝都の地理や情勢には詳しくないでしょ?」

「図書館はあるか?」


 唐突に、アルマが口を挟む。

 メリザンヌはそちらを振り返った。


「あるわよ。でも、一般人は立ち入り禁止。術士ギルドや学者ギルドなんかに加盟している人じゃないと」

「加盟すれば入れるのか」

「簡単じゃないわよ? 試験を受けて合格するか、研究実績を証明するか、身元の確かな人物からの推薦状がないと」

「時間が掛かりそうだな」


 メリザンヌの返答を受け、シャイードが顎をかく。


「あらまあ、意外にお勉強熱心なのかしら? うふふ」


 魔女は口元に手を添え、上品に笑った。それから、両手でデコルテに触れる。


「私、力添えできるわよ。図書館には顔が利くもの」

「マジか」

「ただし、」


 身を乗り出したシャイードに向け、魔女は片手を伸ばした。軽く握った掌を上向け、人差し指が彼を示している。


「帝都にいる間は、私のお家の客人になってくれること。いいかしら?」

「チッ。監視ってことかよ」

「あらあ、そんなに難しく考えることはないわ。可愛い子」


 魔女の瞳が、まっすぐにシャイードの瞳を射貫く。

 シャイードはまた、思考が鈍るのを感じる。かぐわしい香りと心地よい声に。


「私は貴方のことがとても気に入ってるの。ただそれだけ。安心して、貴方を守ってあげる。我が家の客人になってちょうだい」

「………。ああ、そう、だな……。……それも、いいか……」


 アルマは二人のやりとりを、感情の欠落した瞳でただ見つめていた。

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