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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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報酬と用途

「んで?」


 シャイードはいつもの服に着替えて、厨房を訪ねていた。

 アルマもついて来たがったが、フォスと一緒に部屋に押し込めてきている。

 調理器具を片付け終わった店主が、布巾で手を拭くのを眺めながら、食器棚に寄りかかって用件を促した。

 腕組みをし、片足に体重を乗せた楽な姿勢だ。

 ふと、シャイードは廊下を振り返る。小さく鼻で笑い、すぐに顔を戻した。


「おお、シャイード。お前に渡すモンがあってよ。ほれ」


 背中を向けていた店主が振り返り、ずっしりと重い革袋を差し出してきた。反射的に受け取る。中身にはすぐに心当たりつつ、シャイードは口紐を緩めた。

 ヒュウと口笛を吹く。


「すげえ大金じゃないか。人でも殺してきたか」

「ぶわはっ! 物騒な冗談を言うんじゃねぇよ、人聞きの悪ィ。ちぃっとずつ貯めてきたまっとうな金だよ」

「へぇ……。アンタがねぇ? そういうタイプだとは思わなかった」

「お前はいつも、一言多いんだよ。俺だって、大事な一人娘の将来のために、貯金くらいすらぁ」


 店主は大きな手で、シャイードの頭をべんべんと軽く叩く。

 照れ隠しだとわかり、シャイードは肩をすくめて忍び笑った。


 やがて店主は手を下ろすと、どこか遠くへと視線を投げる。


「アイツの命に比べちゃカスみてぇに軽いが、今の俺の全財産だからよ。ま、これで勘弁してくれや」

「………」


 シャイードが何も言わずにいると、店主は再び彼を見下ろした。


「お前には、本当に感謝してんだよ、シャイード。アイツを無事に取り返してきてくれて。もしお前がいなかったら、今頃、アイシャはここにいなかったかも知れねぇと思うと、俺は、俺はよぉ……」


 店主は静かに語り、鼻をすする。

 シャイードはひょいと肩をすくめた。


「……ったく。大げさだぜ」

「まあそう、言うなって。感謝の言葉っくれぇ、素直に受け取ってくれよ」

「ふん。じゃあ、そうする。”どういたしまして” ……これで満足か」

「ふはっ。かわいげのねぇガキだよ、全く。アイシャの1000分の1でもいいから、愛想を身につけたらどうだ」

「魔物と石壁相手の商売に、愛想なんざ必要ないさ」


 シャイードはふん、と鼻を鳴らすが、その表情は穏やかだった。もうすぐ別れるこの気の良い店主とのやりとりを楽しんでいるように見える。

 受け取った革袋を、二度三度、手の内でもてあそんだ後、シャイードは不意にそれを店主へと突き出した。


「早速だが、これで買いたいものがある。頼めるか?」

「ああん? そりゃ構わんが、何買うつもりだ?」

「俺の部屋」

「はぁ?」


 常連客の唐突な言葉に、店主は目を丸くした。手の中に戻ってきた重みと、生意気そうな青年の顔を見比べる。


「お前の、部屋だァ?」

「そ。俺がいつも使ってる部屋。アレを買いたい」

「バッカ、おめェ。そんなもん、買ってどうするんだよ。お? ひょっとして、旅に出るのは止めたのか」

「いいや。旅に出るからこそ、だよ」


 シャイードは食器棚から背を離し、店主に身体の正面を向ける。腰に手を当て、不敵に笑った。


「そんな邪魔くせえもん、持って歩けるか。それに俺、以前から自分の部屋が欲しかったんだ。それだけありゃ、足りるだろ? 俺が旅に出てる間は、客室として自由に貸して構わない。売り上げはもちろん、アンタのもんだ」


 店主はこの答えに目と口を丸くする。


「それって、つまり……。お前は報酬を……」

「俺の金を、どう使おうが俺の勝手だろうが! 良いのか、悪いのか、どっちなんだよ」

「もちろんそりゃ、俺にとっちゃ、願ってもねぇが……」

「なら交渉成立だな」


 シャイードは大柄な店主を見上げ、その肩をぽんぽんと叩いた。

 それから眉根を寄せ、目蓋を半眼にして店主を睨む。


「わかってんだろうな。俺の部屋を預けるからには、店、潰すんじゃねえぞ」

「お、おうよ」


 店主は困惑して、戻ってきた革袋を手の中で転がす。


「でもそんなら、お前に何を報酬として支払えば良いんだ?」

「それが報酬だったろ。俺は買い物しただけだ」

「いや、シャイード。それは詭弁ってやつで」

「うるせー! 報酬なら、別に受け取っただろ。一つの仕事で二つも貰う謂われはないだろうが!」


 シャイードはふいと視線を外した。その耳がほんのりと赤い。

 店主はしばらくの間、眉根を寄せて考え込んでいたが、やがて「あっ」と言葉を発した。彼の言う”別の報酬”がなんなのかを察したのだ。

 大柄な男は思わず、自らの額に手を当てる。


「っかーーー! 流石に、流石にそりゃあキザが過ぎるぞシャイード! かっこつけてぇ年頃なのは分かるが、こちとらケツがかゆくなって来やがった」

「知るか! 皆まで言わせるアンタが悪い!」


 ますます赤くなったシャイードを見て、店主は腹を抱えて笑った。

 いたたまれなくなって、厨房から出て行こうとしたシャイードを、店主は一度だけ引き留める。


「シャイード。お前、研ぎに出していた剣を受け取りに行くって言ってたな? ついでにちっと頼まれてくれねぇか」

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