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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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魔導書 2

 異形、もとい、アルマが指を鳴らすと、岩壁が消え失せた。


「いや、……だって」


 シャイードは改めて、相手の姿を頭から足下までまじまじと見つめる。

 言われてみれば、師匠の魔導書に、ローブの色や意匠がそっくりだ。


「アルマはアイシャのイメージが強くて。お前とは似ても似つかないだろうが!」

「そう……、か?」


 アルマは自らの姿を見下ろす。


「腕が二本、指は十本。二本足で直立歩行。ぱっと見でも共通点の方が多い」

「いやいやいや? 何を言ってる」


 シャイードは半笑いを浮かべて突っ込んだ後、こめかみを揉んだ。頭痛がする。

 遅れて、相手が見た目通りの”人”ではなく、本であったことを思い出した。


「ま、まあ。本から見たら、人間同士の差異なんざ、よく分からんか。俺も、本の製本がどう違うとか、分からんもんな……」

「中綴じと平綴じは、見た目からして全く違うぞ。さらには、」

「そういうのいいから!」


 話が脱線しそうな気配を感じ、シャイードは片手を相手に向けて打ち切った。

 大きなため息を一つつき、話を続ける。


「何より、お前のことなど、またこの夢を見るまですっかり忘れてたんだよ」

「幻夢界は干渉しやすい分、これを介した記憶の定着はいまいちだと言うが、裏付けられた」


 魔導書は忘れられたことに気分を害すどころか、ほんのりと満足げに見えた。


「とはいえ、理解して貰えたなら、早く汝の魔力を寄越せ。不便でならぬ」

「そうだった。何でお前、俺の魔力なんて欲しがるんだ? 凄い魔術が使えるくらい、魔力の扱いには長けているだろ」

「我は汝の属する世界の住民ではないのだ。そちらの世界での我のウツシは魔導書。安定していていかなる干渉も受けない強い形態なのだが、魔導書のままでは、魔力を自発的に回復できぬし、自分では動けぬ。意思のある本でしかない」

「……ん? というと?」


 シャイードは腕組みし、眉根を寄せた。


「ひょっとして、お前も”ビヨンド”なのか」

「まさしく」


 沈黙が流れる。師匠が使っていた遺跡にいた魔物はビヨンド。そして、師匠の遺産というこの魔導書までビヨンド。

 シャイードの思考が、何かをつかもうと盛んに働き始めたところで、アルマが口を開いた。


「積極的に世界に干渉できる形態が欲しい。ひとたびその姿を得られれば、自分で魔力を集められる」

「つまり? 俺がお前に魔力を分ければ、お前は人型にでもなれるということか?」

「そうだ。そして仮に人の姿を得れば、自ら情報を集めて魔力に変換し、蓄えることが出来る。いざという時は、汝を魔法で助けることが出来るぞ」

「最後のは、一見悪くない話に思えるがな」


 シャイードは眉根を寄せたまま、相手を指さした。


お前が(・・・)俺の足手まといになる可能性だってあるよな?」

「安心するが良い。我は足手まといになどならぬ」

「いや、それはどう」

「我は、足手まといになどならぬ」


 アルマは断言し、一歩も引かなかった。


「お前のその自信、一体どこから出てくるんだ……」


 シャイードは自らを棚に上げて呆れた。



「汝はこれから、困難な旅をせねばならぬであろう」

「は? なんで?」


 唐突な、予言者めいた物言いに、シャイードは一瞬たじろぎながら尋ねる。


「確かに、旅に出るつもりではいたが……」


 魔導書は頷く。


「同族を求める旅、であるな」


 誰にも話したことのない旅の真の目的を言い当てられ、シャイードは言葉に詰まった。それを否定と受け取ったのか、魔導書は「違うのか?」と確認してきた。


「いや……。そのつもり、ではあったけれど……。何で知ってるんだ、お前」

「論理的推論の帰結だ。汝の目的を否定はせぬ。種として再び繁栄するためには、つがいを探す必要があろう」

「つがい、て……」


 シャイードは赤くなった。自分の足のつま先に視線を落とす。そんなつもり、ではなかったのだが、そういうことなのだろうか、と自らの心に尋ねる。

 ただ、世界で最後のドラゴンであると信じたくなかったのだ。

 自分が隠れ生きているように、世界のどこかにはまだ同族が生き残っていると思いたい。それを確かめるための旅。

 なにぶん寿命だけはたっぷりとある。


「……だがそれは汝の旅の副次的・個人的な目的に過ぎぬ。言ってしまえば獣としての本能がそうさせているだけだ。もっと重要で、高度で、差し迫った任務を、汝はこなさねばならぬのだ」

「もしかして……、それはこの間の冗談の続きか?」


 鼻筋にしわを寄せ、目を細めながらシャイードは魔導書を睨んだ。


「冗談?」

「世界を救うとか何とか言う……」

「おお、まさしくその通りだぞ。理解しておったのなら話は早いな」

「いや、待ってくれ!」


 魔導書が歓迎するように両腕を広げて一歩近づく。シャイードは後ずさって両手を前方に突き出した。


「その辺、俺は全然理解してない。冗談じゃないとしたら、なんなんだよ!?」

「サレムの遺産だ」

「!?」


 師匠の名を出され、シャイードは動きを止める。


「汝の住む世界は、遠からず滅亡する」


 明日の天気は概ね晴れです、程度の軽さをもって、魔導書は宣言した。

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