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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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酒場の父娘 1

 翌朝。


「おい。まぶしいぞ……」


 まぶた越しでさえ光が明るすぎて、目が覚めてしまった。シャイードは片手で作ったひさしの奥で金の瞳をしばたたかせる。

 顔の真上に光精霊のフォスが浮かんでいた。

 おはよう、とでも言うように、八の字を描いて飛び回っている。機嫌が良いようだ。


 シャイードは昨夜、「酔いどれユニコーン亭」に泊まった。

 遺跡探索から戻った後は、そのまま泊まることが多い。


 なんだかんだで2年も町にいるのだから、きちんとした住居を確保した方が節約になるのではないか、と思うこともある。

 しかし逆に、これまで根無し草でやってきて今更、という気持ちがあるのも確かだ。

 シャイードはこの地に、ある目的があって留まっているが、いつそれが果たされるとも限らない。

 今日かもしれない。明日かもしれない。或いは10年後かも。

 いずれにせよ、根など生えていない方が動きやすいには違いない、と彼は結論づけた。


 狭いベッドの上で身を起こし、猫のような伸びを一つ。

 上半身裸の胸の上で、鑑札とペンダントがこすれて小さな音を立てた。

 無意識にペンダントヘッドの、ぎざぎざした先端を親指の腹で順に撫でる。


 奇妙な形のペンダントヘッドだ。

 渦を巻いた円盤から、放射状に三角の棘が周りを縁取るように飛び出ており、うち一本だけが長いらせんを描いて下に向かっていた。

 円盤部分に描かれた渦は、よく見ると二重らせんになっている。その線と線の間にも、細かな文字が彫られていた。

 材質は銀に似ているが、ほんのり青みを帯びている。体温によくなじみ、手にしていると、妙に落ち着いた。

 故郷から持ち出した、唯一の物だからかもしれない。


「誰にも見せるな、誰にも渡すな、か……」


 元の持ち主の言葉を思い出し、彼は感慨にふけった。


 その物思いは、外の廊下を近づいてくる足音で破られる。

 部屋の前で止まり、控えめなノック音が続いた。

 フォスは慌てたように、壁に掛けてあったマントの中に隠れてしまった。


「シャイード、起きてるー? お湯持ってきたよ!」

「おう。すぐ開ける」


 返事と共に、アンダーウェアを頭からかぶり、ドアを開く。

 外には朝から元気いっぱいのアイシャが立っていた。両腕にたらいを抱えていて、そこには湯が張られている。


「はいこれ。お湯とタオル。朝食はスクランブルエッグときのこサラダだよ。あといつものスープ」

「ああ。もう少ししたら行く」


 アイシャは部屋に入り、中央にたらいを置いて、タオルを差し出した。

 シャイードはそれを受け取り、彼女を見送って扉を閉める。


 今着たばかりのアンダーウェアを再び脱ぎ、顔と髪を洗う。

 タオルは髪を乾かすのに使った後、湯につけて絞った。それで全身を清めている最中、突然扉が開いた。


「ごめん、これ渡すの忘れ……」


 戻ってきたアイシャだった。

 細長い羊皮紙を手にして、動きを止めた後、きゃあといって顔を隠し、その場にしゃがみ込んだ。


「お前なぁ……。自分で飛び込んでおいて、キャーはねぇだろ。キャーは……」


 前を隠しながら、俺の台詞だ、と突っ込む。


「なんだ!? なにがあった、アイシャ!」


 直後、階下から凄い剣幕の声と、どすどすと階段を上がってくる足音が響く。

 シャイードはびくっと肩を跳ねさせ、左右を見渡した。湯浴みのために脱いだ服を素早く手元に引き寄せていく。

 だが足音の接近は早く、このままでは間に合いそうにない。


「なんでもないの、お義父さん! ちょっと……、転んだだけ!」


 アイシャは慌ててドアの外に叫ぶ。

 大丈夫なのか? うん、平気平気! というやりとりが聞こえる。


 その間にシャイードは急いで衣服を身につけ、大切なペンダントを服の下に隠した。

 重たい足音が階段をきしませながら下っていくのが聞こえ、知らずに詰めていた息を吐き出す。

 アイシャが振り返った。


「あ、もう着ちゃったんだ……」

「なんか、がっかりしてねぇ!?」

「そ、そんなことないよ!!」


 言い方間違えた、とアイシャは両手を胸の前でぶんぶん振る。


「あれ……、でも……」


 直後、少女は怪訝そうに眉根を寄せた。

 何か違和感を覚えたが、その正体が分からない、といった風だ。

 シャイードをじろじろと見つめる。


「な……、なんだよ! まだ何かあるのかよ」


 シャイードは濡れた身体に無理矢理身につけた衣服を、着心地悪そうに整えながら、少女をじろりと睨んだ。


「あ、そうなの。ええと……、はいこれ」


 彼は差し出された羊皮紙片を受け取る。納品確認書だ。

 これをギルドに持っていけば、今回の報酬が支払われる。


 引き上げ品をギルドに直接ではなく、町の各所に散らばる宿屋や酒場、商店などに納品してもよい仕組みが出来ているのだ。

 むろん、納品の代行を行うにはきちんとした資格が必要になる。こちらの資格にはランクがあり、鑑定の難しいレアな品や高額な品に関してはギルドの鑑定人に任せることになるのだが、ランクがそれほど高くない品は鑑定を分散させることによって、引き上げ屋の利便性とギルドの業務分散をはかり、協力店には手数料といううまみがあるのだ。


 シャイードは受け取った納品確認書の内容をざっと確認すると、脚衣のポケットに無造作に突っ込んだ。

 その様子を、アイシャは両手を背後で組んで、うろうろしながら見ている。

 シャイードは片眉を上げた。


「まだ何か……?」

「ううん。その、引き上げ屋って、儲かるんだねって」

「まあな」

「私もやろうかなぁ、引き上げ屋」


 シャイードはアイシャのつぶやきを聞いて目を丸くする。

 やめておけ、と言おうとして、チラチラと反応を伺う視線に気づいた。

 腕組みして深く息を吐く。


「……。いいんじゃねーの」

「え? ほんとに? 向いてるかなぁ? 一緒に……」


「まず、魔法王国の歴史を学ぶ」


 シャイードはアイシャの言葉を遮り、指を一本立てた。彼女は目を丸くし、それを見る。


「その次に、基本の古代文字。それから遺跡の機知の地図を暗記して、罠の構造について学び、徘徊する魔物の習性と対処法を頭にたたき込む。さらに、引き上げ品の種類についても、その価値とランクを……」

「そ、そんなに覚えることがあるの!?」


 話しながら指を増やしていくと、アイシャがおびえたような表情になる。


 シャイードは意地悪く、片方の口角を持ち上げて笑った。

 実は内容を幾分盛っているが、アイシャには分からない。


「そうさなぁ……。座学はこれくらいか。あとは実技で……」

「え、ええぇ……」


 アイシャはがっくりと肩と視線を落とした。が、すぐに顔を上げ、

「あ、でもでも! 引き上げ屋が一人いれば、同行者は資格を持っていなくても大丈夫なんだよね!?」

「無制限に、ってわけじゃあ、ないけどな」


 シャイードは舌打ちする。

(余計なことを知っている)


「じゃあ、一緒に……」


 シャイードは鼻にしわを寄せ、目を細めた。

 アイシャの瞳には、未知の事物に対するあこがれがある。その感情は、シャイードもよく知っていた。


 アイシャは元々、別の町に住んでいた。

 この新しい町では、最近生まれた幼子を除くほぼすべての住民がそうだ。

 彼女の両親が事故で亡くなってしまったので、父の友人であったここの主人が引き取ったのである。

 主人は元々、傭兵家業であちこちを旅していたが、彼女を引き取ることを契機に地に足のついた家業に転職を試みた。

 そして彼女を連れて、出来たばかりのこの町にやってきて、いち早く酒場を開いたのだ。


 シャイードが出会ったときには、少女は既に今のような明るい性格だった。

 けれど、両親の喪失というつらい経験を乗り越えなくてはならない時期もあった。


 アイシャは現在、給仕の仕事を楽しんでいたが、知らない世界に興味を持ったり、自分の適性がどこにあるのか、知りたい年頃でもある。

 そんな彼女に、どう語るべきなのかと、シャイードは返答に詰まった。

 まぶしいほどにまっすぐな瞳から視線をそらす。


「……お、親父さんの許可が得られたらな」

「えっ!? ほんとに? いいの!?」


 脅して断念させることに失敗したシャイードは、拒絶の責任を親権者にゆだねることによって逃げた。

 断られることを確信しての答えだから、これは許可ではない。


 けれどアイシャは、許可と受け止めたようだ。ぱっと表情を輝かせた。

 踊るような足取りで、シャイードが使い終わったたらいを勢いよく持ち上げ、部屋の中に水をこぼしまくった。


「おい、俺が……」

「大丈夫! 結構、力持ちなんだよ」


 得意げに鼻息を荒げ、部屋を飛び出していく。シャイードは額に手を当てた。


「悪ぃな、店主……。憎まれ役は任せた」

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