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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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酒場の父娘 3

 これでもかと言うくらい多くの食べ物が食卓に並んだ。

 アイシャも疲労が濃かったため、酒場部分は休業。シャイードの貸し切りだ。

 帝国の将軍と魔女は、2階の奥の客室で話をしている。その内容が気にならないでもなかったが、もう今日のシャイードは考えるのも嫌な気分だった。


 丸テーブルにはアイシャとシャイードが、席を一つ挟んで90度ほどの位置についている。

 店主は大張り切りで腕をふるい、肉料理に川魚料理、スープなど湯気を立てる料理を次々に運んできた。

 シャイードは怪我人とは思えぬほどの旺盛な食欲で、それらを平らげていく。

 実のところ、怪我をしたからこその食欲だったのだが。


 店主は目を細めてその様子を見守り、「喰え、もっとたんと喰え」と勧めてくる。

 先ほどまで、シャイードは質問攻めにあっていた。

 店主と別れた直後からアイシャを救出してくるまでの経緯を、根掘り葉掘り聞かれたのだ。

 シャイードは差し障りのなさそうな部分だけを、店主に伝えた。

 アイシャが魔導書に身体を乗っ取られたことなどは、余計な心配をさせそうなので口にしなかった。アイシャも、乗っ取られていた間の記憶はなかったため、何も口を挟まない。


 父娘の間には微妙な空気が流れていた。

 ひとたび再会の喜びと興奮が引くと、お互いに相手にどう接して良いのか分からなくなってしまったようなのだ。

 あまり目を合わせず、それでいて相手の様子を時折ちらちらと探っている。


 満足するまで腹に詰め込んだシャイードは、自分の方にばかり話しかけてくる二人を交互に見つめて、盛大なため息を吐いた。

 テーブルに対して斜めに座り、エールのなみなみ注がれたジョッキを引き寄せた。二人を指さす。


「……もう俺の話はいいから。あとはアンタら親子でちゃんと話せよ。互いに言うことあるだろ? ほら、店主も席に着く」

「あ、あぁ。まぁ、そう、だなぁ……」

「う、うん」


 店主は禿頭を撫でながら、シャイードの対面に掛けた。

 アイシャはエプロンの上に両手を置き、目を泳がせながら頷く。


「あー……、なんだ、その。アイシャ」

「はひっ!」

「お前は、……まぁ、なんだ。引き上げ屋、に、なりてぇか? まだ?」

「………。ええと……」


 アイシャは一度シャイードの方を見てから視線をテーブルに落とし、肩を緊張させて答えを探す。

 何度か口を開き掛けては閉じ、を繰り返したのち、深呼吸を一つはさんで顔を上げ、話し始めた。


「遺跡は、危険なところ、だったよ。大人の人たちでも、強い魔物におびえてて。し、死んじゃった、人もいた、みたい……。帰る方法が見つからないってみんな言ってて、私ももう帰れないのかと思って。すごく怖かった」


 店主は我が意を得たりとばかりに口角を持ち上げ、無言で二度三度と頷く。

 シャイードは目を閉じて、エールを傾けている。


「……あんなにドキドキしたの、初めてだった。急に知らない場所に移動していたり、魔法の本を見つけたり、蟻の巣穴が全部凍っていたり。他にも……。初めて見るものばかりだった」


 続いた言葉の響きに、店主は瞬く。あこがれを感じ取ったからだ。

 いや、でも、と口を開き掛けた店主に先んじて、アイシャは手を振った。


「でもでも! でもね私は、引き上げ屋にはなれないと思う。だって、私、ずっと足手まといだったもん。みんなにいっぱい迷惑掛けたし、お義父さんにも心配掛けたし……。遺跡のことは、今も気になるし、知りたいとは思うけど……」


 アイシャは肩を落とす。


「やりたいことと、向いてることは、……やっぱりちょっと、違うのかなって。へへ……」


 落ち込んだように見える少女を見て、店主の眉尻も下がった。

 そんな義父の様子を見て取ったアイシャは、明るい笑顔を作って、両手を肩の高さで振る。


「ほ、ほら! 私、酒場の給仕には、向いてるでしょ? 最近は注文もほとんど間違えないし、飲み物もこぼさずに運べるし? ここならみんなの役に立てるもん。足手まといには、ならないんだ」

「アイシャ……」


 店主にとっては、望みうる最高の答えだったはずだ。

 けれども彼も、何故だか隣の娘と同じく、寂しそうな顔になっている。

 シャイードは片眼を薄く開いて二人の様子を見たが、やはり我関せずを貫いた。


 アイシャは義父の方に身体を向ける。そして、勢いよく頭を下げた。


「お義父さん、本当にごめんなさい! もう、わがまま言わないから!」


 ポニーテールが元気に跳ね上がった後、横顔を隠す。アイシャはそのまま、下を向いていた。

 店主はそれを見つめ、眉根を寄せた。

 それから口をへの字にしたり、片方の口角を持ち上げたり、片眉を跳ねさせたり。

 奇妙な百面相を始める。

 そしてやおら立ち上がった。

 アイシャは、椅子が義父の背後に倒れる音にびっくりして顔を上げる。

 その頭に、大きな掌が押しつけられた。わしわしわし、と店主は少女のオレンジ色の髪を撫でる。


「お義父……、さん……?」

「俺ァ……。なんだ、その。……お前に、そんな顔をさせてぇわけじゃあ、ねんだ」


 店主は唇を引き締め、迷うそぶりを見せた。不思議そうに見上げてくる少女の頭に手を置いたまま、ため息をつく。

 覚悟を決めた様子で口を開いた。


「ただ、お前を失うのが怖かったんだ。俺の目の届かなねぇとこに行っちまってよ。そんで、お前が痛ぇ思いをしたり、辛い思いをしたり、……もっと酷ぇ目に遭うのが耐えられなかっただけで」

「……うん」

「でもよ。俺がお前をここに縛り付けるのも、違うんじゃねぇかって、考えたんだ。お前が居ない間。時間は沢山あったからよ」

「………」

「お前が……。……っ。お前がもし冒険に出てぇってんなら、俺ァ、そいつを認めてやんなくちゃなんねぇ。いや、……違ぇな。俺にはそもそもお前の人生をあーだこぅだ、指示する権利なんてねんだ」

 店主は言葉を悩みながらひねり出した後、自嘲した。少しさっぱりしたような顔になっている。

「謝るのは俺の方だった。アイシャ、すまねぇな」

「そんな、……そんなこと! お義父さんは、」

「いや、いんだ。……おい、シャイード」

「んー?」


 不意に話を振られ、シャイードはジョッキを口にしたまま店主に視線を流す。

 店主がテーブルに額をこすりそうなほどに深く頭を下げた。


「ふつつかな娘だが、アイシャを頼む」

「ぶふっ!!」


 エールを盛大に吹き出した。


「げほっ、ごほっ! ……ちょ、ちょ、ちょ!! 待ってくれ、そんな、勝手に」

「そ、そうだよ! お義父さん、シャイードにも都合があるでしょー!?」


 シャイードは口元を乱暴にぬぐいながら、ジョッキをテーブルに置く。

 アイシャは彼に布巾を差し出しつつ、目を丸くして義父をたしなめた。顔が真っ赤だ。


「だって、お前ェ……」

「もう! そういうとこだよ!?」


 アイシャは口をすぼめて頬を膨らませた。

 シャイードはアイシャから受け取った布巾で、濡れた衣服や隣の椅子を拭いていたが、それが済むとテーブルと二人に向き直る。


「俺は、この町を出る」

「えっ!?」「あぁ?」


 父娘は驚いて同じ顔をした。

 シャイードはくっくと肩を揺らす。片手をひらりと振った。


「この町での目的を果たしたんだ。もうここに用はない。だから旅に出るつもりだ」

「そう、……だったのか。俺ァ、てっきり……」

「………」


 店主は首の後ろを掌でこすった。

 アイシャはシャイードを見つめたまま言葉を失っている。眉尻が悲しそうに下がっていた。


「まあ、ギルドの脱退手続きとか、調整に出してる武器の回収とか、所持品の整理とか……少しやることはあるんだが、2・3日以内には、な。そんなわけで、店主。アンタのその依頼は受けられん。自分で何とかしてくれ」


 シャイードは言って立ち上がった。


「じゃ、そういうことで。おやすみ」


 テーブルに父娘を残して、二階へと上がっていった。

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