終章 竜と魔導書
緊張を破ったのは、人間の方だ。
フォレウスは両手で降参ポーズをする。
「……止めておこう。言っただろ、礼を言いに来たんだって」
癖のある笑みを浮かべたあと、魔銃使いは急に真面目な表情になった。
「ありがとう、シャイード。この世界を救ってくれて。お前さんのことを知らない、誰が世界を救ってくれたのか知らない多くの人間に代わって、俺が言っておくよ。……ありがとう」
「……おう」
照れくさそうに視線を逸らしたシャイードの胸に、フォレウスは握り拳を軽く当てる。
「どうかお前さんは、そのままでいてくれ。人の心がわかるドラゴンのままで」
「……」
「じゃないとおじさんが、やっつけに行っちゃうぞ!」
てへ、と舌を出してウィンクし、フォレウスは両手で銃の形を作って腕を交差するおどけたポーズを取った。
シャイードは鼻で笑う。
「アンタの冗談は、マジでつまらん」
「えーーーーっ!? 今、笑ったじゃーん?」
シャイードはその苦情を聞いて、今度は声を出して笑った。笑いが収まると、顎を持ち上げた尊大な表情で相手を見遣る。
「俺を敵だと思ったときは、いつでも来いよ。相手になってやる。身の程知らずのニンゲンめが」
言って踵を返した。片手を持ち上げて歩み去る。そしてもう二度と、振り返らなかった。
大小二つの背中を見送ったのち、フォレウスはガシガシと髪を掻く。
「ほんっと、最後までかわいくねえガキだ」
言葉とは裏腹にその表情は、微笑ましいものを見守るそれだった。
◇
東を見つめる魔導書につきあって、シャイードも無言で地平線を見つめていた。
いつの間にか、忙しかったここ数日の白昼夢に入り込んでいたが、肩を揺らされて意識を戻した。
「シャイード。見るのだ、我の思った通りだ」
アルマは前方を指差している。
そこには雲と草原とコントラストがあるだけで、特別変わったものは……
いや、あった。
空にうっすらと虹が架かっている。
「うっす! 遠っ! あんなの良く見つけたな」
雲と重なっていて、言われなければ気がつかない。「うむ」と魔導書は前を見つめたまま答えた。
「あると信じて適切な場所を探せば、見つかる。得てしてそういうものだ」
「虹がか?」
「ドラゴンも」
アルマの答えに、シャイードは息を飲む。
隣の顔を見上げたが、アルマは前を見つめたままだ。
「汝は虹に希望を見るというが、そういうことだろうか?」
「お前はどう思うんだ?」
「……」
アルマは口元に指を添え、黙り込んだ。長い、長い時間が流れた。
虹はさらに薄くなり、消えてしまった。儚いものだ。夢や希望のように。
「わからない」
アルマはようやく答えた。
「我にはまだ、分かたれた光にしか見えない」
シャイードは鼻を鳴らした。
「じゃあ、それでいいんじゃね?」
アルマの肩に手を添える。魔導書は漸く彼を見た。
「俺とお前が、同じものを同じように見ていたら、見つかるものも見つからなくなる。だからお前は、俺とは全然別の見方をした方が良い。違うか?」
「……ふむ。汝にしては、なかなかに真理を突いておる」
「俺にしてはって部分に若干ひっかかりを感じるが……。ま、俺は脱皮も済ませた賢い大人のドラゴンだからなー!」
シャイードは胸を張り、自身を指し示した。
「それを決めるのは、汝ではない。シャイードよ」
アルマはさらりとやり返して、街道の先へと足を向ける。
あっけにとられたシャイードを残し、すたすたと歩き始めた。
「え? あっ、お前、まだ俺のことガキだと思ってるのか、まさか! おい、アルマ!」
シャイードは足早にあとを追う。
隣に並んでみあげた相棒は、確かに笑っていた。
◇
――いまここに、長く帝国にて語り継がれることとなる一つの物語が終わる。
彼らの行方を、もはや伝承は語らない。
しかし、ひとたび場所を変えれば。
時代を変えれば。
人並み外れた美貌を持つ長身の魔術師と、
小柄だが敏捷で賢明な竜の化身の旅路は、
歴史の中に、地図の中に、小さな爪痕を幾つも残しているだろう。
いつかまた、いつかどこかで、
新たな吟遊詩人の手によってそれらの語られる日が、
来るやも知れず、来ぬやも知れず――
――『竜と魔導書』 完――
こちらにて『竜と魔導書』本編は完結となります。
最後までご愛読いただきまして、ありがとうございました!
反響をいただけるようでしたら、外伝にも挑戦してみたいな~と考えております。
突発的に読み切り短編や、本編で描ききれなかったエピソードなどをアップするかもしれません(いまのところ、まったくの未定ですが)。
たくさんのいいねをありがとうございます! 感想や評価も、首を長くしてお待ちしております~!(ものすごく、執筆の力になります!)
6/17追記:全く新しいお話(男子冒険者シリーズ)も連載開始しました。
こちらもどうぞよろしくお願いします。




