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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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交戦

 至近距離で放たれたボルトは、過たずにフォレウスの胸に突き刺さる。

 同時に、フォレウスの放った魔弾もまた、シャイードの胸の中央に命中した。


「ぐっ……っ!?」


 心臓を鷲づかまれ、揺さぶられるような衝撃。同時に、キーンという高音が体内を荒れ狂い、つかの間、周囲の音がかき消される。シャイードは身体をくの字に折った。


(衝撃弾か……!? だが、耐えられる)


 そう思ったからこそ、躱さなかった。

 人間よりも遙かに強靱な生命力を過信したがゆえの、シャイードの選択だ。

 引き替えに、フォレウスを苦しませずに仕留めた。


「!?」


 いない。

 仕留めたはずの目の前の敵の姿が、どこにもない。


 聴覚を奪われた今、シャイードは全身で空気の流れを感じようとした。

 その時、左手の灌木が揺れた。

 シャイードは、反射的にそちらに向けて身構える。


(しまった! 陽動……!)

 気づいた直後、背中への衝撃は別の方向から来た。

 灌木の揺れは投げられた石か何かが起こしたものだ。高い反射神経ゆえ、思考よりも先に身体が反応してしまうことが徒となった。


「ぐわあぁああっ……!!」


 全身に杭を打たれたような痛みとしびれが走り、シャイードはその場に頽れる。

 両手を地面に立てて起き上がろうとするが、力が入らない。

 その背中が、硬い靴裏でしっかりと地面に縫い止められた。



「ほらな。お前さん達は、すぐにそうやって人間を見くびるんだよ」


 回復しつつあった聴覚に届いたのは、何故だか残念そうな響きのこもる敵の声。

 頭に魔銃の先端を押しつけられ、シャイードは土を噛みそうになりながら苦労して顔をひねる。


「なに……した……」

「言ったろ。”捕獲”だって。まずは身体の自由を奪うに決まってるじゃないか」


 片頬を地面につけたシャイードの目前に放り出されたのは、クロスボウボルトの刺さった本だ。黒い、魔導書。

 帝国兵の黒い制服に溶け込み、素早く盾にされたことに気づかなかった。

 動きを封じられたシャイードに向け、フォレウスは立て続けに、容赦なく麻痺弾を撃ち込んでいく。

 四肢に、首に、全身に。

 まさしく、猛獣狩りだ。

 その度に、シャイードは苦しげに吠えた。



「シャイード!!」


 悲鳴のような声が聞こえたのは直後だ。魔弾とは違った衝撃が、背中を走る。掛かっていた重みが消えた。


「おわっ! 何する!!」


 限られた視界に、フォレウス共々倒れ込むアイシャが見えた。


「どけっ!」

「きゃ……っ」


 アイシャはすぐフォレウスに片腕ではね飛ばされたが、立ち上がろうとしたフォレウスの腰に両腕でしがみついた。


「シャイード、……はやく、逃げて…ぇ……!!」

「くそっ! 頼むから邪魔してくれるな!」


 フォレウスは焦り、彼女の腕を引きはがそうとした。

 シャイードはその隙に跳ね起き、フォレウスの手首を蹴り上げる。

 魔銃使いの右手から、魔銃が飛んだ。

 驚いたフォレウスが正面を向く。

 そこには先ほどまで力なく横たわっていた青年の姿があった。ふらつき、ターバンは外れかけているが、その瞳は怒りに燃えてフォレウスを射ている。


「馬鹿な! あれだけ喰らって、動けるはずが……」

「見くびっ……は、アンタ、の、ほ」


 舌が痺れて、上手く回らない。

 麻痺弾に込められた束縛の魔法による痛みで意識が朦朧とする中、却って肉体は強靱さを増した気がした。


(力が、沸き上がってくる)

 怒りと憎しみに身を委ねるのは心地が良い。

 呆然と見上げるアイシャの目の前で、シャイードは鋭く爪の伸びた両手でフォレウスの胸ぐらをつかみ、高く持ち上げて放り投げた。

 普段からは考えられない、人外の怪力だ。


「ぐふっ……」


 数メートル吹っ飛び、木の幹に激突して下に落ちたフォレウスへ、さらにシャイードは飛びかかる。

 角が大きくせり上がり、途中でほどけたターバンが頭から落ちた。

 鋭い爪でフォレウスの胸を引き裂く。


「しねぇえええ!!!」

「ぐ……っ!」


 軍服もその下の皮膚も、うすぎぬのように易々と切り裂かれ、鮮血がほとばしった。

 シャイードはフォレウスの首に両手を当て、爪を食い込ませながら持ち上げていく。

 木の幹に背中を削られながら、フォレウスの両足が空に浮いた。


「こ……、ば………」


 左手でもう一つの魔銃を構え、シャイードのこめかみに当てる。シャイードはお構いなしに、指の力を強めた。



「止めて!!」「お止め!」


 二つの声が別々の方向から同時に響く。

 シャイードは動きを止め、不機嫌そうに振り返った。

 新たに現れた人物の方だ。


 木々の合間に凛として立つその姿は、予想通り魔女のもの。

 既に詠唱を始めたそれを新たな脅威とみなし、シャイードはフォレウスを離した。

 まさしく獣のような反射神経で襲いかかるシャイードに対し、メリザンヌの詠唱は間に合わない。


「!?」


 銃声が一つ。

 シャイードに追いすがり、その左腿に命中した。魔女まであとわずかな距離に彼を縫い止める。

 大きく空振った鋭爪のすぐ外で、魔女の唇が弧を描いた。二対の視線が絡み合う。

 魔女の指先が、シャイードを示した。

 途端、シャイードの全身から、先ほどまでみなぎっていた力が抜けた。両手がだらりと下がり、目蓋が半ばまで落ちる。

 メリザンヌはシャイードに近づき、その頬に両手を置く。



「……いけない子ね。少しは落ち着いた? 気分は?」


 シャイードの瞳に、その白い顔がとても親しい者として映る。鼻孔からかぐわしい香りが肺腑に流れ込み、思考を痺れさせた。

 頬に当たる冷たい掌の感触が、とても心地よい。このまま彼女に身を委ねて眠りたい。そんな欲求に囚われる。

 シャイードの唇は、空気を求めてあえいだ。しわがれた声がこぼれる。


「ごめん。……俺は何を、しようと……?」

「いいのよ。もう過ぎたことだから。……何も考えなくて良いわ」

「……うん……」

「疲れたんじゃないの、愛しい子」

「……うん……。とても、疲れた……」


 シャイードは感じたことのない懐かしさに瞳を閉じた。

 その彼の頭を、メリザンヌは豊かな胸に抱き留める。大きく飛び出した黒い角を掌で優しく撫でつつ、歌うような声で語り続けた。その声には魔力が宿り、シャイードの心を望む方向へと転がしていく。


「もう眠っておしまいなさい」

「……そう、……する………」


 シャイードは目を閉じ、柔らかな夢の中へと沈んでいった。

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