交戦
至近距離で放たれたボルトは、過たずにフォレウスの胸に突き刺さる。
同時に、フォレウスの放った魔弾もまた、シャイードの胸の中央に命中した。
「ぐっ……っ!?」
心臓を鷲づかまれ、揺さぶられるような衝撃。同時に、キーンという高音が体内を荒れ狂い、つかの間、周囲の音がかき消される。シャイードは身体をくの字に折った。
(衝撃弾か……!? だが、耐えられる)
そう思ったからこそ、躱さなかった。
人間よりも遙かに強靱な生命力を過信したがゆえの、シャイードの選択だ。
引き替えに、フォレウスを苦しませずに仕留めた。
「!?」
いない。
仕留めたはずの目の前の敵の姿が、どこにもない。
聴覚を奪われた今、シャイードは全身で空気の流れを感じようとした。
その時、左手の灌木が揺れた。
シャイードは、反射的にそちらに向けて身構える。
(しまった! 陽動……!)
気づいた直後、背中への衝撃は別の方向から来た。
灌木の揺れは投げられた石か何かが起こしたものだ。高い反射神経ゆえ、思考よりも先に身体が反応してしまうことが徒となった。
「ぐわあぁああっ……!!」
全身に杭を打たれたような痛みとしびれが走り、シャイードはその場に頽れる。
両手を地面に立てて起き上がろうとするが、力が入らない。
その背中が、硬い靴裏でしっかりと地面に縫い止められた。
「ほらな。お前さん達は、すぐにそうやって人間を見くびるんだよ」
回復しつつあった聴覚に届いたのは、何故だか残念そうな響きのこもる敵の声。
頭に魔銃の先端を押しつけられ、シャイードは土を噛みそうになりながら苦労して顔をひねる。
「なに……した……」
「言ったろ。”捕獲”だって。まずは身体の自由を奪うに決まってるじゃないか」
片頬を地面につけたシャイードの目前に放り出されたのは、クロスボウボルトの刺さった本だ。黒い、魔導書。
帝国兵の黒い制服に溶け込み、素早く盾にされたことに気づかなかった。
動きを封じられたシャイードに向け、フォレウスは立て続けに、容赦なく麻痺弾を撃ち込んでいく。
四肢に、首に、全身に。
まさしく、猛獣狩りだ。
その度に、シャイードは苦しげに吠えた。
「シャイード!!」
悲鳴のような声が聞こえたのは直後だ。魔弾とは違った衝撃が、背中を走る。掛かっていた重みが消えた。
「おわっ! 何する!!」
限られた視界に、フォレウス共々倒れ込むアイシャが見えた。
「どけっ!」
「きゃ……っ」
アイシャはすぐフォレウスに片腕ではね飛ばされたが、立ち上がろうとしたフォレウスの腰に両腕でしがみついた。
「シャイード、……はやく、逃げて…ぇ……!!」
「くそっ! 頼むから邪魔してくれるな!」
フォレウスは焦り、彼女の腕を引きはがそうとした。
シャイードはその隙に跳ね起き、フォレウスの手首を蹴り上げる。
魔銃使いの右手から、魔銃が飛んだ。
驚いたフォレウスが正面を向く。
そこには先ほどまで力なく横たわっていた青年の姿があった。ふらつき、ターバンは外れかけているが、その瞳は怒りに燃えてフォレウスを射ている。
「馬鹿な! あれだけ喰らって、動けるはずが……」
「見くびっ……は、アンタ、の、ほ」
舌が痺れて、上手く回らない。
麻痺弾に込められた束縛の魔法による痛みで意識が朦朧とする中、却って肉体は強靱さを増した気がした。
(力が、沸き上がってくる)
怒りと憎しみに身を委ねるのは心地が良い。
呆然と見上げるアイシャの目の前で、シャイードは鋭く爪の伸びた両手でフォレウスの胸ぐらをつかみ、高く持ち上げて放り投げた。
普段からは考えられない、人外の怪力だ。
「ぐふっ……」
数メートル吹っ飛び、木の幹に激突して下に落ちたフォレウスへ、さらにシャイードは飛びかかる。
角が大きくせり上がり、途中でほどけたターバンが頭から落ちた。
鋭い爪でフォレウスの胸を引き裂く。
「しねぇえええ!!!」
「ぐ……っ!」
軍服もその下の皮膚も、うすぎぬのように易々と切り裂かれ、鮮血がほとばしった。
シャイードはフォレウスの首に両手を当て、爪を食い込ませながら持ち上げていく。
木の幹に背中を削られながら、フォレウスの両足が空に浮いた。
「こ……、ば………」
左手でもう一つの魔銃を構え、シャイードのこめかみに当てる。シャイードはお構いなしに、指の力を強めた。
「止めて!!」「お止め!」
二つの声が別々の方向から同時に響く。
シャイードは動きを止め、不機嫌そうに振り返った。
新たに現れた人物の方だ。
木々の合間に凛として立つその姿は、予想通り魔女のもの。
既に詠唱を始めたそれを新たな脅威とみなし、シャイードはフォレウスを離した。
まさしく獣のような反射神経で襲いかかるシャイードに対し、メリザンヌの詠唱は間に合わない。
「!?」
銃声が一つ。
シャイードに追いすがり、その左腿に命中した。魔女まであとわずかな距離に彼を縫い止める。
大きく空振った鋭爪のすぐ外で、魔女の唇が弧を描いた。二対の視線が絡み合う。
魔女の指先が、シャイードを示した。
途端、シャイードの全身から、先ほどまでみなぎっていた力が抜けた。両手がだらりと下がり、目蓋が半ばまで落ちる。
メリザンヌはシャイードに近づき、その頬に両手を置く。
「……いけない子ね。少しは落ち着いた? 気分は?」
シャイードの瞳に、その白い顔がとても親しい者として映る。鼻孔からかぐわしい香りが肺腑に流れ込み、思考を痺れさせた。
頬に当たる冷たい掌の感触が、とても心地よい。このまま彼女に身を委ねて眠りたい。そんな欲求に囚われる。
シャイードの唇は、空気を求めてあえいだ。しわがれた声がこぼれる。
「ごめん。……俺は何を、しようと……?」
「いいのよ。もう過ぎたことだから。……何も考えなくて良いわ」
「……うん……」
「疲れたんじゃないの、愛しい子」
「……うん……。とても、疲れた……」
シャイードは感じたことのない懐かしさに瞳を閉じた。
その彼の頭を、メリザンヌは豊かな胸に抱き留める。大きく飛び出した黒い角を掌で優しく撫でつつ、歌うような声で語り続けた。その声には魔力が宿り、シャイードの心を望む方向へと転がしていく。
「もう眠っておしまいなさい」
「……そう、……する………」
シャイードは目を閉じ、柔らかな夢の中へと沈んでいった。




