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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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終章 黒竜の宝物 4

 夜。

 宛がわれた寝室に、ガウンを纏ったレムルスが尋ねてきた。

 アルマが扉を開いて彼を招き入れ、シャイードは寝転がっていたベッドの上で身を起こす。

 レムルスは立ち上がろうとする彼を片手で制し、ベッドの隣に腰掛けた。


「今の僕は皇帝ではなく、友達のレムルスだ。ここでいい」


 シャイードは頷く。

 アルマは書棚に寄りかかって腕組みをし、軽く目を瞑っていた。会話の邪魔をするつもりはないようだ。傍には丸い光精霊姿のフォスが浮いている。

 シャイードはせがまれるまま、厄災との戦いをレムルスに語った。弟や、かつての師だった人との別れのシーンでは、感情を抑えようとして必要以上に淡々とした口調になった。

 全てを語り終えると、レムルスは一言。


「ありがとう」


 と言った。それが厄災を倒したことについてなのか、語りのお礼なのかわからぬまま、シャイードは頷く。

 手の甲に熱を感じて、視線を落とした。レムルスの手が重なっている。


「これからも、ここにいて僕を助けて欲しい。シャイード」


 レムルスは濡れた瞳でシャイードを見上げ、そういった。

 シャイードは胸に苦しさを覚えたが、彼の手を振り払うことはしなかった。しかし、きっぱりと首を振る。

 レムルスは傷ついた顔をしたが、シャイードは優しい目を向けた。


「お前のことが嫌いなんじゃないぞ。ただ――、俺には夢があるんだ」

「夢?」


 レムルスのオウム返しに、シャイードは頷いた。視線を手元に落とす。


「無自覚だった一つは、お前が叶えてくれた。俺をドラゴンだと知っても嫌わない、ニンゲンの友達」

「……」


 シャイードの手に重なるレムルスのそれが、きゅっと強く握られた。


「もう一つは、同族を探すこと。そしてドラゴンを滅びの運命から救うこと。こっちはまだ全然叶えられてない。手がかりさえなにもない」


 言葉を句切り、シャイードは隣へ視線を戻す。


「だからまだしばらくは旅を続けるつもりだ」

「……そうか。彼と、一緒に?」


 レムルスは顔を上げ、アルマの整った横顔を見つめる。視線の先を追って、シャイードは「ああ」と答えた。

 レムルスはうっとりとしたため息をついた。


「羨ましいな。僕も一緒に行きたい」

「えっ、いや」


 慌てるシャイードの様子を見て、レムルスは肩を揺らした。重ねていた手を離す。


「わかってる。けれどそれは僕の夢ではないから、一緒には行かれない」

「……。そうだな」


 二人は前を向いて視線を下げ、沈黙した。静かに流れる時間が、二人の間にある断絶をそっと埋めていく。或いは、ますます露わにする。


「世界は広いけれど」


 唐突に、シャイードが口を開き、レムルスは顔を上げた。シャイードの方を向くと、彼もまたレムルスを見ていた。


「実のところ、ドラゴンにとってはそうでもない。妖精王にとっても」


 レムルスは無言で頷く。


「だから」とシャイードは片手を持ち上げて続ける。「旅の合間に、お前の顔を見に来るよ、レムルス。その時には夢の進捗を聞かせてくれ」


 レムルスの表情が、ぱっと輝いた。目蓋が喜びに見開かれる。


「うん! うん! 是非ともそうするよ、シャイード! いつだって、好きなときに訪れてくれ。だって君は、この国の新しいシンボルなんだから!」

「あー、その話だが……。マジでやる気か?」


 シャイードは困ったようにこめかみをかく。

 夕食の時はあまり親密に話す時間がなかったが、レムルスから『帝国旗をドラゴンの意匠に変更する』という話だけは聞いていた。


「人竜戦争以後、ドラゴンを旗に使うことは忌避されていたはずだぞ」

「国を救った英雄の姿を旗にしても、何もおかしいことはないだろ。僕はそれをちゃんと後世に伝えたい。いや、伝えていく義務があるんだ。それに、僕は大好きだから、ドラゴン。君を知って、ますます好きになった。僕の大切な帝国の旗は、僕の大好きなドラゴンがいい!」

「ぅう……」


 嬉しいのだが、隣で溢れるほどの好意を連発され、シャイードはぐったりしてきた。ボディブローを何度も喰らったかのように、じわじわ効いてきている。

 見かねたフォスが飛んできて、シャイードの頭の上に乗った。すっと、気持ちが楽になる。


『これフォスもらうね』

「サンキュ、フォス」


 シャイードが上に話しかけている間に、レムルスはガウンを肩から落とした。

 下にはリボンの沢山ついた、可愛らしいネグリジェを身につけている。

 レムルス、いやユリアはシャイードの腕に身体を絡めた。肩に頬ずりする。


「あなたがいなくなると、寂しいですわ」


 唇をとがらせ、ユリアはため息混じりに言った。


「……。お前の夢は、結局叶わぬままになっちまったな」


 シャイードは以前、ユリアが話していたことを思い出す。結婚する前に、きちんと恋をしてみたかったと。

 だがユリアは意外にも首を振った。


「それはもう、よろしいの。だって、新しいお姉様はとても素敵な人なんですもの! わたくし、毎日ドキドキしてましてよ」

「お姉様?」

「エローラお姉様のことですわ。本当は義妹ですけれど、雰囲気がお姉様みたいだからお姉様でいいんですの。わたくしのこと、とても可愛いって言って下さいますのよ。大好きって」


 ユリアは顔を離し、顎をくいっと持ち上げた。あなたはどうなの、と問う仕草だったが、シャイードにはまるで伝わらなかった。

 彼は鼻から笑いの空気を逃がして、肩を揺らしただけだ。


「そうか。だったら良かったな」

「……鈍感」


 ユリアは小さく呟き、シャイードの腕を解放した。ベッドから滑り降りて、シャイードの正面、二歩ほど離れた場所に立つ。


「結婚前夜のレディが、余り長いこと殿方のお部屋に留まるのもよろしくないでしょうね。例えそれが大事なお友達でも。わたくし、そろそろ戻りますわ」

「え? お前、今入れ替わったばかりだろ。レムルスと」

「わたくしはレムルスで、レムルスはわたくしですもの」


 シャイードは小さく頷いた。傍らに置かれているガウンを持って立ち上がると、相手の前に進み出て、――片膝をついて跪いた。

 ユリアの片手をとって、甲にキスを落とす。それから顔を上げ、ユリアを金の瞳でじっと見つめた。


「え……、ぁ、ぇえ……?」


 ユリアは耳まで真っ赤になり、片手で頬を押さえた。空色の瞳が、焦って揺れている。

 シャイードは立ち上がり、顎を持ち上げて得意げに笑った。ガウンを突き出す。


「ほらよ、ちゃんと手にツバつけといたぞ。これで満足か。あとこれ、忘れんな」


 ユリアの眉根は、ぎゅーっと音が鳴りそうな勢いで寄った。赤い顔でガウンをひったくる。


「ツバってなんですの、ツバって! そういうところが、ダメなんですの、もうっ! おやすみなさいましっ!」


 ユリアはくるりと踵を返すと、一直線に扉へ走った。戸口を出たあと、隙間からしかめ顔を覗かせて、舌を出してきた。直後、バタンと音を立てて扉がしまる。

 シャイードは後ろ髪をかいた。


「ええ……? 今のは完璧だっただろ、アルマ?」

「我は、何も見なかった」


 アルマは目を閉じたまま言った。その口元が笑いを堪えていたのを、シャイードは見逃さなかった。



 閉じた扉に背をつけて、ユリアはその場にへたり込んで顔を覆った。


「もぅもぅっ! るならちゃんと、最後まで演ってほしいですわ! もぅっ!! ちょっとドキッとして損しましたわ!」


 外に控えていたクィッドが、何事かと慌てて傍に膝をつく。

 ユリアは立ち上がった。何でもないと請け負って、肩にガウンを掛けて貰い、連れだって部屋へと戻っていく。

 一度だけ、彼らの寝室の扉を振り返った。瞳に張った水の膜が、廊下の形を歪めていた。


「ごきげんよう、シャイード。あなた、騎士としては最後の最後まで落第でしたわよ」



 結婚式は帝国の威光を内外に示すように、盛大かつ厳かに行われた。

 シャイードは友の晴れ姿を目に焼き付けたのち、何も言わずにアルマと共に王宮を出て行く。


 ◇


「陛下にさよならも言わずに行っちまうのか?」


 王城の門を出たところで背後から話しかけられた。

 聞き覚えのある声に足を止めて振り返ると、黒い帝国の軍服を着崩した男が、門の外側に気取った様子で寄りかかっていた。


「アンタ、魔銃使いの」

「フォレウスだよ。ちょー久しぶりだな、シャイードちゃん」


 フォレウスは無精髭を生やした口元を歪め、リラックスした様子で近づいてくる。

 至近距離までつめた彼は、馴れ馴れしく肩に腕を回してきた。


「帝国に残ってくれれば良いのにぃ~。ドラゴンちゃんよぉ」

「……っ! その単語で呼ぶなっつーの!」


 シャイードは眉根を寄せて、彼の腕を振り払う。フォレウスは声をひそめていたが、それほど距離が離れていない門番たちに聞こえていないかとシャイードはひやひやする。


「怒るなって! これでもお前さんには感謝してるんだぜぇ? 礼を言いたくて、待っていたんだよ」

「俺が挨拶をせずに辞すのが、わかってたみてえな口ぶりだな」

「ふっふっふー。おじさん、こうみえて今、諜報部門にいるからね! 優秀すぎて引き抜かれちゃってー」

「興味ねえし。つかそういうの、ペラペラ喋っていいわけ?」

「……だめ」


 フォレウスは顔をしかめ、両肩を竦めた。シャイードは大きなため息をつく。


「長生きしそうだよ、アンタ」

「そうかねぇ」


 嬉しくも何ともなさそうな口調で、魔銃使いは言った。無精髭を撫でながら、どこか上の空だ。

 フォレウスは、シャイードの後ろに影のように付き従う魔術師へと一瞥をくれた。

 アルマは無言で二人のやりとりを見つめるばかりだ。


「なぁ、マジで行っちゃうの? 陛下には、お前さんみたいな友達が必要だと思うんだよ。これからも」

「……。アイツにアイツの夢があるように、俺にも俺の夢がある」

「それは、仲間が欲しいってことかい?」

「……」


 フォレウスに対し、夢を語ったことはなかったはずだ。だが彼は察したらしい。


「ドラゴンが再び増えたらと考えると、か弱い人間としては不安になっちまうなぁ?」


 魔銃使いは息を吐き、ゆるゆると頭を振った。

 シャイードは片眉を上げる。


「だったら今、ここで決着をつけようか?」


 最強の人間と最強の獣。一見してとてもそうは見えない二人は、至近距離でにらみ合った。

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