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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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終章 黒竜の宝物 1

「……ったく。何やってんだ?」


 シャイードは振り返り、踵を返して数メートル戻った。

 アルマは足を止め、東を向いて三角帽子の鍔を片手で持ち上げている。魔術師風の黒い長衣を身につけ、象牙色の長い髪を風に揺らす様子は、すっかり見慣れた元の姿だ。

 シャイードは隣に並び、彼の顔を覗き込んだ。


 翳した腕が邪魔で、アルマの表情は見えづらかった。けれど彼が首を傾げたことはわかった。


「”どうかしてる”というのは、どういう意味だ? レムルスは何と”同化してる”のだ?」


 先ほどの言葉は聞こえていたらしい。東を向いたまま、アルマは問うた。

 シャイードは一瞬言葉に詰まったあと、息を吐く。


「”同化してる”んじゃねえよ。”どうかしてる”んだよ」

「……。汝の言うことは、よくわからぬ」

「お前はバカだからな。帝国旗の話に決まってるだろうが」

「なぜ決まっているのかもよくわからぬが、我はバカではない」

「それを決めるのは、お前じゃないんだぜ。アルマ」


 シャイードは口の端を持ち上げた。それから両手を大きく広げる。


「ドラゴンだよ! アイツやりやがっただろ。自分がドラゴンを好きだからって、グリフィンだった帝国旗をドラゴンに変えちまった」

「嬉しそうだな、シャイード」

「まあ、ドラゴンは格好いいからな!」


 シャイードは背後を振り返った。今度は西から、明るい日射しが迫ってくる。

 街道から見渡す限りは、のどかな風景が広がっていた。活発化している魔物の動きも、ファルディアの弓騎兵の活躍で抑え込まれていくだろう。やっかいな敵も、味方になれば頼もしい。レムルスはそう言っていた。


「レムルスは、ただ好きだからという単純な理由で選んだわけではあるまい。旗には『ドラゴンを恐れるヒトの心を変えたい』というあやつの願いがこもっているのだ。我はそう考える」


 とうとう、光が到達した。風景のコントラストが唐突に上がる。

 シャイードはアルマに向き直った。彼もまた、帽子の鍔を持ち上げたまま、シャイードの方を向いている。その表情が幾分和らいでいた。


「黒いドラゴンが帝都を隕石から守るのを、多くの者が見ていた。もしかしたら、いずれは……汝がドラゴンのまま生きられる世界がやってくるかも知れぬ。互いが、歩み寄る努力を止めなければ。――全ては汝が世界を救ったからだぞ、シャイード」


 シャイードは言葉に詰まった。不意打ちだ。

 自尊心をくすぐられ、シャイードはまんざらでもない顔をした。それから彼は、両手をじっと見つめる。


「まだあんま、実感わかねー。浮島での出来事はみんな、夢だったみたいな気がしてる」

「実際、『夢』は見たではないか」


 アルマに指摘されると、シャイードは苦い顔になった。


「ったく。俺の夢に勝手に出てくるなって言っといたのに……」

「ああでもしなければ、我は今、ここに立てていない。出演料なら払おう。今は手持ちがないが、いつか」

「期待してねえよ」


 シャイードはひらりと片手を振った。



 浮島の落下。

 もちろんその全質量を身体で受け止めたなら、シャイードとて今、ここにいない。

 ギリギリのところで彼を救ったのはローシだ。

 イ・ブラセルで妖精樹からシャイードの危機を聞いたローシは、クルルカン遺跡の最寄りの門に、妖精の道を開く。

 そしてシャイードが浮島に押しつぶされる寸前に、土妖精の力を使って地面を彼の身体分、陥没させた。

 同時にその質量を階段下から盛り上がらせ、逃げ遅れた人々を窪地の外にはじき飛ばして救った。


 地面に生き埋めになったシャイードは、魔力を使い果たして気絶していた。

 ローシはシャイードを運ぶため、彼の身体を人の姿に折りたたもうとした。しかし、何かが邪魔をして果たせない。

 丁度その時、フォスが岩の隙間を抜けてきて、シャイードの口に魔導書が入っていることをローシに教えた。

 魔導書を取り出し、改めてシャイードの身体を折りたたんだローシは、彼をイ・ブラセルへと運んだ。


 動かない彼を妖精樹の根元に横たえると、シアは動揺した。


『シャイード、シャイード!』


 ローシは、風もないのにざわざわと揺れる枝葉を見上げる。


「大丈夫じゃ。魔力を全て出し切り、気を失っておるだけでの。まあ、あちこち怪我もしておるが……」


 傍にいたトウが、妹の声を聞こうと木の幹に触れた。目を閉じる。


『おねえちゃん。わたし、金の葉っぱ、作る。シャイードにあげて』

『金の葉っぱ?』

『うん。いまもってる魔力、一枚に集める』

『そんなことをして、あなたは大丈夫なの、シア』

『ぜんぜんへいきだよ。成長、ちょっとおくれる、だけ。お願い、シャイードにあげて』

『……。わかったわ』


 そのあと、木の幹全体がうっすらと輝くのをその場にいた者たちは見た。手に届く低い場所の葉が一枚、脈々と流れ込む光を取り込み、金色に輝き始める。

 幹の輝きが消えると、トウは金の葉をつまみ、枝から摘んだ。


『これを与えれば良いのね?』

『うん』


 トウは返答に頷いてシャイードの頭の横にしゃがむ。そして手に持った金の葉を、彼の唇に触れさせた。

 しかし当然だが、気を失ったシャイードは食べられない。唇を開かせて葉の先端を含ませてもダメだ。

 トウは小さくため息をつくと、葉を取り出し、自らの口に含んだ。咀嚼しながらどんどんと口に押し込む。全てを口の中でしっかりとかみ砕いたのち、彼女は身を屈めた。シャイードの頭を持ち上げ、顎を片手で開かせる。ほんの少しためらった後、目を閉じて唇を重ねた。


『むうーーーっ!』


 膝が触れている妖精樹の根を通して、妹がむくれるのを感じた。トウは笑いを堪えながら、かみ砕いた金の葉を、彼の中へと流し込んだ。

 全てを渡し終わると唇を外す。

 彼の喉仏が、上下に動くのを確認した。ゆっくりと頭を下ろす。


『むーーっ、むーーっ!』

『どうしたの、シア?』


 トウはからかうように妹に尋ねる。


『よくわかんない……。けど、なんか、いまの、すごく”もやもや”した。おねえちゃんが、ずるくかんじた』

『ふふっ』


 トウはシアの幹をなだめるように撫でた。


『ゆるしてね? これ一回きりにするから』

『だめ! いまの、一回にカウントしちゃ、だめ! なしっ!』

『ふふっ、そうね』


 幹から伝わる妹の必死さが可愛らしくて、トウはころころと笑った。


 程なくしてシャイードは目を覚ました。同時にアルマも、人の姿を取り戻す。

 それからは忙しかった。



 イ・ブラセル――

 厄災の消滅と共に、全てのスティグマータの身体から刻印が消えたという。

 彼らの罪は精算された。もうどこに行こうとも、彼らを過去の罪で迫害する者はいないだろう。二度目の危機を脱することが出来たのは彼らのお陰だと、手を繋いだ者ならみな知っていた。

 けれども辛い仕打ちを受けてきた彼らは、すぐに社会に戻ることを恐れた。しばらくの間、イ・ブラセルに置いて欲しいというトウの願いを、シャイードは快く承諾した。


「しばらくと言わず、別にずっと住んだって良いぜ。なにもねえ島だが、シアが元気に育てば北の森も再生していくだろう。それが俺の望みでもある。当面は西の海岸で漁をして、この辺りの平地には畑を作って。温暖な島だし、食っていくのには困らんはずだ」

「オイラ、友達増えるの嬉しいな。一緒に歌って踊ろうよ!」


 ロロディも笑顔で飛び跳ね、空中で前転した。元スティグマータの子どもたちが、やや遠巻きながらもその様子に目を輝かせた。


 妖精樹となったシアも、姉が傍にいればこれまで以上に元気に育つだろうとシャイードは考えた。しかし、彼女は葉っぱをしおらせてしまった。

 シャイードがすぐに島を出ると言ったからだ。

 トウは妖精樹の幹を優しくさすりながら、シャイードに心で話しかけた。


『妹のことは、私が責任を持ってなだめておく。心配しないで』


 刻印が消えても、まだ彼らには強い共振力が残されていた。それが彼ら本来の力なのか、それともいずれは消えゆく力なのか、シャイードにはわからない。

 妖精たちは、物静かで優しい気質の元スティグマータたちにすぐになじむだろう。彼らが協力して妖精樹を世話し、島の環境を整えてくれれば、魔力の枯渇したイ・ブラセルが豊かな姿を取り戻す日も早いはずだ。

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