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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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帝国旗

 人々は振り返った。いつの間にか扉が開いており、そこには浅黒い肌をした若い男が立っていた。瞳は煌めく琥珀色で、弧を描く唇の間から真珠のような歯列が覗いている。

 頭には長い布を被っており、それを金のサークレットで留めていた。ゆったりとして布地の多い衣装は、砂漠の国ミスドラのものだ。両腕は露出しており、宝石がちりばめられた沢山の腕輪を身につけていた。

 若者は悠然とした足取りで、テーブルの間を抜けてくる。

 レムルスとエローラの目前までやってくると、彼は真面目な顔をして優雅に腰を折った。


「遅参の旨、伏してお詫び申し上げます皇帝陛下。この度はご結婚、誠におめでとうございます」


 レムルスは見知らぬ若者の唐突な登場とその挨拶に驚き、返答に窮した。


「あ、……ありがとう……?」


 若者は顔を上げると、ニヤリと笑った。挙措と言い、どこか猫科の動物を思わせる。それもどう猛な種類のだ。


「ハッハー! 堅苦しいのは面倒なんで、こっからはタメ口でいいだろ? 難しい言葉遣いなんざ、舌を噛むだけで何の利もねえ。それに祝いの席なんてのは、オレんとこじゃみんな無礼講さ。その方が楽しいじゃん?」

「え、うん」


 レムルスはつい、釣り込まれるように素で返事をしてしまった。いけない。視界の端でナナウスが天を仰ぐのが見えた。


「まあそれで、さっきも言ったけど、オレ様はお前の案に賛成。つうかよ、そもそも戦争ってオレ、ヤなんだよね。金かかるし、人は死ぬし、勝った方だって通算したら損じゃね? ああ、懸念してるのはオマエんとことの戦争。だってオマエ、結構ヤルじゃん? 大臣どもは港を取り戻せってうるさく言ってくるけどさー。ヤルならオレ、ぜってー負けたくないんだよね。だけど、オマエとヤッても勝てるかわかんねーしさ。――自分で言ったんだから、オレ様ともちゃんと腹割って話してくれるんだよな? オレらの問題をさ」


 若者は流れる水のように一息に話し、最後は凄んだ。下町の不良のようだ、とレムルスは瞬く。

 しかし今の話でわかった。目の前にやってきたこの青年こそ、ミスドラ国王その人だ。

 なぜ国王が単身で?

 いや、そんなわけはない。側近がどこかに控えているはずだ。

 そう思うものの、入口に目を向けても供の一人も見当たらない。


「あオレ、魔法の絨毯でぴゃーって来たから。誰もいねえよ?」


 レムルスの瞳の動きから考えを察知し、ミスドラ国王は片手を振った。


「大臣どもはグレゴールの結婚式など捨て置けって言ってたけどよ! オレ様、祭りは好きだぜー! 少しばかり監視の目をかいくぐるのに手間取っちまって、遅れたのはマジ悪かったけど、それはもうさっき謝ったからチャラじゃん?」


 レムルスは相手の早口に何も口を挟めずにいた。


「あっヤベッ! 調子に乗って話しすぎたわ。オレ様ってば国では神聖視されてっからさー! あんま人と気軽に喋んなって言われてんだ。でもオマエはここで一番エライ奴だし、つまりそれはオレ様と同じくらいエライってことだから、喋ってもいいだろうってな。――おい、それでどうなんだよ。世界会議! 発足するんだろ。オレ様の国も加入してやるよ。最初の議題は、南アストラキアの港について対立するオレんとことオマエんとこの話し合いでキマリな!」

「わ、わかった。もちろん、そのこともよく話し合おう、ミスドラ王。余も、戦争は望むところではない」

「よし決まりィ!!」


 ミスドラ王は目を糸のように細め、両手を胸の前で打ち合わせた。それから彼は振り返る。


「オマエらも! みんな会議に参加するんで良いよな? 異論ねえだろ? だって、別に何の損もねえぞこれ! 集まって困りごとを腹割って話せるんだ。いろんな奴の知恵もタダで借りられて。それってちょーヤバくね?」


 レムルスは彼の言いぐさに、(この人はもしかして……、単に会話に飢えているんじゃなかろうか)と自問した。心の中のユリアも同意する。(もしくは会議を、お祭りと思っているのですわ!)

 レムルスは面白くなってしまって、ふふ、と笑った。ひとたび笑い始めたらツボに入ってしまい、彼は声を立てて笑った。隣ではエローラも、口もとに手をあてて笑っている。

 ミスドラ王は振り返り、癖のある笑みを浮かべた。


「みんなオマエの提案に乗るってよ!」


 彼の声に顔を上げると、参列者たちがいつの間にか立ち上がっている。

 笑みの残る顔でレムルスが見回すと、参列者たちは拍手をした。

 もちろん、中にはこの重要事項を決定する権限のない者もいるだろう。けれども少なくとも、この場に参列した人々は賛成してくれた。

 それは彼らの顔を見ればわかった。


「うむ。我々は大きな力を手に入れることとなろう。余の夢にも一歩近づく。――さて、実はあと一つだけ、重大な発表がある」


 レムルスは頬を上気させ、背後を振り返った。

 壁には白いカーテンが引かれていたのだが、レムルスの合図でゆっくりと左右に分かれ始めた。

 人々はまだこれ以上に重要な発表があるのかと、身を乗り出して見守る。

 レムルスは得意げに――そういう表情をすると、彼は年相応に見えた――胸を張って、片手を持ち上げた。


「余は今回の騒動を機に、帝国旗のデザインを改めることにした。古い世界は厄災と共に滅び、いま我らが立つ大地は新しい世界なのだ。人も斯くあらねばならぬ。憎み合い、争い合う世界ではなく、理解し合い手を取り合う世界に向けて。これは余の、帝国の、その覚悟の表明である。さあ、見て欲しい。これが新たな帝国旗だ!」

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