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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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墜落 2

 シャイードは浮島を追い越すと、その下に潜り込んだ。


「……ぐぅ!!」


 落下する岩塊を両腕で受け止め、めいっぱい羽ばたく。落下速度は落ちない。


「お、……重く」


 持ち上げるどころではない。これほどの質量を支えるのは無謀だ。


(持ち上げなくて良い。停止させなくて良い。ただ少しだけ、少しだけ落下速度を緩めるだけで良い。みんなが逃げきるまで!!)


「重くない!!」


 シャイードは吼えた。腕の筋肉が盛り上がり、両足をめいっぱい広げて空気に爪を立てようとする。身体中の魔力という魔力が、浮島を持ち上げることに費やされた。

 地上では浮島の落下に気づいた人々が、逃げ始めている。しかし一部は足が竦んで動けなくなっていた。浮島に集中するシャイードにはその様子は見えない。


 シャイードの横をすり抜けて、光の速さで地上に向かったフォスが、人々の上で閃光を放った。固まっていた者たちも、光に驚いて弾かれたように窪地の端に向かって逃げ出す。

 フォスは上空を振り返った。

 シャイードの全身から、黒い輝きがゆらゆらと噴き出している。大量の魔力が放出され、その力で浮島を押し上げようとしていた。

 落下する巨大な質量を相殺は出来ていない。しかし僅かに、本当に僅かにだが、落下速度が鈍っているようだ。


『にぃに……! がんばれ』


 ◇


 浮島が窪地に迫る。

 アイシャは階段を駆け上って石畳に辿りつくと、素早く脇に退いた。


「お父さん!」

「はいよ!」


 すぐ後ろを走っていた店主は振り返り、階段を上り終えてくる者たちをひょいひょいと掴んで、左右の草地に放り投げ始める。やり方は乱暴だが登り切ったところで立ち止まられると、あとが詰まってしまうためだ。

 アイシャは邪魔にならない場所へ縁を回り込む。窪地の中央は巨大な岩塊の影に覆われていた。暗い。黒い領域はにじむ染みのように急速に広がっている。

 その中で、光る不思議な鳥が、逃げる人々の足元を照らしていた。

 次に彼女は天を仰いだ。


(なにか、思ったよりゆっくり落ちている気が)


 巨大な物体だから、そう感じるのだろうか。違和感に目を泳がせていると、アイシャは浮島の最下部に黒い生き物が貼りついていることに気づいた。

 少女は息を吸い込む。


「……ドラゴン!?」


 みるみるうちに浮島が近づいてくる。もう激突する。

 数人の人間が、まだ階段の中腹にいた。


「だめっ! 間に合わない!」


 アイシャは悲鳴を上げて目を瞑った。


 突然、階段が板状に剥がれて跳ね上がった。上に乗っていた人々は、放り出されてアイシャや店主の頭を飛び越え、石畳の切れた草地へと落下した。

 その直後。

 巨大な地響きと共に、浮島が窪みに落ち、潰された風が吹き上がってアイシャは後方に吹っ飛ばされた。石と草の上を転がり、森の木に背を打ち付けて止まる。肺から空気がたたき出され、息が出来なくなった。

 辺りには土煙が立ちこめる。何も見えない。アイシャは俯いて咳き込んだ。

 ポケットからハンカチを出して口に当て、上体を起こす。木に背を預けたまま立ち上がろうとしてバランスを崩した。右足に力が入らない。足首を捻ってしまったようだ。

 今は痛みを感じないが、おそらく身体のあちこちが打ち身になっているだろう。探索用の服を着ていたせいで、肌がほとんど露出していなかったのは幸いだ。


「大丈夫か! アイシャ」


 すぐ近くから父親の声がする。アイシャは目を瞬きながら声の方を見遣った。曇った視界に大柄な影が見える。影は周囲を見回している様子だ。

 彼女は片手を挙げて大きく振った。ゲホゲホと咳き込む。

 父はそれに気づいた。近づいて来て、アイシャの傍に跪く。泥まみれの顔で、父は微笑んだ。きっと自分も、同じような顔だろう。


「良かった。怪我はないか、アイシャ!」

「うん。ちょっと足を捻っただけだよ」

「なんだと!? 足を!」


 店主は大声で言って、悲痛な表情を作った。怪我をした本人よりもよほど痛そうだ。

 彼は口元に太い腕を宛がった。


「ったく! 一体何だってんだこりゃ……。次から次へと、訳がわからん!」

「……」


 アイシャは口ごもる。言うべきか言わざるべきか。

 辺りはまだ、もうもうとした土煙に覆われていて、それが収まるまでは下手に動けない。

 迷ったあと、彼女は眉根を寄せて周囲を見回している父親に「ねえ」と話しかけた。視線が戻ってくる。


「どうした?」

「お父さん、ドラゴン見た?」

「ドラゴン?」


 アイシャは怪訝そうな父の言葉に、頷く。


「ほら、少し前に噂になってたでしょ? つがいのドラゴンが、クルターニュ山から飛び立ったとか、炎が見えたとか」

「ああ。いつもの、酔っ払いの戯言だと思うがなぁ」

「私、今それを見たのかも。でもあれは、シャイードだったの」


 店主は瞬く。そして彼女の額に無言で右手をあてた。そのまま当て続けている。

 アイシャは初めきょとんとして、それから両目を動かして父の手を見ようとした。意味がわかると頬を膨らませる。


「頭は打ってないよ、もうっ!」


 娘の怒りに触れ、店主は慌てて手を引っ込めた。


「いや、しかし。あのチビがドラゴンなわけないだろう、どう考えても」

「みんなと手を繋いで、助けて下さいって神様に祈っているときにね、私、思い出したんだ。いつだったか、夢にアルマさんが出てきたんだよ」


 店主は片眉を上げたが、口は挟まずに先を続けさせた。アイシャはゴホゴホと一度咳き込む。


「アルマさん、前とは違って真っ白い服を着ていたんだ。それで、本当は神様なんだって。アルマさんは黒いドラゴンに乗っていたんだけど、私にはそれが、どうしてかシャイードだってすぐにわかったんだ」


 店主は表情を曇らせ、腕組みをした。


「アイシャ。でもそれは結局、夢なんだろう?」

「でも、みんなで手を繋いで祈ったことは、現実に起こったでしょ? アルマさん、夢で言ってたの。……ええと、詳しくは忘れちゃったけど、手を繋いで祈ったら、悪者は扉の向こうへ追い出せるって!」

「ん……? んん……」


 店主の脳裏を、何かがかすめた。彼も、『手を繋いで祈る』ことが助けになると、いつかどこかで聞いたような気がしてきている。どこだったかは覚えていないが。


「私たちを助けてくれたの、シャイードなんだよ、お父さん! 上から落っこちてきた大きな岩、あれをシャイードが一生懸命支えてた。私には見えた! そうじゃなきゃ私たち、今頃ぺちゃんこに押しつぶされていたはずなの!」


 アイシャの瞳がじわりと滲む。彼女は口元をおさえていたハンカチを、目の下にずらした。


「でも、シャイードが……ぅうっ。シャイードが、私たちの代わりに、……潰されちゃった……」


 震える声でそこまでいうと、アイシャはボロボロと涙を流してしゃくりあげた。

 血の繋がらぬ父親は、彼女の頭を腕に抱え込み、後ろ髪を撫でる。アイシャは堪えきれず、大声を出して泣き始めた。

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