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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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墜落 1

(――いや)


 シャイードは石畳の上で反転して身を起こし、落ちているものを確かめるべく四足で歩行した。

 そこには黒い書物が落ちていた。


「アルマ!?」


 シャイードは爪の先で本をつつく。

 それは確かに、見覚えのある魔導書だ。それから上体を起こし、その場に座り込んだ。掌の上に本を載せて観察する。

 傷一つない。


「バラバラに破られちまったはずなのに……」

『にぃに。フォス、本あつめた』


 胸に貼りついていたフォスが、ようやく恐慌状態から覚めて浮かび上がる。


『にぃにのだいじな本』

「べ、別に大事じゃねえけど!」

『だいじじゃ、ない? フォス、むだした?』


 反射的に口をついた反論に、フォスの声が曇った。シャイードは「うっ」と唸って言葉を飲み込む。


「……そうかフォス。お前、俺と厄災が戦っている間、自分の出来ることをしていたんだな。バラバラになって散らばっていたアルマを、一カ所に集めたのか」

『うん』


 フォスはシャイードの掌、魔導書の隣に降りたって、頭を上げた。撫でてと言わんばかりだ。

 シャイードは目元を和らげ、フォスの頭を指で撫でる。改めて、元通りになった魔導書を見下ろした。


「魔導書の時は無敵だと聞いてはいたが、流石にあの時は肝を冷やしたぜ。厄災の攻撃は、お前にとって綻びなのかと思ったし。……おい、アルマ? 聞こえているか?」


 黒い表紙を、爪の先でつついてみる。アルマは無言だ。


「いい加減、人の姿になったらどうだ? あ、もしかして、魔力切れなのか?」


 シャイードはため息を吐いた。

 顎に向けて、掌を持ち上げていく。途中でフォスが離れた。

 首を露わにし、魔導書を逆鱗にくっつけた。


「ほら。人の姿を取れる程度になら、持っていって良いぞ。俺の魔力」


 目を閉じ、眉間に皺を寄せる。

 自ら進んで逆鱗をすりつけるなど、恥ずかしいし照れくさいしムズムズして不快だが、アルマには聞きたいこともあった。

 鱗を剥がれたかのようなビリッとした痛みが走る。シャイードは顔をしかめたのち、片眼を先に開いた。手を下ろして、魔導書を見守る。

 魔導書が光って、その形がもやもやと歪んだ。それが人の形を取ろうとしたところで、また元の本に戻ってしまった。

 見ている間に、再び本の輪郭がぼやけたが、それだけだ。

 シャイードは鼻面に皺を寄せる。破れたことと関係があるのかわからないが、どうやら今のアルマは、人型になれないようだ。


 その時、地面ががくがくと揺れた。


「!? 地震?」


 反射的に言ってから、ここが空中であったことを思い出す。身体がふわりと浮く感覚があった。


「落ちてる、のか?」


 シャイードは周囲を見回す。浮島の空は、いつの間にか現世界の青空に戻っていた。浮かんでいる雲が、上に向かってすっ飛んでいく。やはり、落下している。

 シャイードは掌の魔導書に困惑した視線を向けたのち、これを口の中に放り込んだ。

 石畳を蹴って飛び立つ。フォスも従った。


 西に向かって水平に飛ぶ。浮島の領域を出た途端、シャイードは心臓をぎゅっと掴まれる心地を味わった。

 眼下の景色に、非常に見覚えがある。右手には故郷の山、そこから広がる森林地帯。進行方向のずっと向こうに内海の煌めきが見える。

 そして浮島の真下は森が切れ、すり鉢状に土地が削れたクルルカンの遺跡があった。


 浮島に降り立ったとき、既視感があったのも当然だ。

 クルルカン遺跡の周囲に残っていた石畳と同じものが、浮島の広場に敷き詰められていたのだから。壊れた建物もそうだ。探索の中で散々目にしてきた石材、建築様式、模様。

 浮島はクルルカン遺跡の一部だ。


「まずい!!」


 一瞬で理解したあと、シャイードは身体を捻って方向転換した。頭を下にして、地面に向かって矢のように飛ぶ。

 両目を細めると、遺跡の入口付近に人が集まっているのが見えた。


「なんで!?」


 シャイードは叫んだ。よりによって、人数が多い!

 少人数なら救い出せただろうが、遠目にも無理だとわかる。このままでは、人々が落下する浮島の下敷きになる。

 まだ高度はあるが、落下速度は加速している。目算、数十秒。走って逃げたところで、絶対に間に合わない!!


「逃げろ!!!」


 それでもシャイードは大声で叫んだ。

 声が届いたかはわからないが、何人かが顔を上げているのが見えた。

 翼よ千切れよとばかりに飛びながら、シャイードの頭は、めまぐるしく動いた。

 浮島はシャイードが殴って壊せるほど小さくない。

 アルマの魔法には頼れない。

 扉神は帰還してしまった。

 ――絶望的だ。


(駄目か……!)


 諦めようとしたその時、窪みの中心付近にアイシャが立っているのが見えた。


 ◇


 扉神が消えたことで、祈りを捧げていた人々はぼんやりとしていた。夢から覚めたばかりのように、今まで何をしていたか、ここがどこだったか、わからなくなっている。

 それから徐々に、記憶が戻ってきた。


「祈りが届いた、……のかな?」


 アイシャが手を繋いだまま、父を見上げる。父は唇をへの字にして、片眉を上げていたが、娘を見下ろして頷く。


「わからんが、俺の直感は上手く行ったと告げている」

「そうだよね。……」

「どうした、アイシャ?」


 にこりと笑った娘が、突然顔色を変えて黙り込んだので、店主は彼女の顔を覗き込んだ。


「見て!」


 アイシャは片手で空を指し示す。


「何か、落ちてくる!」


 その声に、人々が顔を上げた。


「何だ?」

「隕石……?」


 丁度その時、上空から雷鳴のような吠え声が聞こえた。

 人々は弾かれたように走り始める。小さいと思えた影が、みるみる大きくなっていったからだ。


「アイシャ!」

「うん!」


 店主も娘も、ほとんど同時に走り出している。走って走って走って、見上げたい気持ちを抑え込んだ。見上げればその分、速度が落ちる。転ぶかも知れない。

 とにかく走るしかない。

 アイシャの左前で、ローブ姿の術師が振り返り、足を絡ませた。


「あっ!」

「立ち止まるな、アイシャ!」


 父親は言って娘を促しつつ、前につんのめる術師のベルトを掴んで軽々と持ち上げた。アイシャはほっとし、遺跡の端へと走る。階段が見えてきた。

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