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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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人のチカラ

『――ふぅっ!!』


 妖精樹であるシアの思考が乱れた。

 祈りの最中さなかにあっても、細い意識の糸を繋いでいたシャイードの心に、強い衝撃があったことがわかった。


『大丈夫、シア?』

『わたし、へいき。でも、』

『わかってる』


 妖精樹に両手を当てたトウの額には、玉のような汗が浮かんでいた。眉間にはずっと皺が寄ったままだ。


『お願い。どうかみんな、力を貸して! 今、あなたたちと世界のために、戦っているひとがいるの……!』


 妖精樹を取り巻いて、スティグマータたちが輪を作っている。彼らの間には妖精たちも交じっていた。

 ロロディやローシ、それにエルベロも。

 妖精たちは共振力ウィルを持たない。しかし彼らには、別の力があった。

 スティグマータの心話の力を借り、妖精たちは世界中の仲間に語りかけていた。


 ◇


 アイシャは悲痛な叫びを受け止め、ぎゅっと眉根を寄せてから目蓋を開いた。

 片手は耳に当てたままだ。

 心配そうに覗き込む父を見上げる。


「お父さん。誰かが助けを求めているんだよ」

「まさか、遺跡に取り残された奴らの声が聞こたのか?」


 アイシャは首を振った。


「違う。けどそれも繋がっているんだって、全部」

「繋がってる? 何が」

「世界の危機」


 突然の単語に、父親は顔面に水鉄砲でも喰らったかのような表情になった。

 娘が珍しく冗談を言っているのかと思ったが、彼女のまなざしは真剣だ。だから店主も、すぐに真面目な顔になった。それでも困惑は隠せない。


「いやしかし。誰かを助けろったってお前、何をどうすりゃいいんだ?」


 大柄な店主は首の後ろに片手をあて、眉尻を下げて周囲を見回した。遺跡には引き上げ屋やギルド職員が集まっているが、”声”が聞こえていそうな者は一割ほどだ。

 聞こえない者たちは店主と同様に困惑していた。


「手を繋いで、祈れば良いのね?」


 アイシャが突然、別の誰かと話し始めたので、店主は視線を落とす。彼女の顔の傍に、いつの間にか小さな妖精がいた。背中にトンボの羽を生やした掌サイズの妖精だ。

 遺跡を取り巻く森には妖精が棲んでいるが、進んで人間の前に出てくるのは珍しい。店主は目を丸くした。

 リンリンと鈴音をさせているだけに聞こえるが、アイシャには伝わっているようだ。


「お、おい」


 店主が手を伸ばすと、妖精はすうっと姿を薄れさせて消えてしまった。目の錯覚かと瞬く。

 と、アイシャがハンドアクスを腰に差し、片手を差し出した。

 唇をへの字に結んで、眉をキリッと持ち上げている。瞳には強い光があった。

 意見を曲げない時の顔だ。


「手ぇ繋いだからって……」

「いいから! 皆さーん! 急いで近くの人と手を繋いで下さい!」


 アイシャは強引に父親の無骨な手を握り、もう片手を大きく振った。店主は小さく首を振りながら、戦斧を背負う。

 呼びかけられた者のうち、”声”を聞いていた者は素直に近くの者に手を伸ばした。だが、何も聞こえたなかった者たちは、明らかに引いている。気味悪そうな顔で見つめる者もいた。


「お願い! 凄く大事なことなんです!!」

「い、いや。そんなことより、遺跡への対処が」

「それよりも大変なことなんです! 私たちが祈らないと、世界が壊れてしまうと妖精が」

「妖精……? なーんだ、妖精に化かされたのか?」


 中年の引き上げ屋がハハッと小馬鹿にしたように笑う。直後、ヒッと小さく悲鳴を上げて仰け反った。

 必死の表情で手を伸ばす娘の背後に、怒りの形相で睨み付けてくる大男がいる。

 こめかみに血管を浮き上がらせ、全身から闘気を立ち上らせていた。両腕の筋肉は膨れあがり、後ろには巨大な熊の幻影が見えるような見えないような……。

 アイシャを笑った引き上げ屋は、慌てて両手を近くの者と繋いだ。それを皮切りに、その場にいた者たちが次々と手を繋いでいく。

 手を繋ぐと、それまで何も聞こえなかった者たちの脳裏にも、トウとシアの祈りが聞こえた。

 復活した浮島のイメージが目蓋の裏に結ばれ、世界中で起きている数々の異変の映像が流れていく。

 人々は息を飲んだ。目の前で起きた遺跡の異変の意味を知る。彼らのイメージが、トウやシアに伝わり、さらにどこか別の場所へと流れた。


『”滅びの魔神”を還すために』

『扉を開きたい』

『どうか』

『どうか』

『お願い』

『お願い』

『扉神に祈って。大切な誰かを守りたいなら!』


 人々の心に、深層心理に植え付けられた白い神と黒いドラゴンの姿が思い浮かぶ。彼らは祈るのが正しいと、既に知っていたことを思い出した。


 ◇


「うぉああぁあっ!!」


 シャイードは空に留まる厄災に向かって、闇雲に攻撃を仕掛けていた。急旋回、急降下、錐もみ飛行など素早さを駆使して巨大な金竜に迫り、その鱗に爪を立てる。

 打撃はまるで効いた様子がない。そんなことは初めからわかっていたが、シャイードは攻撃の手を緩めなかった。

 厄災に魔法を使う隙を与えてはならない。炎の魔法は怖くないし、それ以外の攻撃魔法も、ある程度は避けたり耐えたりする自信がある。

 だが先ほどの黒い渦のような精神を攻撃する魔法に対して、シャイードは人と同程度の耐性しか持たない。厄災にはおそらく、それを学習されているだろう。

 シャイードが近接攻撃を仕掛けている間、厄災も肉弾戦で応じた。

 敵は大柄な体格からは想像できないくらい、動きが速い。それでもシャイードは、爪による斬撃を紙一重で躱し、厄災の横っ面に尻尾でカウンターを入れた。


「ハハッ、ザマァ見ろ」


 敵はドラゴンの姿をしているが、どうもその姿に”慣れていない”ように感じる。例えば尻尾があるのに、尻尾があることを”忘れている”というような。


(アイツはドラゴンではないと、アルマも言っていたな)


 シャイードが考えた傍から、急に尻尾を使い始めた。そうなると今度は、尻尾でばかり攻撃してくる。

 厄災の尻尾はシャイードのそれよりも長い。

 シャイードは鞭のようにしなる尻尾を躱し、タイミングを計って両手で捕まえた。

 それを持ったまま、力の限り背後に飛ぶ。

 厄災が空でバランスを崩した。


(よし! このまま振り回して、遠心力で!)


 そう考えた直後、シャイードの首に何かが巻き付いた。


「!?」


 ギリギリと締め付けられる。片眼を眇め、首に巻き付いたものを目で追った。それはなんと、厄災の二本目の尻尾だ。


「ず、……りぃ。さっきまで、一本」


 シャイードは一本目の尻尾を手放した。首を絞めつけてくる二本目を剥がさねば、いずれ窒息死だ。

 一本目の尻尾は自由になった途端、シャイードの身体を激しく打ちすえ始めた。しかし今はそれに構っている余裕がない。首と尻尾の間に爪を入れ、必死で引きはがそうと試みる。


「く……っそ」


 表面は硬質なのに、ゴムのような弾力があった。シャイードの首とて鱗に覆われているから、そうそう簡単に窒息はしない。しないが、このままでは……


(そうか!)

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