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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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姿を曝して

 城壁に配置されていた弓兵が我に返り、ドラゴンを狙う。しかし手が震えているのか、放たれた矢は、悠々と空を飛ぶシャイードにかすりもしない。


「彼を射るな! ドラゴンに手を出してはならぬ。何人なんぴとも!」


 レムルスは、バルコニーから身を乗り出すようにして命じた。遠目にも、兵士たちが戸惑ったのがわかった。


 エルデンら浄火教徒は、丸く固まっていた。周囲には信徒やそれ以外の民衆が集まってくる。


「あ、案ずることはない! ドラゴンは浄火神の使い、我らは炎から守られて」

「なら早く何とかしてくれ! 炎より先に、踏みつぶされる!!」

「落ち着いて! 押さないで」


 彼らはもみくちゃにされて、祈ることも出来ずにいる。



「定命の者たちよ、我らを恐れることはない」


 アルマがシャイードの頭の上で立ち上がった。角に片手を添え、もう片方の腕も大きく広げる。長い髪も衣装も大きくはためき、彼の身体を目立たせた。

 フォスがアルマの頭上で輝きを強くする。まるでアルマ自身が輝いているかのように。

 アルマの声は、荒げたわけでもないのに良く通った。魔法を使った様子はない。劇場での発声練習が、意外なところで役立った。


 シャイードは旋回しながら中庭を見下ろした。人々が門に集まったせいで、レムルスのいるバルコニーの近くに隙間が出来ている。

 そこに向けて、シャイードは高度を落とした。

 付近に留まっていた兵士や人々も、一目散にその場から逃げだす。黒竜は地上の近くで一度、大きく翼をうって落下速度を殺し、ずしんと地響きを立てて降り立った。

 頭を持ち上げると、バルコニーにいるレムルスと目があった。

 レムルスは見たこともないくらい、表情を輝かせている。近づこうとするのを、クィッドに必死で止められている様子だ。

 屋内にいた者たちも、恐怖と好奇心の間で葛藤しつつ、覗き込んでいる。トゥルーリ老は、額に汗してレムルスにさらなる防護の魔法を重ねがけしていた。


「我はアルマ。汝らを救うべく、この現世うつしよに顕現した。安心せよ、危害は加えぬ。我も、このドラゴンも」


 アルマが平坦な口調で民衆に語りかける。

 門に向かっていた人々は振り返り、アルマの姿を目にして呆けた。


「神だ」「神が降臨された……」「お姿に見覚えがある。どこかで」「あたしも知ってる!」「夢で見た、ような」「アルマ……、救世神」「そうだ、救世神だ」


「我らは厄災を――汝らのいう”滅びの魔神”を倒すために、この地に来た。しかしそのためにはヒトよ。汝らの共振力ウィル、すなわち祈りの力が必要である」


 アルマは胸に手を当てた。


「救われたくば、隣人と手を結べ。心を一つにし、扉神に祈るがいい。願いが満ちたなら、厄災をこの世界から追放できよう。スティグマータと協力せよ。彼らこそが扉神と汝らを繋ぐ者。神聖なる神の使いだ」


 アルマの言葉が、人々の心にしみ通っていく。


(コイツもまあ、堂々と嘘をつくようになった……ん?)


 神を騙る大嘘をついているはずが、アルマの言葉に嘘は一つもなかった。

 シャイードは少しだけ笑った。嘘をつけなくもないとはいえ、可能な限りつきたくないらしい。


「スティグマータ……」


 やはり人々はそこに引っかかりを感じたようだ。お互いの顔を見て、困惑している。ざわざわとした声が上がり始めていた。

 長い間信じてきた差別の心は根強い。

 神が目の前に現れてもなお、その嫌悪感をすぐに払拭は出来ないらしい。

 シャイードは苛立った。

 彼は片足を踏み出し、ガアッ!! と咆哮した。

 大地は揺れ、城壁が震動し、空気が衝撃波となって中庭を薙いだ。

 人々はその一声に、魂が消し飛びそうなくらい恐怖した。


「お前らいいかげんにしろよ! 世界が滅びそうなこの時に、まだ大昔の誰かが作った嘘にしがみつくのか!?」

「シャイード」

「スティグマータは悪じゃねえ! アイツらがどうしてお前らと口を利かないんだと思う? なあ、知ってる奴はいるか? 考えた奴が一人でもいるのか!?」


 人々は恐怖に続いて、ドラゴンが突如として流暢な共通語で語りかけてきたことに驚き、思考が停止している。小刻みにふるえながら首を振っていた。

 シャイードは片腕を振り回した。


「お前らが!! スティグマータと関わると不幸になると信じているからだ! アイツらはお前らを不幸にしないために、口を利けるやつだって利かねぇんだよ! 言い訳できるときだってしねえんだよ! お前らのため……、全部お前らのためだ! 蔑んでくるお前らのため、石を投げてくるお前らのため!」

「し、しかし、スティグマータには罪が!」


 深緋色のローブを纏った者が叫んだ。

 シャイードはそちらに目をむけ、牙をむきだした。


「お前らには何の罪もねえのか!? 嘘をついたことも、誰かを裏切ったことも、他人を見下したことも、傷つけたことも、盗んだことも、暴力をふるったことも、脅したことも、約束を破ったことも、妬んだことも、欲張ったことも、怠けたことも、責任をなすりつけたことも、奪ったことも……なあっ!? どんな些細な罪も、何一つ犯していないと胸を張って言えるやつがいるのかよ! 誰かを許さないということは、自分が許されないということだ!! そんな世界なら、確かにいっそ壊れちまった方がいいのかもな。最後は孤独な罪人で溢れるばかりに違いねぇから!!」

「シャイード」


 アルマの二度目の呼びかけに、シャイードは我に返った。つい熱くなってしまい、口を利いてしまった。

 ”凶暴だが神には従順な獣”を演じる予定だったのに。

 周囲はしんと静まりかえっている。



「……祈ろうよ」


 誰かが言った。


「世界のために、みんなのために祈ろうよ」

「そうだ、な。祈ろうか」

「祈るのが正しいと、心が言っている」

「わかる。わたしもそう感じる」

「夢の中でも祈っていた」

「祈ろう。スティグマータと共に。僕も同じ罪人だ」

「信じてみよう。神と……ドラゴンの言葉を」


 人々は一人、また一人と、近く者と手を繋ぎ始めた。点は線となり、線は輪となっていく。

 まだ迷い、戸惑っている者はいる。

 けれど、強く否定する根拠もなかった。手を繋ぐと、何か不思議な力が自分の中からわき上がってくるのを感じた。


「ま、待て! 扉神など……、祈るなら浄火神に!」


 周囲の民衆が輪を作っていく中、浄火教徒たちは孤立し、慌てふためいた。


 その時、バリバリという大気を切り裂く轟音が、曇天から鳴り響く。

 雷かと思い、人々が上を仰いだところ。

 空に大きな亀裂が出来ていた。亀裂の向こう側は、暗い、万色が不気味に渦巻く奇妙な空間だ。


「裂け目だ」


 アルマが言った。目眩から、シャイードにもわかった。世界膜が、大きく引きちぎられた。


「まずいだろ……どこと繋がった!?」


 アルマは額に手を翳し、目を眇めた。

 裂け目の中にぽつぽつと、石つぶてのようなものが見える。


「星界、であろうか」

「それって……?」

「星が降る」


 石つぶてが明るく輝き始めた。それらは重力に引かれて転がり落ちてくる。

 空にナイフでつけたような傷が、放射状に現れた。幾つかは地上に落ちる前に燃え尽き、幾つかは空中で弾けて複数の火球となった。

 そして幾つかは、ドンという地響きに変わる。


『シャイード。聞こえる!?』


 突如、シアの焦った声が、シャイードの脳裏に伝わってきた。シャイードは片手を耳に当て、頷く。


「聞こえてる! どうだ? ニンゲンたちが祈り始めたが」

『感じる。扉神、力増してる』

「何とかなりそうなのか!?」

『わからない。すごく、少しずつ、だし』


 シャイードは舌打ちした。


「そりゃそうだよな……。この帝都の、王宮に集まった分だけじゃ」

『もう少し力、たまれば、わたしたち、大勢に話しかけられる。妖精たち、協力してくれる。やってみる』

「ああ、何とか頼む。……レムルス!」


 急に名を呼ばれたレムルスは、クィッドの腕を抜け出してバルコニーの端へ、シャイードの傍へと走った。


「どうしたシャ……、ドラゴン!」

「いけね。アルマ!」

「ああ、うむ。皇帝よ。共振力ウィルをできる限り集めて欲しい」

「祈れということだな? わかった。今この場で祈っている者たちに広めて貰おう。けれど」


 彼は心配そうに天の裂け目を仰いだ。


「あっちは我らが何とかする。汝はとにかく沢山の祈りを」

「わかった。シャ、ドラゴン。気をつけて」


 レムルスは両手を伸ばした。シャイードは迷った末、片手を彼の傍に運んでいく。

 レムルスはシャイードの大きな指を、両腕でぎゅっと抱きしめた。


「絶対、絶対、ぜっったい、無事で帰ってくるんですのよ。死んだりしたら、幾ら友達でも一生許しませんわ!」


 青い瞳に涙を浮かべ、ユリアが見上げる。

 シャイードは困ったような笑みを浮かべた。


「……祈っててくれ」


 それから翼を広げ、一息に飛び立った。

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