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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
325/350

ドラゴンと宝

「出に、くいなぁ」


 シャイードは皇族の中庭に腰を落とし、東屋の二人を見つめて頬を染めていた。

 女性に膝枕され、レムルスはうとうととしている。


 厳戒態勢の夜の王城には、忍び込むしかなかった。白い衣装を身に纏い、本領を発揮したアルマは、出会う護衛を次々に魅了して二人は奥深くに入り込んだ。

 最後にはクィッドが立ちはだかったが、彼は魅了する必要がない。

 シャイードを見たクィッドは直立不動の姿勢から、両手と両足を開いた姿勢になって驚愕を現したが、表情にはほとんど変化がなかった。

 言葉すら一言だ。


「生きていたか」


 シャイードは頷く。


「レムルスに約束したより、戻りが遅くなっちまったけどな」


 帝国の存続に関して、最重要と言える話があると正直に伝えたところ、レムルスがまだ起きていることを教えてくれて、中庭に通してくれた。クィッドはビヨンドを目の当たりにした一人で、帝都の周囲に現れた異形のことも知っている。


「あやつがレムルスの結婚相手であろうか」

「多分そうなんだろ。……ん? なんか」


 シャイードは目を擦った。


「大きい女だな」


 アルマがそう言ったことで、目の錯覚ではないのだと気づく。レムルスが、いつもよりも小さく見えたのだ。

 シャイードがタイミングを見計らっている間に、アルマは立ち上がり、すたすたと歩き始めた。


「あっ、おい!」


 小声で呼びかけるが、アルマは聞こえないふりをする。エローラはすぐに彼の接近に気づき、身を硬くした。両腕を広げ、レムルスを庇おうとしている。レムルスが何事かと頭を持ち上げた。


「……アルマ?」

「我だ」


 シャイードはため息をついたあと、鉢植えの陰から出た。何かを探して空を彷徨っていたレムルスの瞳が、シャイードの上で止まる。

 シャイードは片手を挙げた。そのままアルマの隣まで歩く。フォスは再びマントの中に隠れていた。


「よお。……遅くなった」

「シャイード!」


 レムルスは表情を輝かせた。東屋の椅子から立ち上がり、傍まで駆け寄ってくる。エローラも椅子からは立ち上がったが、その場で様子を伺っていた。


「すごく心配したんだぞ! クルターニュ山のドラゴンに、食べられてしまったかと思って」

「予想外のことが立て続けに起こってな。悪ィ」


 シャイードは首の後ろに片手を当てて、居心地悪そうに足を踏みかえた。


「それでドラゴンは? イヴァリスには会えたか?」


 問いを受け、シャイードはアルマを見た。アルマは瞳だけをシャイードに向けた。

 レムルスは二人を見比べて、答えを待っている。


「あー、それなんだが……。その、……驚かないでくれよ」


 シャイードは一度迷うように言葉を切ったあと、覚悟を決めた。


「イヴァリスが、ドラゴンだった」

「えっ……。それは、どういう」

「お前の親父がクルターニュ山でドラゴンを殺したとき、卵を壊されてなお生き残ったドラゴンがいた。それがイヴァリスだ。当然、お前の親父はそれを知っていて、そばに置いたんだ」


 アルマが目蓋を持ち上げるのが視界の端に映った。レムルスは当然のごとく目を丸くしている。


「そんな、……まさか」

「お前が言っていた通り、イヴァリスはドラゴン退治だと言って、部隊を引き連れてクルターニュ山へ赴いた。だがそれは偽りだった。アイツはそこで赤竜の本性を現し、部下たちを皆殺しにした。ニンゲンへの復讐のために」


 レムルスはふるえ、その場でがくりと膝を折った。

「陛下!」と、エローラが駆け寄ってくる。レムルスの傍に片膝をつき、彼の両肩に心配そうに手を添えた。

 シャイードは彼女が寝間着姿であることに気づき、金の瞳を動揺させた。


「大丈夫だ、エローラ。すこし、……驚いただけだ」


 レムルスは片手を立てて助力を拒み、自力で立ち上がる。そしてシャイードを真っ直ぐに見据えた。


「それで? お前はどうやってそれを知ったんだ、シャイード」

「えっ。それは、その。山に焼け焦げた死体が沢山あって」


 レムルスは首を振る。


「焼け焦げた死体を見たら、山にドラゴンがいるとは思うかも知れない。けれどドラゴンがイヴァリスであることや、卵から生き残っていたことなどは知りようがない」


 レムルスの指摘に、シャイードは唾を飲み込む。先ほど、アルマが驚いた理由がわかった。シャイードはつい、知っていることを喋りすぎてしまったのだ。


「それは、その」


 シャイードは言い訳を探して瞳を泳がせる。そうしてしまったことで、次の言葉が出任せであるとレムルスに悟らせてしまう結果になった。


「正直に話してくれ、シャイード。僕はどんな事実でも、受け入れてみせる」


 レムルスは自身の肩に手をやった。そこには未だエローラの手が載っており、彼はその手を無意識にぎゅっと握った。エローラの目元が和らぐ。


「イヴァリスと話したんだな?」


 相手が言葉に詰まってしまったのを見て取ったレムルスは、先んじて言った。

 シャイードは一瞬だけ目蓋を閉じたが、観念したように頷いた。


「……その通りだ。俺とアルマはドラゴンの巣穴を探して、そこでイヴァリスを見つけた。実のところ、戦いになった」

「なぜ!? イヴァリスがお前を襲ったのか?」

「そんなに驚くことか? アイツはニンゲンを憎んでいたんだぞ」


 レムルスは唇の間に親指の先端を宛がった。爪を噛む。しばらく考え込んだ後で、レムルスはシャイードを真っ直ぐに見つめた。


「町で噂話を聞いた。つがいのドラゴンが飛ぶ姿を、複数の者が見かけたという」

「!」


 シャイードの顔色が変わったのを、レムルスは見逃さなかった。

 二人の視線が、空中でぶつかり合う。夜気に緊張が満ちた。

 シャイードは動けなかった。口の中がからからに乾いて、唾を飲み込んでも満たされない。レムルスは一度視線を外し、アルマを見遣った。

 アルマは無表情で、そこからは何の情報も得られない。レムルスはしかし、なぜアルマが劇の衣装を着ているのだろうと訝った。

 シャイードに視線を戻すと、彼は俯いていた。

 レムルスはエローラの手を優しく肩から外し、シャイードに大股で一歩近づく。そしてマントの下から彼の手を取った。

 シャイードは勢いよく顔を上げた。

 レムルスは微笑んでいる。


「よく聞いてくれ、シャイード。お前がもしも僕が思った通りのもの(・・)だとしても、僕の気持ちは何も変わらない」


 シャイードは目を見開いた。

 レムルスは自嘲する。


「むしろ今までの不可解なことが、氷解していくようだよ。お前は僕を嫌って拒絶したわけじゃない。お前の出自になにか、そうせざるを得ない理由があったのだと今では思える。違う?」


 シャイードにはそれが、”友達になること”を断ったときのことだとわかった。人間からの信頼や愛情は、黒竜にとって猛毒。だからレムルスからの友情を、受け取るわけにはいかなかった。

 レムルスは相手の無言を、肯定と受け止めて頷く。


「シャイード。お前は世界を救う旅をしている。僕はお前のその言葉を疑ったことはないけれど、今、本当に危機に直面して、改めてお前の力を借りたいと思っている。友達じゃなくていいんだ。ただ、……協力者であれば」

「俺、は……」


 シャイードの声は掠れた。金の瞳は、自分の手を包み込む、一回り小さな手を見つめている。


「ともだち、でも、……いい。なってやっても」


 ようやく言って、ぎゅっと目を瞑った。心臓に突き刺ってくる痛みに備えた。


 ドラゴンだと知っても、友達になってくれる人間。

 そんな人間など、この世界のどこにもいるはずはないと思っていた。人間とドラゴンの歴史は、憎しみと復讐の連鎖だったから。

『たった一人。たった一人だけ、ドラゴンでもキミを好きって言ってくれる人を見つけるだけで良いんだもん』

 懐かしい声が耳の奥で語る。

 信じられなかった。

 けれど実在した。

 閉じた目蓋の内側で、シャイードの瞳が潤む。

 どんな痛みと引き替えでもいい。強さを失ってもいい。

 俺は、これが欲しい! 友達が、欲しい!!


(刺さるなら刺され! 幾本のまばゆい剣に心臓を貫かれようとも、耐えてみせる。なぜなら俺はドラゴンだから! 世界で最強のドラゴンだから! 世界も、ドラゴンも、友達も! 欲しいものは全部、全部、全部! 手に入れてやる。誰にも奪わせはしない!!)


 ――だが、何も起こらない。

 たった一本の痛みすら、心臓に突き刺さらない。


 シャイードはまず片眼だけ開き、それからもう片方の目蓋も開いた。

 視線を持ち上げると、驚いたレムルスの顔が見える。彼の視線はシャイードの胸元に向かっていた。シャイードもつられて目を落とす。

 手を握られたせいでたわんだマントの合わせから、光が漏れていた。

 そこではドラゴン姿のフォスが、胸にぴったりと貼りついて輝いている。

 フォスは顔を上げた。目を心地よさそうに細めて、小さな口を開ける。


『にいに。これ、フォスがもらうね。フォス、うれしい。にぃに、いたくない』

「ドラゴン!?」


 レムルスが息をのむ。その後ろにいたエローラも、口に手を当てていた。


「や、これは違くて! 訳あって形は変わったけど、フォスだ! 光精霊の」


 シャイードは慌ててマントの合わせを閉じ、身体を斜めにする。


「ああ……」


 エローラが絶望的な声を出した。

 レムルスは最初の驚きから回復すると、口元を和らげる。


「嬉しいよ、シャイード。……ありがとう。お前は僕の……、初めての友達だ!」

「……ん」


 今さらながら、照れが来た。シャイードは頬を赤らめ、明後日の方を向いていた。


 その後、レムルスはシャイードたちを私室に招き入れた。彼らは世界を救う方策について夜を徹して話し合った。

 最後にレムルスは、棚に置かれた”猫ちゃん”に目を向けた。

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