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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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神の創造

 シャイードは幻夢界で、ドラゴンの姿に戻った。


「アルマ。お前、運命神を演じたときの姿になれるか?」

「なぜ?」

「俺が黒いから、お前も今の姿だとぱっとしねえんだよ。演出だ」

「もちろん容易い。あの姿は、細かいところまで記録してある」


 言うなり、アルマは白い長衣に身を包んだ、神々しい姿に変わった。髪の煌めきも、顔に施された化粧も、以前見たままだ。

 シャイードは息を吸い込む。

 彼はアルマに思惑を語った。アルマがきちんと理解したことを見て取ると一つ頷く。


「よし。フォス、お前はちょっと待っていてくれ。水の下は危ねぇからな? アルマ、俺に乗れ」

「わかった」


 アルマはシャイードの角をつかみ、頭の上に立つ。


「水の下に入ったら、お前は神になれ。いくぞ!」

「汝こそ、自我をしっかり守れよ。シャイード」


 二人は黒い水面に勢いよく飛び込んだ。


 水の中に入った途端、周囲に大量の思念を感じる。


 ……『だれ』『だれだ』『だれかきた』『なにかきた』『なんだ』『大きい』『こわい』『おびやかされている』『わからないものに』『囲まれている』『助けて』『こわい』『こわい』『こわい』『……』……


 人々の集合的無意識は、浮島の出現と共に引き起こされたビヨンドの大量出現にとまどい、怯えているようだ。

 シャイードの心にも、怯えが忍び込んでくる。


(やめろ! 俺は怖くなどない。お前らの気持ちは、俺の気持ちじゃない)


 必死に自我を保とうとする。

 アルマが片手を大きく横に振り払った。水流が、人々の感情を一時的に遠ざける。


「世界の終わりにおびえる者たちよ、我が言葉を聞くが良い」


 ……『だれ』『だれ』『だれ』『美しい』『まぶしい』『なんと美しい』『……すき』『きれい』『ほしい』『だれだ、あれは』……


 今度は人々の好意と欲望が押し寄せてくる。シャイードはその圧に耐えつつ、無性にイライラとした。


(コイツの事なんて、何も知らないくせに)


 牙をむき出す。アルマが片足をトンと踏みならし、シャイードは我に返った。

 今のは誰かの独占欲だ。ここは嫌いだ。自分の気持ちと、周りの気持ちがすぐにごっちゃになってしまう。


「我はアルマ。魔法仕掛けの神デウス・エクス・マギーアだ。汝らを救うために降臨した」


 ……『なんだって』『神?』『神』『神と言った』『ああ、確かに』『神に見えるわ』『神に間違いない』『助けてくれる』『救ってくれる』『救世神』『助けてほしい』『救ってほしい』『こわいのはいや』『死にたくない』……


 アルマは両腕を緩やかに広げた。


「救いを願う者は、祈りを捧げよ。隣人と手を繋ぎ、心を一つにせよ。さすれば悪しき者は扉の向こうへ、永劫の闇へと追いやられるであろう」


 ……『ああ、よかった』『助けて貰える』『祈ります』『助かりたい』『神様』『救世神』『アルマ神』『神よ』『神よ』『神よ』『助け給え』『救い給え』……


 アルマは右手を持ち上げた。


「滅びの魔神を、”ここではないどこか”へ。扉の向こうへ」


 ……『ここではないどこか』『ここではないどこかへ』『扉』『扉の向こう側へ』『追放する』『祈る』『願う』『祈ろう』『皆で』……


 不安と怯えに満ちていた集合的無意識が、アルマという神の形を目の当たりにして、穏やかにまとまっていく。

 信仰、法悦、共振。

 どれもシャイードにはなじみのない異質な感覚だ。


『ぅう……』


 吐き気がする。信仰とは、神に対する巨大な信頼だ。身も心も差し出し、委ね、従うほどの。アルマに向けられたその感情の余波を、シャイードも浴びていた。

 黒竜にとっては猛毒である信頼と愛情。圧倒的な共振の渦に身を縛られ、真っ暗な深淵に引きずり込まれていく。手足が急速に冷えた。


 沈む、沈む、沈む。


 底の方にある、青みがかった暗黒。その奥から、懐かしい歌が聞こえてきた。以前にも聞いた穏やかなハミングだ。


(子守歌――)


「シャイード、どうした。沈んでいるぞ」


 頭上にいつのまにか、白い何かが乗っている。それがわからない言葉を発していた。

 何かが心に引っかかる。けれど、下方に存在する気怠い静謐の方が魅力的だ。


「シャイード! 自我をしっかり持て」

『じが? じがってなんだ……』


 霞のかかった思考は、カラカラと空回った。シャイードは目を細め、微笑む。沈めば沈むほど、平穏で、幸せで、満たされた気持ちになった。

 酷く眠い。


 ――だから、ねちゃだめだってば! にぃに!


 どこからともなく白い光が飛んできて、シャイードの周りをくるくると回った。昏い世界で、場違いなほど明るい。

 シャイードの目蓋が少し持ち上がり、金の瞳がその光を追う。


『光……。懐かしい匂いがする』


 無意識の海の中で、実際に感じているのは匂いではない。記憶。感情。心の琴線に触れるもの――それらの情報を、シャイードは匂いとして知覚していた。

 光が鼻先に取りついた。


『鼻って、なんだっけ……』


 良く見れば光は、つるんとした丸い頭を持つ、四足で尻尾のある生き物だ。背中から蝙蝠に似た皮翼が生えている。輪郭は発光しているせいかおぼろげで、翼の生えたトカゲみたいだった。

 それは四肢をいっぱいにふんばり、翼をぴんと立てていた。威嚇でもするように。


 ――おきろ! にぃに!! 思い出せ、シャイード!


 光は怒った。光は、爆発した。



『――はっ!』


 シャイードは途端に自分が誰であるか思い出した。アルマが先ほどから彼の名を何度も呼びかけていた。

 深淵からの歌声は相変わらず魅惑的だが、シャイードは翼を打って水面を目指す。アルマに触れようと手を伸ばす無意識たちを振り切り、勢いよく海から飛び出した。空中で錐もみして水を飛ばす。


「ぶはっ……! ハァハァ……また引きずられそうになった……」


 心臓がそれまでの怠惰を取り戻すかのように、激しく脈打っていた。

 アルマが近くに浮いている。彼は腕を組んでいた。


「わかっていても、避けがたい危険というものはある」

「いや、途中までは我慢できてたんだ! けど」

「まあ、あの圧倒的な好意は、汝には毒であったろうが」


 魔導書は首を左右に向けた。


「全く。フォスがいなければどうなっていたことやら」

「……フォス?」


 なぜそこに光精霊の名が出てくるのかわからず、シャイードもフォスを目で探した。

 海上で待つように言っておいたはずだが、付近に光は見えない。最後に水面を見下ろすと、暗い水底から上ってくる輝きが見えた。


「フォス! ……じゃない……」


 シャイードの鼻先に飛んできたそれは、光る小さなドラゴンだった。

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