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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
320/350

相棒

『シャイード、……シャイード、聞こえる? どこにいるの? 無事?』


 満身創痍のまま浮島に向かおうとしたシャイードの心に、誰かが話しかけてきた。シャイードは速度を落とし、空中で羽ばたきながら立ち姿勢になる。無意識に耳に手を当てた。


「その声……、シアか!」

『そう。よかった、無事みたい。いま、みんなの力を借りて、話してる』

「おう、アルマから聞いた。……扉神は」

『応えてくれた』


 その答えを聞いて、ほっとする。第一条件はクリアだ。


『でも、力が足りない』

「えっ? どういうことだ?」


 続いた言葉に、問題の発生を悟る。シャイードは周囲を見回し、一旦高度を下げた。なるべく人目のないところを飛ぼうとしていたため、まだビオルネー山脈の上だ。比較的平らな斜面に降り立つ。


 シアによると、スティグマータが揃ったことで扉神を喚び出す回路は通じたらしい。しかし、扉神は長らく信仰を失っていたため、厄災を元いた場所に還すほどの力は残っていないとのことだ。


『ごめん、なさい。わたしたち、役に立てない』


 言葉と共に、悲しみと諦めの感情が伝わってくる。それを最後に、シアの気配は途絶えてしまった。


「おい、シア。シア? 参ったな……」


 シャイードは流石に頭を抱えた。厄災は倒せない。だから、元来た場所へと還すしかない。しかし肝心の扉神が力を失っていたとは。


「なにがどうなったのだ?」


 頭の上からアルマが問いかけてくる。彼を掌に乗せ、シャイードは自分の顔前に持ってきた。フォスも一緒だ。彼らに向け、シアの言葉を伝える。

 アルマは腕組みをした。


「なるほど。リソースプールが枯渇しているのか」

「こうなるともう、扉神をあてにはできない。俺たちだけで、なんとか厄災を倒す方法を見つけ出さねえと」

「それは無理だろう」


 アルマはあっさりと、シャイードの希望を打ち砕いた。シャイードはぐるる、と喉奥で唸る。


「でも、今までのビヨンドだって、何とかなってきたじゃねえか! もしかしたら、戦いの中で何か糸口を」

「千年前の英雄たちにも、厄災を知る賢者たちにも、あのサレムにさえも解けなかった問題だ。汝が場当たり的にどうにか出来るとは、我には思えぬ」


 アルマは首を振り、冷酷な事実を突きつけた。シャイードは自尊心を酷く傷つけられる。

 サレムより賢いなどと、思い上がったわけではない。けれどそのサレム本人が出来ると信じたから、弟子である自分にこの難問を引き継いだのではなかったのか。

 シャイードはそう考えていた。サレムの信頼に応えたい。最後の願いを叶えたい。育みの恩を返したい。

 シャイードは牙をむき出した。


「簡単に否定してくれる。なら代案を出したらどうだ? 何でも知ってるんだろ? 賢いんだろ、俺よりもずっと! 少しは考えてくれよ。なあ、俺はどうすれば良い? どうすれば世界を救える? なあ、涼しい顔をしていないで教えろよ!!」


 共に旅をしてきたアルマにも、信じて欲しかった。『汝になら出来る』と言って欲しかった。

 しかし魔導書はいつも通りの無表情で、シャイードを見つめてくる。感情の載らない、黒い瞳。

 シャイードは金の瞳を細めた。


「結局のところ、お前はこの世界がどうなろうと、自分には関係ねえと思っているから、そうやってすぐ諦めるんだ」


 声が一段、低いものとなっている。アルマは反論しない。


「けど……っ! もうやれるのは俺しかいねえんだよ! 俺がやらなくちゃ、なんとかしなくちゃ、この世界はっ! みんなが……、ドラゴンも」


 シャイードは絞り出すような言葉を不意に止めた。

 アルマがシャイードの親指に手を触れたからだ。彼は考え込むように目を閉じていた。

 山を吹き上がる冷たい風が、しなやかな象牙色の長髪を乱している。帽子は飛びそうで飛ばない。良く見れば、フォスが押さえている。黒い長衣は風下に向かってはためき、すらりとした彼の半身のラインを露わにしていた。

 黙って佇む彼は、本当に美しい。それはどうしようもない事実だ。

 短い時間だったはずだが、その間は永遠のようにシャイードは感じた。


「シャイード」


 風が収まり髪が落ち着くと、アルマは優しく聞こえなくもない声音で名を呼び、重たげな目蓋を持ち上げた。


「独りで背負うな」

「アルマ……」

「汝の悪いところだ。汝には駄目なところが沢山ある。傲慢さもその一つだ。我は嫌いではないがな。だがその傲慢さ故に、汝は何でも一人でやろうとする。上手く行っているときはいい。調子に乗った汝は、強い。しかしそうでないとき、途端に脆さを露呈する」


 シャイードは痛いところを突かれて、顔をしかめた。


「確かに我は、この世界がどうなろうと究極的には知ったことではない。知ったことではない、はずなのだが……。どうにも、今はそういう気分・・ではないようだ」


 アルマは胸に手を当てた。黒い瞳が、僅かに揺れる。


「我はもう、本のページがごっそり抜けた気持ちを味わうのは、嫌なのだ」


 シャイードは瞬いた。

 アルマが、感情的な話をしている。言っている意味はよくわからないが。


「だから汝には、ちゃんと我がいるぞ。それにフォスもいるし、レムルスや、スティグマータや、妖精や、他にもこの世界の者たちが。それに死んだ皇帝だって、汝の味方だった」


 汝には我がいる――。

 ただその一言で、追い込まれ、焦っていたシャイードの心が急速に冷やされる。黒々と澱んだ思考に、清らかな水が流れ込んだ。視界がクリアに、すっきりとしていく。


 ああそうか、とシャイードは理解する。


 アルマはシャイードを否定しているわけではないのだ。ただ彼は、持っている情報から冷静に判断を下しただけ。それこそ本に書いてある内容を朗読でもするように。

 シャイードを見くびっているわけでも、馬鹿にしているわけでもない。

 やっとアルマの言の正しさがわかった。

 失敗できない戦いだから尚更、アルマは無茶を通そうとする主を諫めたのだ。

 シャイードは鋭く息を吐いて肩を落とす。


「お前とはホント、全っっっっ然、考えが合わなかったよな!」


 アルマが小さく首を傾げた。シャイードはふん、と鼻を鳴らし、半顔で笑う。


「……。けどまあ。――俺の相棒が、お前で良かったよ」

「相棒」


 アルマは平坦に繰り返す。どうせ否定するんだろうなというシャイードの思惑は外れ、アルマは頷いた。


「そうかも知れぬな」


 シャイードは真顔で瞬いた。アルマの瞳と、目が合う。一瞬の間。


「ぶはっ! やっぱ考えが合わねえわ」


 突然噴き出す主――もとい相棒の姿に、アルマは困惑した。


「今のは珍しく合ったのでは……?」


 シャイードは笑って答えない。ただ、困惑する魔導書を見て少しだけ胸がすいた。


 その後、冷静になった頭で少しの間考え込んだシャイードは言った。


「一つ、確かめたいことがある」

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