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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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地上への道 2

 フォスに照らされ、次々と浮かび上がる蟻の氷像は不気味だった。

 シャイードの背後でアイシャは無言だったが、時折つないだ手がびくっと反応する。


「安心しろ。動かない」

「わ、わかってる。……けど……」


 肩越しに振り返って確認すると、アイシャは何か大きな物を大顎に挟んで運ぶ蟻を見上げていた。

 もちろん凍りついている。

 運んでいるものの正体については、シャイードですらあまり考えたくない。幸い、氷の表面に霜が降りていて、はっきりと何かは分からなかった。

 その奥は小部屋になっているようだ。餌の貯蔵庫か、幼虫の育成部屋か、はたまた……


「蟻たちは、大家族、……だね」

「………」

「こんなに大きなごはんを、運べるんだね」

「ごはん、ね……」


 アイシャが図書室からなくなったものについて、知らなくて良かったとシャイードは思う。

 壁と蟻との隙間を通り抜けながら、彼は皮肉そうに鼻で笑った。

 続くアイシャを振り返り、つないだ手を引いて彼女を手伝う。狭くなり、少し盛り上がった氷の上をアイシャは助けを得て乗り越えた。


「私、お義父さんに『嫌い』って言っちゃったんだ」


 家族という言葉から思い出したのか、向かい合った機に少女は唐突に言った。


「ああ、そういえば」

「それでそのまま、出てきちゃったんだよ。……お義父さん、そのこと、怒ってるかなぁ……」

「さあな」


 シャイードが見る限り、店主は怒っているようには見えなかった。落ち込んでいただけだ。

 そして彼女が消えてからはひたすら心配していた。


「お前が自分で確かめろ。もうすぐ家に着く」

「そうだね……って。あは、ちょっと気が早いよ、シャイード」

「そうか?」


 このまま行けば、特に何事もなく町へ着くことは出来るだろうとシャイードは思う。

 問題はその先だ。

 よりによって帝国兵に正体がばれてしまった。

 彼らが素直に自分を解放してくれるかどうか。

 シャイードが再び前を向いて黙り込んでしまったので、アイシャは繋がった手を見下ろして口を開いた。


「……どうして私を育ててくれたんだろ」

「………」


 彼女の問いは遠い昔、そのままシャイードの問いでもあった。

 彼が問うた相手は、既にこの世にない。

 シャイードが何も答えないので、アイシャは勝手に続けた。


「だってさ、お義父さんには何のメリットもないんだよ? 義理立てする相手、あ、これは私の本当のお父さんのことね。その親友だって、もう死んじゃってるんだから。もし私がいなかったら、お義父さん、傭兵のお仕事も続けられたし、旅だってなんだって出来たし」

「自由だった?」

「うん。シャイードだって、自由が好きでしょ? 足手まといは、嫌い、……でしょ?」


 アイシャは自分が今、確実に足手まといになっていることを自覚しながら、上目遣いに尋ねる。


「ああ、……大嫌いだね」

「ぐっ……。いじわる……」


 アイシャはぼそりと呟いたつもりだったが、シャイードはくっくと肩を揺らした。

 それから彼は、肩越しにアイシャをちらりと見る。


「俺が思うに、お前ら親子はそっくりだよ」

「え? そ、そう、かなあ……?」


 アイシャは自分の腹を、クロスボウを持ったままさすった。


「いや、腹が出てるとは言ってねぇよ」

「似てる?」

「ああ。……勇気があるくせにさ、妙なところで急に弱気になるとこ」


 アイシャはシャイードの言葉を黙って受け止める。自分の身に、照らし合わせていたのかも知れない。


 ニンゲンって奴は奇妙だ、とシャイードは思う。

 一人一人の力は弱い。硬い鱗も鋭い爪も持たず、魔物や幻獣とは違い、息を吸うようには魔法を使いこなせない。

 だから彼らは、集まって暮らす。協力し、互いを守る。

 その割に、お互いで争う。互いが互いを生かしあっている存在のはずなのに、だ。

 シャイードにはそれは自らの翼をもぎ取るような、自傷行為にしか見えない。

 その原因は、他者への誤解・不理解に起因するものが多いように思えた。

 わかり合えば手を取り合えるはずで、その手段も持っているはずなのに、すれ違っては互いを傷つける。


(創造神ってやつは、意地の悪いやつなのか? 集住するやつらの意思と意思は、直接繋げば良かっただろうに)


 シャイードは氷漬けの蟻たちを見渡した。


(………。ひょっとしたら、こいつらはそうして貰ったのか? ニンゲンがそうでないのはどうしてなんだ? 何か、意味があるんだろうか)

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