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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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勝者と敗者

「俺が勝ったんだから、お前は俺の言うことを聞け、イヴァリス」


 イヴァリスは億劫そうに目蓋を少しだけ開いた。


「いいから早く殺すがいい」

「駄目だ。俺の質問に答えるまでは、楽にはさせねえ」


 黒竜は腕を組んで顎を反らした。金の瞳が赤竜を見下ろす。


「燃やした禁書には、何が書いてあった? 厄災はどうすれば滅ぼせる?」

「……」


 イヴァリスはだるそうにため息をついただけだ。


「言えよ! この俺が命じているんだぞ」

「……厄災は、滅ぼせない。滅ぼす方法が、ない、……のだ」

「!」


 シャイードは目を瞠った。知っていたことではある。厄災は滅ぼせない。だから、千年前の英雄たちにもどうしようもなかった、と。

 それでもビヨンドである以上、何かしら制約や綻びがあるのではないか。今まで、幾つものビヨンドに対峙しながら、手探りで道を切り開いてきた。例えそれが人間には難しい条件でも、自分なら可能かも知れない。禁書にはそういった手がかりが書かれてるのではないか。シャイードはそう考えた。なぜなら、サレムが他でもない自分・・に託したから。


「でもっ! 千年前にはドラゴンは戦わなかっただろ? ドラゴンはニンゲンよりもずっと強い。俺たちなら、」

「確かに」と、イヴァリスは瞬きで同意する。

「可能性はある。僅かながら。……禁書によれば、厄災の強さはその”学習能力”にある。初めての攻撃は効く。しかし、二度目の攻撃は効かない。兄さんの炎の息(ブレス)が効くとすれば、一度だけだ。……兄さんは、一度で厄災を燃やし尽くせるか?」

「たった一度で!? どんな奴か、どんな大きさかもわからねえのに……」


 ミスをすれば詰みということか。シャイードは首を振った。


「それじゃあ駄目だ。俺が一度でも失敗したら、もう後がない」

「そうだ」


 イヴァリスは苦しげに目蓋を閉じた。ヒューヒューと息をつき、また少しだけ開く。


「言ったはずだ。ウェスヴィアのやろうとしたことを」



「シャイード、無事か!」


 そこに、フォスを伴ったアルマが到着した。雪の上を走ってきたのだ。アルマは倒れた赤竜を見遣った後、シャイードを見上げた。

 口の端に片手を立てる。


「殺したのか、シャイード」


 シャイードはぼんやりしながら首を振った。魔導書は首を傾げる。


「やりづらければ、我が代わりにやるぞ」


 シャイードはアルマに向けて片手を突き出した。


「ちょっと黙ってろ。うるさい」


 呼ばれたからやってきたアルマは、フォスを見た。フォスは知らないよ、とばかりに小刻みに揺れる。


「スティグマータを集めて、ニンゲンを集めて、……あと半神を騙った?」


 イヴァリスが、兄の呟きに吐息する。

 異論がないのだと理解し、シャイードは続けた。


「お前は、ウェスヴィアがスティグマータを集めていたのは、厄災を倒すためだと言っていたな? それはつまり、扉神を喚び出すためだ。ウェスヴィアは禁書の内容を知っていた。サレムも。厄災が倒せぬものであると知っていた彼らは、扉神を喚び出して向こう側に追い払う計画を立てた」

「スティグマータを全員揃えるのは至難の業だが、奇しくも、スティグマータたちも独自に仲間を集めて扉神を喚び出す計画を立てておった。転生の記憶をおぼろげに思い出した巫女を中心に」


 アルマが今しがた見てきたもので補足し、シャイードは頷く。


「春告鳥――セティアスは、旅をしながらスティグマータ集めに協力していた」


 思い返せば吟遊詩人は、ザルツルードの公衆浴場でも、奴隷の兄弟に探りを入れていた。おそらく、彼らがスティグマータかどうかを確認していたのだろう。


「汝が戦っている間に、我は奴らに会ったぞ。やはり、扉神を喚び出そうとしていた」

「でも果たせなかったんだな。――もう一人の巫女であるシアがいなかったから」

「……」


 イヴァリスは目を閉じたまま、何も言わない。

 シャイードはニヤリと口元を歪めた。


「でも、今はいる。そうだな、アルマ」

「うむ。無事に合流したぞ」

「どうだ! イヴァリス。ウェスヴィアに出来るなら、俺にだって出来る。俺が厄災を一発ぶん殴って、扉の向こうに送ってやる!」


 イヴァリスはその言葉で目蓋を開いた。

 赤い瞳で、兄竜を見つめる。

 人差し指を突き出して胸を張る兄。その金瞳には、自信と誇りがみなぎっていた。

 身体はボロボロなのに、と、イヴァリスは不思議に思う。

 厄災は滅ぼせないと教えたのに。

 イヴァリスは隣に立つ魔導書に視線を動かした。彼が隣に来てから、兄は自信を取り戻したように思う。


「私が、そこに……、立ちたかった。……兄さん」


 独り言のように呟き、イヴァリスは気を失った。

 シャイードには聞こえていた。口をぎゅっと結び、鼻から息を吐き出す。それは白い霧となって、空気に流れた。


 シャイードはアルマの前に掌を差し出した。アルマはその上に乗る。

 彼を頭の上に乗せ、再び両手を弟竜の下に入れた。


「重っ……、く、ない!!」


 シャイードは両腕にイヴァリスを抱えた。肋骨やら左大腿骨やら背骨やら、戦いで痛めた骨がビキビキと傷む。顔をしかめた。


「重く、ない!!」


 そう唱えると、弟竜は何とか持ち上がった。


「ほう」


 アルマがシャイードの角につかまりながら、感心したように目を細める。

 シャイードは翼を広げ、何度も力強く打って飛び立つ。浮島は、最初に現れた地点よりも南東の方角に移動していた。


「首を洗って待ってろよ、厄災! 首あるかしんねーけど!」


 シャイードは北へ飛び、湯気を立てる湖にイヴァリスを投げ込んだ。

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