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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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完全なる変身

 シャイードは背に翼を生やし、アルマを島の東の断崖へ連れていった。

 洞窟の入口は、張り出してつららのように垂れ下がった岩の奥に隠れている。上から覗き込んでも、離れた海上から見ても、穴の存在には気づけない。気づくためには真下から見上げる必要があるが、崖下は暗礁が多い海だ。船では近づけない。

 空を飛んで間近に来なければ、発見の難しい場所だった。

 横抱きにしたアルマを洞窟に下ろし、奥を示す。フォスの光に照らされた内部はそれほど深くなく、黒い石が山積みになっていた。

 アルマは歩み寄り、石の一つを拾い上げて目線に翳す。


「ふむ。確かに濃厚な魔力を内包しておる。これだけでも一財産だな、シャイード」

「妖精裁判を受けるまで、存在を忘れていたけれどな」

「喰って良いのか?」


 アルマの問いに、シャイードはため息をついた。


「この際、仕方ねえだろ」

「ではいただこう」


 アルマは呪文の詠唱を始めた。床に座って待つつもりだったシャイードは、中腰の姿勢から立ち姿勢に戻る。てっきり、バリバリ食べるのかと思っていた。

 詠唱が終わると、血晶石の山からきらきらした光の粒子が流れ出し、アルマの身体に吸い込まれていく。力を失った血晶石は、崩れて黒っぽい土塊になった。

 アルマが振り返る。


「もう喰い終わったのか?」

「うむ。腹いっぱいだ」


 アルマは上唇を舌でなめた。


「ルミナス・カーバンクルの情報も得た。この中に、あやつの核が混じっていたのでな」

「ああ」


 シャイードは頷く。そういえば、カーバンクルの額に大きな石がはまっていた。爆散したときに、血晶石の中に混じったのだろう。


「アレは強力な魔法だった。イレモノが……、シアが自爆しなければ、どうしようもなかったかもしれない」

「安心しろ。もう我らの力だ」


 シャイードは顎を引く。


「厄災を、倒せるかな」


 アルマは答えなかった。



 再び妖精樹の下に戻ってきたシャイードに、ロロディと妖精たちが衣服ひとそろいと、ブーツを差し出した。いま着ている服に似た、黒ずくめだ。


「シャイードの、ボロボロだから」

「お、おお。悪ィな。……ローシは?」


 シャイードは地妖精の姿を探してきょろきょろとした。


「妖精界だよ。ねえ、着てみて!」

「ああ」


 ロロディに促され、シャイードは頷く。身につけていたマントと剣帯と荷物を外し、アルマに預けた。続いて衣服を脱ぎ始める。

 イヴァリスと生家で争った時、彼の揺炎剣フランベルジュであちこち切り裂かれていた。特にブーツはざっくり切れていて、歩く度にふくらはぎがスースーしている。

 脱いだ服は、妖精たちが回収した。なぜかその所有権を巡って、引っ張り合っている。破れた衣服は、最終的に複数の布きれに変化してしまった。それなのに妖精たちは千切れた布を手にして満足げだ。


「王様には、格好良くいて貰いたいもん」

「シャイードは、やっぱり黒だよね。黒竜だから!」

「白も似合いそうなのになぁ」

「いやいや。王様だったら金ピカでしょ! あっ、今から金ピカに変えない?」


 ロロディと妖精たちは争うように口を開き、上半身裸のシャイードを品定めし始める。

 折角の黒装束を金ピカに変えられてはたまらない。シャイードは妖精たちの気が変わる前に、彼らの手から新しい服を奪い取った。

 ごく普通の服に見えたが、広げてみると生地に草や蔦のような細かな模様が織り込まれている。

 まず肌着に両腕を通したところで、アルマに止められた。


「なんだよ」

「シャイード。やはり脱皮による効果はあったようだ」

「えっ」


 シャイードの言葉が弾む。


「今ごろ効果が出てきたか? 背が伸びたか、顔が大人っぽくなったのか? それとも髭が?」


 シャイードは、袖に突っ込んだままの腕や足を見下ろすが、特に変わりはない。触ってみたが、顎もつるつるのままだ。

 非難の目で魔導書を見つめた。


「からかってんのか?」

「何のために?」


 アルマは真顔で首を傾げ、一歩前に出た。手をシャイードの頭に置き、唐突に撫でる。


「……!?」


 突然の撫でに、シャイードは戸惑った。アルマはすぐに手を止め、逆の手を自身の顎に添える。「なるほど」と呟いてフォスを見上げた。


「汝は気づいていたのだな、フォス」


 アルマは、光精霊が変身直後のシャイードの頭上で何度も跳ねていたことを思い出す。フォスが一回明滅し、くるりと円を描いた。


「何に?」

「頭に角がない」

「えっ。……あ、本当だ」


 シャイードは咄嗟に頭に手をやった。今まで、髪に隠れて小さく飛び出していた角がない。


「それに乳頭が出来ている。臍も」


 シャイードは肌着に両腕を突っ込んだ状態で胸を確認しようとしたが見えづらかったので、一旦、頭から被った。そして胸の上まで裾をまくり上げる。


「マジだ!」


 自らの胸に出来た二つの異物と、下腹のへこみを物珍しそうに撫でる。これならば、仮に裸を見られても人外と疑われることはないだろう。


「脱皮の効果では?」

「だな! 変身の精度が上がっていたのか。ははっ、脱皮は無駄じゃなかっびゃいっ!!?」


 突如として背筋に奇妙な感覚が走り、シャイードは飛び跳ねた。アルマがかがみ込んで、胸の突起に無遠慮に触れている。


「ほう」

「なななななな!?」


 行動の意味と今の感覚がわからず、シャイードは言葉を失う。アルマが身を起こした。


「形だけではなく、きちんと感覚もあるのだな。どういう仕組みだ? 興味深い」

「おっ、おま! ふざけるなよ、ボケナス!! 勝手に触ってんじゃねえよ!」

「ボケ……なす……? なんだそれは、喰えるのか」

「喰えねえよ、この変態!!」


 ぶつくさ言いつつ、シャイードはアルマに背を向けた。

 身体の変化をもう一度確認して、口元をほころばせる。

 出来ないことが出来るようになることは、とても嬉しい。


「いいから早く服を着ろ」

「お前が止めたんだっつーの!」


 シャイードはもっと褒められても良いのにと思った。サレムならきっと、成長を一緒に喜んでくれただろう。しかしその気持ちを、アルマと共有は出来ないようだ。

 数日前、アルマが初めて大笑いしたときには、彼もついに感情を理解するに至ったと驚いた。が、あれ以降、魔導書は目立った感情を見せていない。いつも通りのアルマだ。ほとんど無表情。


「お前は脱皮しねーの?」

「しない。……逆になぜすると思った?」

「ちょっと聞いただけだ」


 シャイードは肩をすくめて唇をとがらせた。慣れた仕草で上着と剣帯や荷物を身につけていく。預けていたマントを身につけ終わったところで、顔の前にフォスが降りてきた。ぽんぽんと空中で跳ねた後、ぱっと明るく光る。


「おめでとう、か。ははっ、ありがとな」


 最後にブーツを履き替え、踵で軽く地面を踏む。サイズは測ったようにぴったりだ。心持ち厚底なのも、内心嬉しい。


「よし!」


 シャイードは胸の前で、右の拳を左の掌に打ち付けた。

 妖精たちを順に見つめた後、妖精樹を見上げる。


「それじゃあ、」


 何か言おうとしたところで、目の前の地面に妖精の道が開いた。姿の見えなかったローシが飛び出してくる。


「現れおったぞ!!」


 ほころんでいたシャイードの唇が、きゅっと引き締められた。

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