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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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不釣り合いな二人

 クルーセスに続いてフォレウスまでもが飛び出していったあと、クィッドは馬車の周りを護衛兵で固めた。

 自らも扉の外に立ち、何が起きようとも対応できるよう目を光らせる。

 一人、内部に残されたレムルスは、王笏を膝の上に乗せて目を瞑っていた。

 やがて、扉の開く音で顔を上げる。クィッドだ。表情が柔らかいことから、口を開く前にレムルスは朗報だとわかった。


「陛下。エローラ様はご無事のようです」


 レムルスは安堵し、肩の力を抜く。


「そうか。エステモントの言っていた通りだな」


 クィッドは小さく顎を引いた。


「何らかの原因で旧城壁の門が崩落し、通りが分断されております。城壁上にいた弓兵が数名、落下して怪我を負ったとのこと。しかし、パレードを見に来ていた神官らによって手当をうけ、死者はいません」

「良かった」

「エローラ様はパレードを再開し、広場に向かっているそうです」

「本当に?」


 レムルスの驚きに、クィッドが頷く。

 これは意外だった。命を狙われているかも知れない状況で、何事もなかったかのようにパレードを続けるとは。

 しかもエローラの乗っている馬車は、レムルスのものと違ってオープンタイプのものだ。

 幾ら守られているとはいえ、心理的に恐ろしいのではないかとレムルスは思った。


(ファティマは安全な場所への一時避難を進言しなかったのだろうか?)


「いかがなさいますか?」


 クィッドの言葉に、レムルスは手にしていた王笏を前に突き出した。


「そうであればもちろんぼ……、余も隊列を進める。花嫁を待たせるわけにはいかない」

「御意」


 クィッドは一礼すると、隊列を組み替えに行った。

 ほどなくして彼が戻って向かいに座り、馬車は進み始める。


 広場に着いたのはレムルスが少し早かった。予定時刻よりも三十分ほど遅れて、所定の位置につく。

 円形をした広場の周りには、町の状況がわからぬ人々が不安げに待ち構えていたが、パレードの隊列がやってくると安堵して喜びの声を上げた。

 隊列が馬車の前で二手に分かれて道を作る。間に赤い絨毯が敷かれた。花が蒔かれる。

 楽隊が明るい音楽を奏で、さらに場を盛り上げた。


 間もなく、ファティマを旗手とするヴァルキリー隊が広場の南端に姿を現した。そのタイミングで、レムルスはクィッドを従えて馬車から降り立ち、周囲に手を振る。

 人々の歓声が高まった。

 普段、ほとんど目にすることのない皇帝その人の姿を、民衆は目に焼き付けようと押し合いへし合いしている。皇帝の前に兵士が列をなしているので、隙間からちらりと姿が見えるだけだ。

 レムルスは強い日射しの下、重たい衣装を引きずりながら、そのことを顔に出さぬよう奥歯を噛みしめた。


(この衣装なら、矢で射られても無傷だな。たぶん)


 甲冑並みに重い衣装は、防御力も甲冑並みだろう。動きづらさもピカイチだ。

 それでもレムルスは、笑顔を絶やさない。

 幼く、頼りない皇帝に見られるのは仕方がない。せめて、感じ良くして人々に好かれたかった。


 エローラの馬車が、広場の中央に鎮座する大噴水を回り込み、止まった。赤い絨毯の南端だ。

 侍女に手を引かれ、絨毯の上に降り立ったエローラを、レムルスは絨毯の北端で待ち構えた。

 小柄なヴァルキリー隊の兵士――おそらくロビン族だろう――が、二人の先に立ち、笑顔で花びらを蒔いていく。

 レムルスは緊張した。

 エローラは今、半透明のヴェールを下ろしており、桃色の髪色が透けて見える。だが表情はわからない。氷河のような色のドレスを纏ってやってくる彼女は、強い日射しの下、みなの心に幻の涼しさをもたらした。

 近づいてくるにつれ、レムルスは違和感を覚えた。


(あれ、なんか)


 目がおかしくなったのかと思い、何度か瞬く。

 そして彼は、目の錯覚に気づいた。花を撒く兵士はロビン族ではなく、人間だ。並んでいると思った侍女は、エローラよりも一歩先を歩いていた。

 その彼女が手を離し、エローラだけがレムルスの傍に進み出てくる。花撒きの兵は、既に横に避けて一礼していた。

 レムルスからも数歩の距離をつめ、ついに二人は向かい合わせになった。エローラを見上げる。


(お、……大きい……!)


 レムルスは驚いて固まってしまった。

 フロスティア人は大柄な者が多いと聞いてはいたが、まさか女性のエローラがここまで背が高いとは思わなかった。身長だけではない。女性らしい部分も大きく、それでいてコルセットで締められた腰はきゅっと引き締まっている。

 レムルスは目のやり場に困った。丁度、顔の高さに豊かな胸が来てしまう。

 レムルスも、ヴェールの奥から視線を感じた。見られている。すごく、見られている。


「……皇帝陛下。レムルス様」


 幾分震えた優しげな声が、頭上から降った。

 ふわりとした風が吹き、氷壁のようだった彼女が腰を折る。ヴェールが遅れて落ちた。


「フロスティアの第一王女、エローラと申します。お目にかかれて光栄です」

「う、うむ。長旅、ご苦労であった」


 レムルスは我に返り、彼女にもう一歩近づいた。顔に掛かっているヴェールを持ち上げ、頭の上に載せる。

 エローラが顔を上げた。


(優しそうな人だ)


 瞳も口元も、自然にしていてもどこか微笑んでいるような。フロスティア人らしく、肌は陶磁器のように艶やかだが、緊張をしているのか興奮しているのか、頬が薔薇色に染まっていた。

 灰青の瞳は潤んでいて、目元がやや赤い。唇は口角が上がっていたが、中央はきゅっと結ばれていた。レムルスはその表情に違和感を覚えた。何かを――例えば笑いか涙を必死で堪えているような?


(僕がここまで小さいと思っていなかった、とか?)


 レムルスは羞恥で赤くなった。相手が成熟した大人の女性なのに対し、自分はほんの子どもだ。不釣り合いにも程がある。

 レムルスはエローラの手を取って持ち上げた。


「怪我はないか? そなたを危ない目に遭わせてしまったこと、忸怩じくじたる思いである」


 エローラは促されて再び立ち上がった。


「この通り、私はぴんぴんしております。お気遣いいただき、とても嬉しいですわ」

「うむ。良かった」


 隣に並ぶと、身長差が余計に際立つ。暗澹あんたんたる思いで曲げたレムルスの腕に、エローラが片手を置いた。レムルスは、絨毯を引き返して乗ってきた馬車へと彼女を導く。エローラは空いた手で、民衆に手を振りつづけていた。

 彼女は最後に振り返り、自分を送ってきた故郷の兵士と護衛のヴァルキリー隊、そして侍女に向かって深々と一礼し、馬車に乗り込んだ。

 レムルスが続き、最後にクィッドが乗り込んで扉を閉める。民衆の歓喜は最高潮に達した。絨毯が畳まれ、兵士たちが乱れのない動きで隊列を戻す。広場で旋回すると、馬車は王城へと引き返した。


 レムルスとエローラは、隣り合って座席に座っている。向かいがクィッドだ。

 馬車が走り出すと、レムルスは詰めていた息を吐き出した。これだけのことで、とても疲れた。

 奴隷解放戦線がどうなったのか、パレードの間にはほとんど情報が伝わってこなかった。

 住宅街の方はどうなっているのか。奴隷が多い鍛冶工房街は?

 守備兵を統括するグラドノフ将軍や、情報武官たちが対処と分析に当たっていることだろうが、今後のことを考えると頭が痛い。


 その頭痛が、ふっと軽くなった。

 驚いて隣を見遣ると、エローラがレムルスの王冠を両手でつかんで持ち上げている。

 レムルスは瞬いた。


「なに、を?」


 エローラは謎の笑みを浮かべて王冠を腿に載せると、今度はレムルスの首元に手を近づけた。


「陛下!」

「きゃっ!」


 クィッドが立ち上がって突進してくる。エローラは驚いて、両手を自らの方に引っ込めた。心底驚いている。

 レムルスはエローラの表情と、反射的にそばに来たものの、王女に対して手を上げて良いものか迷うクィッドを見比べた。


「大丈夫だ、クィッド。エローラ?」


 クィッドがハラハラしながらも引き下がると、エローラは恐る恐るレムルスの首元に手を伸ばし、彼の大仰な婚礼衣装の首元を緩めた。

 レムルスは呼吸が楽になる。エローラは何もいわずに、ニコニコしてレムルスを見下ろしていた。

 レムルスは視線を泳がせる。傍にいる彼女からは、なんだか良い匂いがした。遠い昔に嗅いだような、懐かしくも甘い香りだ。


「これでもまだお辛いようなら、私に寄りかかって下さいませ、陛下」


 エローラは胸元で両手を握り合わせていた。手を開いては握り、また開いている。落ち着きを失っているように見えるが、レムルスには原因がわからない。


「ああ、うむ。……大丈夫だ」


 ともかく王冠を預かってくれて、衣服の前を緩めてくれたのは、レムルスを気遣ってのことだと理解できた。寄りかかるのは流石に恥ずかしかったので、彼は馬車の壁に身を預けた。

 エローラの視線を感じる。瞳が大きく開かれ、うずうずしているように見える。


「何か余に言いたいことでもあるか? 欲しいものがある、とか? 遠慮なく言って良い。正式な伴侶となるのは来週だが、もう身内だ」


 これを聞いたエローラは、胸の前で握り合わせていた手に力を入れた。瞳が馬車の中をうろうろとしている。


(言いたいことがあるのだな)


 レムルスは直感的にそう思い、彼女の答えを待った。しかしわずかな間のあとに、彼女は将来の夫を見つめて言った。


「今は大丈夫です。なにかあったときには、お言葉に甘えさせていただきます」

「……。そうか」


(家に帰りたい、とかでなければいいが)


 レムルスは視線を逸らし、小さく息を吐いた。

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