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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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地上への道 1

 それからメリザンヌがやってくるまでの間、シャイードはアイシャから、ここに来るまでの経緯を聞き出した。


 知らずにポータルストーンに触れた後、最初の部屋に転送されてきたのは、メリザンヌと兵士たちの大半が北の部屋へ調査に行っていたときだった。

 留守居の兵士に誰何され、ポータルストーンに触れてしまった一般人であることを説明した後は、魔術師の書斎の奥に平和的に軟禁されていたらしい。

 その時には残った兵士たちも、まもなくボスであるメリザンヌが戻るだろうと思っていたし、紛れ込んだ一般人の処遇は彼女が決めると思っていた。


 暇をもてあましたアイシャは、寝室を捜索し、そこで魔導書を見つけたのである。

 わくわくしながら開いた魔導書には何も文字が書かれておらず、がっかりしたと言っていた。

 その後の彼女の記憶は曖昧だ。

 夢の中で魔導書と名乗る人物と話をしたらしいが、何を話したか詳しくは覚えていない。

 最後に、シャイードを助けるため、という説明を聞いて、協力を了承したことだけを覚えていた。


 しかしここで、兵士たちの証言と矛盾を生じる。

 北の部屋の探索が失敗し、恐怖に駆られた兵士たちが書斎に押し寄せた。

 その際、彼女が寝室から現れたという。

 先ほどまでとは雰囲気が変わっており、呪文を唱えたかと思うと、ねばねばした不透明で不定形の生物を呼び出したそうだ。

 その生物に触れた兵士は、次々に気を失っていった。


 シャイードたち後続隊がやってきたのは、その後のことである。

 その時には、アイシャは寝室で魔導書を枕に眠っていた。


(となると……。アルマは最後のことしか言わなかったが、俺がここに来る前にも一度、アイシャの身体を借りたのでは……)

 恐怖に駆られた兵士たちを眠らせたことは、善意だったのだろうか。

 それとも、単にうるさかったから……?

 アルマの行動を推し量るには、魔導書に対する理解が全く足りていなかった。

 人の命を何とも思っていない風でもあり、そのくせに、世界を救うなどと大それたことを抜かす。


「シャイード?」


 黙り込んでしまった彼の顔を、アイシャが覗き込んだ。


「ん……? ああ、いや。アルマはよく分からんな、と思って」


「あら? なんの話?」


 そこへメリザンヌがやってきた。

 背後に従う兵士たちも、荷物を背負ってすっかり帰り支度を整えている。

 シャイードは立ち上がった。


「なんでもない。こっちの話だ」

「隠されると、余計に気になるわぁ……。ふふっ」


 メリザンヌは必要以上に近づき、シャイードに顔を近づける。


「……後で2人きりで、教えてちょうだいね?」


 媚びるような甘え声で口にして、小首を傾げた。

 シャイードの目蓋が眠たげに落ちる。魔女の言葉に対し、抗えない何かを感じていた。

 今まで、誰に対しても感じたことのない感情に戸惑う。

 その視界に、白くてひらひらする何かが飛び込んだ。


 手だ。


 腕をたどっていくと、アイシャの顔がある。


「お姉さん、ちょっと近いと思います!」


 鼻息を荒くした彼女が、眉をつり上げて抗議していた。


「あらあ……!」


 メリザンヌは唇の形を丸くし、その前に掌を立てる。スミレ色の瞳が輝いた。

 仁王立ちするアイシャの方に近づくと、右から左から、彼女を観察した。


「なんですか!」

「まあ、かわいらしい。先ほどまでとは、随分雰囲気が違うわね」


 抗議するアイシャを、お構いなしにいきなりぎゅうっと抱きしめた。


「初めましてかしら? 私はメリザンヌって言うの。仲良くしてね、可愛い子」


(あいつ、誰にでも言うのかよ……!?)

 アイシャを抱え込んでにこにこする魔女と、大きな胸におぼれそうになりながら腕を振り回すアイシャを見て、シャイードは複雑な心境になる。

 魔女の手がアイシャの尻をまさぐり、アイシャは「ひゃんっ!」と言って飛び退いた。

 両手で尻をかばい、涙目を魔女に向けている。

 メリザンヌはその様子を見てころころ笑った。


「……のんきなことだ」


 舌打ちして、シャイードはきびすを返す。

 落としておいたクロスボウを拾い上げ、フォスと共に巣穴の方に向かった。

 遅れて、アイシャが追いついてくる。


 帝国兵達は二人から少し距離を置き、整然とついてきた。

 メリザンヌの姿が見えないが、中衛か後衛に下がったのだろう。

 フォレウスはシャイード達の見張りも兼ねているのか、いつの間にか先頭にいて、振り返ったシャイードに向けてひらひらと片手を振った。

 その顔がにやけている気がする。

 アイシャは背後から、シャイードにマントを掛けた。


「お前、もう身体は大丈夫なのかよ」

「平気。荷物も持って貰ったし」


 戦斧は、兵士の一人がメリザンヌに命令されて代わりに運んでいるらしい。寝室に置いていたバスケットもだ。

 アイシャはシャイードの斜め後ろを進みながら、凍り付いた書架を見渡した。


「凄いね。遺跡の中に、こんなに沢山の本があるなんて……」

「もう、ほとんど読めないくらい劣化しているけれどな」


 シャイードはマントの前を合わせ、留め金で固定しながら答える。


「どうやってここから出るの? 入ってきた時みたいに、魔法で……?」

「いや。帰還のポータルストーンは壊れているんだ。歩いて地上まで戻らなくてはならない」

「そうなんだ……」


 本当に体力は大丈夫か、と再度尋ねながら彼女を振り返る。

 アイシャは意外にも、ぱあっと表情を輝かせていた。


「冒険だね!」

「お前なぁ……」


 呆れて絶句するシャイード。対するアイシャは嬉しそうに、マント越しの左腕に抱きついてきた。


「ちょ、……いい加減にしろよ? お前のせいで、どれだけ危険な目に遭ったと思ってる」


 シャイードは少しいらだった声をアイシャに向けた。この先も何が待ち受けているか分からないのだ。遊び気分でいられては困る。

 途端、アイシャの方がびくりと跳ね、静かになった。

 腕にしがみついたまま、顔は地面に向けられていて、表情は見えない。


「おいっ。離せよっ!」


 シャイードは腕を強引に引き寄せた。アイシャは抵抗しない。


「……ごめんね、シャイード」


 顔を落としたまま、アイシャは素直に謝った。

 そこでシャイードは、アイシャが今まで、空元気で振る舞っていたことに気づく。

 本当は彼女自身が一番反省し、申し訳なく、引け目を感じているのだろう。

 シャイードは自らの前髪をくしゃりと握った。


「分かってるんなら、いい。戻ったら親父さんに謝れ。お前のことを、とても心配していたぞ」

「うん。知ってるよ」


 鼻をすする音がした。見ればアイシャは顔を上げ、何度も瞬きしている。

 赤い顔をして唇をゆがめ、涙が流れないように必死で堪えている。


「それでも、……冒険してみたかったんだもん。シャイードみたいに……」

「………。そうかよ」

「うん。……そうだよ」


 やがて、巣穴の入口へとやってくる。

 シャイードは天井近くにいたフォスを手元に呼び寄せ、左手に持っていたクロスボウをアイシャに差し出した。ロックはかかっている。


「……ほら、これ持ってろ」

「え? ……う、うん。分かった」


 アイシャは素直に受け取った。改良されたクロスボウは、戦斧と比べてだいぶ軽い。

 シャイードはその空いた左手で、彼女の右手を取った。

 驚いてシャイードを見つめる視線を、前方を見て躱す。


「ちんたら歩かれたら、後ろが迷惑だからな」

「うん。そうだよね」


 アイシャの声は少し元気になったようだ。小さな掌が、ぎゅっと握り返してきた。


 書架の間をくぐり、身をかがめて蟻の巣穴に入っていく。

 壁面は凍ってはいるが、空気は土の香りがする。フォスを先行させ、曲がりくねった道を進んだ。

 途中、いくつもの分かれ道や横穴、小部屋に出会うが、傾斜が上に向かう方、少しでも風の動きを感じる道を選んでいく。

 道はどこまでも凍り付き、大蟻たちや卵、幼虫なども同様だった。


(狙ってやったのか、アルマ)


 だとすれば、お手柄だと思う。シャイードは魔導書のことを、少しだけ見直してやることにした。

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