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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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道を違える

 建物の角を曲がったところで、皇帝の隊列の最後尾が見えた。しかしそこで突然、目の前に黒い影が落ちて来た。クルーセスは驚いて身構える。


「!? フォル兄……!」

「しーっ! 不審な動きをすると、潜入がばれちまうぜ?」


 フォレウスは自然な動きでクルーセスの隣へとやってくると、肩に腕を回した。


「そうなっちまうのは、お前さんも本意じゃなかろう?」

「一体どこから……」

「やーねー? 屋根に決まってるじゃない。やーねー」


 フォレウスは肩越しに、建物を親指で示した。クルーセスは、二度も言った、と呟いて冷たい流し目を送る。中年はニヤニヤしていた。今のギャグが”決まった”とでも思っているのかも知れない。


「上で警戒していたら、お前さんだってすぐわかったぜ。背中に楽器なんぞ背負ってくるから」

「邪魔をしないでくれないか。僕は今、非常に急いでいるんだ」

「悪いが、立場上そういうわけにもいかなくてなぁ」


 フォレウスは眉尻下げて笑う。通りすがりの兵が二人を一瞥したあと、眉を上げて唇をへの字にした。すぐに前方に顔を戻して歩いて行く。じゃれて遊んでいるように見えて、呆れたのだろう。

 魔銃兵はニセモノ伝令兵の首に回した腕に力を入れ、門とは別の方向に歩き始める。クルーセスは抵抗したいが、何かあればすぐに駆けつけられる距離に兵がいた。

 仕方なく従い、相手に隙が出来るのを待つことにする。


「今度は前のようにはいかないぜ?」


 心を読んだようなタイミングで、中年がニヤリと笑った。


「お前さんの素性がばれると、こっちもいろいろ不都合なもんでな」


「ああ」と、クルーセスは口端を持ち上げる。


「つまり僕は、フォル兄の弱みを握っているって事か。ならばもしもつかまって殺されるときには、軽やかに歌ってあげよう。奴隷商人と、亡国の王子の物語を」

「ほーん? そうやってただでさえ少ない奴隷の味方を取り除くのか。それがお前さんの本意かい?」


 青年はこの指摘に、返す言葉を失う。その間にも二人は早すぎない、遅くもない足取りで歩いて行く。

 クルーセスは焦りを感じた。だが、今のフォレウスには本当に隙がない。


「どこに向かうつもりだい?」

「悪いことは言わん。奴隷解放などやめておけ」


 フォレウスは質問を無視し、前を向いたまま言った。クルーセスは眉根を寄せ、胸に手を当てる。


「不当に扱われている僕の民を、返して貰うだけだ!」

「お前さんの民? それこそ、奴隷思想の最たるもんじゃねーの、オウジサマよぉ?」

「違う! 僕は民に身分差をつけて搾取したりなんかしない。みんなが自由に、平等に、幸せに暮らせる国を取り戻すんだ。頑張れば誰だって、報われる国を」


 フォレウスは肩をすくめた。


「俺はお前さんの主義主張に興味はないよ。時代や地域が違えば、それが正しいこともあるんだろう。だがな。帝国兵である俺にとって大切なのは、今、ここにいる帝国民が死なないことだ。平民だろうと奴隷だろうとな。そのためにお前さんを排除せねばならんならば、そうするしかない」

「……もう無駄だよ」


 クルーセスは乾いた笑いを浮かべる。


「僕を殺しても、奴隷の蜂起は止められない。唯一止める方法があるとすれば、皇帝に奴隷解放を認めさせることだけだ」

「単身乗り込んできたのは、直接交渉するためか」


 フォレウスの言葉に、青年は頷く。


「認めて貰えないなら、帝国を戦禍が襲う。フロスティアとの同盟は、悲しみと共に葬られ、僕たちの蒔いた種は各地で災いの芽を吹く。ミスドラ王国が、この機を逃すかな?」


 フォレウスはクルーセスの横顔を覗き込んだ。


「お前……、始めから成功させる気がないな?」

「そんなことはないよ。随分長い間、準備したんだ」


 二人は足を止め、至近距離でにらみ合った。


「種は地に落ちてこそ、実を結ぶものだ」

「死んで英雄になる気か」


 フォレウスの声が一層低くなった。先ほどまでのおちゃらけた雰囲気は欠片もない。

 その瞳の冷たさに、クルーセスの背筋はぞくりとした。

 ――これは、知らない男だ。

 青年は唇を舐め、精一杯背筋を伸ばして胸を張った。


「『自由のために最後まで戦った者がいる』……その物語が、人の心を動かすのさ」


 帝国兵は何の前触れもなく、虜囚の腹を殴った。青年は身体をくの字に折り、苦痛に顔をしかめる。

 中年は、急に体調を崩した部下を気遣いでもしているように、彼の肩をぽんぽんと叩く。

 だが、耳の傍で囁く声は裏腹に厳しい。


「そんなもの、美談でも何でもない。お前のような奴がいるから……っ!! ……いや」


 フォレウスは握りしめた拳を震わせ、唇を噛んで視線を逸らした。


「お前さんをそうしてしまったのは、周りの大人だったのかも知れないな、クルト。我が家にやってきた時、お前さんはたったの七歳だったんだから」

「……」


 クルーセスは腹に腕を当て、隣の男を睨み付けた。彼は今、視線を外している。けれども肩に添えられた手は、きつく握られていて隙がない。


「いいだろう」


 唐突に、中年が言って踵を返した。かたへ戻っていこうとしている。


「……今度はどこへ」

「決まってるだろ」先ほどよりも足早で進みながら、フォレウスは答える。「お前さんを、皇帝陛下の目前に連れて行ってやる」

「えっ」

「パレードは始まっているし、話す時間があるかわからんが」

「なっ!? 一体何を企んでいる?」


 フォレウスはちらりと隣を見た。


「親父にな。お前さんを手伝ってやれって言われてるんだ。これが正解なのか俺にもわからん。命令通り、上司に引き渡す方が良かったんじゃねえかって、今も迷っているが」

「……」


 考え込む青年の横顔に向かって、帝国兵は不敵に笑った。


「ただ一つ言えるのは、俺たちの皇帝は、お前さんが思うよりも賢明だってことさ」

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