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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
305/350

暗躍

 パレードの当日。朝は雲が立ちこめ夏にしては涼しかったが、太陽が昇るにつれて晴れ、気温も上昇した。

 南門から王城へと真っ直ぐに続くメインストリートには、歴史的瞬間を見逃すまいと早い時間から人々が押しかけている。

 彼らが飛び出さぬよう、通りの両側には歩兵たちが柵となって並んでいた。沿道の建物には目立たぬように弓兵が配され、不審人物に目を光らせている。

 魔銃兵は旧市街の、広場の方だ。メインストリートをパレードしてきたエローラの馬車を、ここで皇帝レムルスが出迎えて、二人で王家の馬車へと乗り込む予定となっている。パレードの山場で、最も厳重に警戒されていた。


 奴隷の反乱があるかもしれないという情報は、民衆にパニックを招かぬように上層部のみで共有されていた。対策として前日の午後になって急遽、奴隷に対する日の出から日没までの外出禁止令が出されている。

 小売りや宿泊、飲食関係等、一部の例外を除き、今日をもともと仕事休みとしている市民が多かったので、さほど混乱はないだろうと見られていた。


 しかし実際は、例外的に営業を行っている職場においても、下働きに奴隷を使っているところは多く、幾分混乱を招いている。王宮には問い合わせが殺到し、「あくまで”外出禁止”であり、屋内で奴隷を監督できれば問題ない」との追加説明がなされた。

 告知は例によって公示人によって行われたが、決定が急だったこともあり、完全に行き渡っていない可能性が指摘されていた。それでいて、もし奴隷がメインストリートに近づこうとすれば必ず拘束するよう、兵士たちには厳重に周知されていた。


 当然の結果として、何も知らされぬまま拘束された奴隷が、朝から列をなして取り調べを受ける羽目となった。

 情報武官が駆り出され、対応に当たっている。基本的には拘束された奴隷の主人が呼び出され、奴隷の証言と矛盾がなければ解放される流れだが、奴隷の外出禁止令を知らない主人は連絡がつかない者も多かった。

 そもそも肝心の、奴隷と市民を見分ける方法が、お仕着せの衣服くらいしかないのが問題ではある。分かり易く首輪や焼き印を捺された者は少数だ。特に帝国では、奴隷もいずれ市民権を得られる可能性があるため、焼き印を捺す習慣がない。

 つまり緊急の奴隷禁止令は、混乱の割に効果の程は不明なのだ。


 なお、各地の貴族や王族たちは、一週間後の結婚式に参列する予定で、今回のパレードには表向き参加していない。もっとも、お忍びで既に帝都入りしている者たちがいないわけではなかった。そういう者たちは、メインストリート沿いに立ち並ぶホテルの一室で、優雅に通りを見下ろしていた。


 ◇


 レムルスは白を基調に、金の装飾が施された婚礼衣装を纏って馬車へと移動した。衣装は布製のはずだが、板金鎧プレートアーマー並みに重いし動きづらい。

 その上、夏だというのに、エローラを出迎えるときには毛皮のマントまで身につけなくてはならないという。

 首を飾るペンダントに冷却の魔法が掛けられているので、暑さで倒れることはないだろうが、重さでつぶれる可能性は十二分にあるような気がした。

 儀式用の王冠も、ごてごてと取り付けられた大粒の宝石たちによって、いつもの略式王冠よりずっと重く、文字通り頭痛の種だ。

 手には何の役にも立たない王笏まで持たされている。


(いやまあ、いざという時には棍棒の代わりにはなる。……のかなぁ?)


 巨大なダイヤモンドが取り付けられた先端部分を見つめながら、ぼんやりと考えた。ダイヤモンドは劈開性へきかいせいがあるため、打撃には脆い。硬いものを殴ったら割れてしまうかも知れない。割ったら怒られるだろうな、とため息をついた。手元に置くなら、ただの木製でも弓の方がずっと心強かったのに。


 しかし彼の傍にはクィッドがいてくれた。

 今日は直属護衛官の彼も、婚礼衣装のような豪華な衣装に身を包んでいる。姿勢が良く、体格にも恵まれた彼は、とても見栄えがした。まるで王のようだ。

 布の山に埋もれているような自分とは大違いだと、レムルスは思う。


(エローラ姫、クィッドを皇帝と勘違いしないだろうか)


 王冠を被っている以上、流石にそれはないと言いたいところだが、そもそも自分は視界に入らないのではないかと危惧した。


 ごてごてと飾り立てた馬車に乗り込む。馬車も、レムルスの婚礼衣装と合わせたような白塗りに金の装飾がついていた。引くのは白馬ばかりだ。

 馬車の前後には近衛兵が配置され、先頭には旗手、後ろには楽隊がいた。

 王宮内を移動し、城門の前で待機する。


 ◇


 新市街の沿道でパレードを待ちわびていた人々の前に、エローラが姿を現した。

 王女の乗る馬車は、屋根や幌などがないオープンなもので、姫と侍女、数人の護衛だけが乗っている。周囲は少数のフロスティア兵と帝国軍のヴァルキリー隊が守っていた。

 隊列の先頭を務める旗手は、白馬に乗ったファティマだ。馬車の背後を、楽隊が賑やかに彩る。

 エローラは氷河のように涼やかな婚礼衣装を身につけ、馬車の上から民衆に微笑みかけ、優雅に片手を振っていた。頭には半透明のヴェールを被っているが、前は開けられて顔が見えるようになっていた。


「まあ、なんと愛らしい姫君でしょう! 桃色の髪がふわふわとして花のようじゃない?」


 年かさの女性は目を細めた。


「きれいなドレス! おひめさま、すてき!!」


 幼い少女は瞳をきらきらさせ、必死に手を振りかえした。


「あれ? なんか違和感がある」


 恋人と見に来ていた青年は目を擦った。遠近感がおかしい。


「王女様、随分大柄なんじゃない?」

「あ、そうだ。そうかも」


 隣からの指摘に頷いた。奥に座っている侍女や護衛に比べ、一回り大きく見えた。豪華に広がるドレスのせいもあるかもしれない。


「フロスティア人ってのは、大柄な奴が多いっていうからな。やつら、霜の巨人の血を引いているらしいぜ」


 そんな悪口を言う者もいたが、少数派だ。華やかな音楽と、空からまき散らされる花々、見目麗しい兵士たちの姿に、ほとんどの民衆は喝采を送った。


 ◇


 その頃、新市街と旧市街を隔てる旧城壁の傍では、奴隷解放戦線のメンバー五人がかたまり、パレードの進行を見守っていた。

 地震で崩れた旧城壁は、突貫工事を経て元通りに復旧されている。城壁上には弓兵が並び、帝国の旗が幾つも翻っていた。


 五人の使命は、旧城壁のアーチにある要石キーストーンを破壊し、石を崩してパレードの列を分断することだ。破壊にはかなりの力が必要になるが、以前、裏取引で入手したクルルカンの遺物が使われることになっていた。魔砕弾――魔法王国時代、炭鉱などで固い岩盤を穿つのに使われたという魔法仕掛けの爆弾だ。血晶石に崩壊ディスインテグレートの魔法を賦与したもので、爆弾と起動石で一セットになっている。

 旧城壁の破壊を目論んでいることは帝国側に露見したため、メインストリート付近の城壁には一般人が近づけないよう対策されていた。

 しかし関係ない。

 既に準備は整っていたのだ。


 地震によって旧城壁が崩壊し、その後、婚礼のパレードが決まった。予め帝都に潜入していた解放戦線のメンバーは、その情報を得るや即座に動いた。

 ダスディール王国出身の奴隷たちと緊密にやりとりし、アーチに使われる要石を魔砕弾入りのものとすり替えたのだ。

 要石に魔砕弾を入れたのはグリフだ。石に穴を開け、内部に魔砕弾を封じて穴を塞いだのだが、出来上がったそれは、知っていても加工の跡がわからない。素晴らしい仕事だった。


 奴隷解放戦線のメンバーのうち、中央の男が起動石を握っていた。掌に握り込んで隠せるほどの黒い石で、古数字と古代文字が刻まれている。これがコマンドワードだ。コマンドを唱えながら起動石に僅かな魔力を注ぎ込むと、対応する魔砕弾が発動する仕組みだ。

 発音は何度も練習して暗記済みだった。

 古文書によれば、岩盤の破砕という危険な作業に使われる道具のため、このように遠隔操作ができるように作られているが、距離がありすぎても起動できない。

 未使用の魔砕弾は今となっては貴重なので、前もって実験できなかったのが不安要素だが、この距離ならば問題ないとされていた。


 パレードの列が近づいてくる。

 先頭のヴァルキリー隊とフロスティアの護衛兵との間には、少しだけ間が開いている。

 男たちは空隙に落下させるタイミングで、要石を破壊する予定だった。

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