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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
302/350

潜入

 顔の上半分を隠す仮面を身につけ、羽根つき帽子を被った男が、店のカウンターでメダルを見せた。

 やはり顔を仮面で隠した受付嬢が、視線で奥を示す。男は了承の印に頷いて踵を返した。


 ここは歓楽街にある娼館の一つ。”仮面舞踏会”という店名の通り、ラウンジにいる客も娼婦もみな、仮面を身につけていた。

 ラウンジの一角は劇場になっている。そこでは薄着の娼婦が扇情的な踊りを舞っていた。それを客たちが、丸テーブルで酒を飲みながら物色している。酒を運んでいるのも娼婦だ。音楽に混じるひそひそとした声。舞台から選ばれた娼婦が一人、二人と抜けて客と二階に消えても、踊りは何事もなかったかのように続けられる。


 奥の部屋の扉を開いた男は、誰も居ない室内に足を踏み入れた。音楽が遠ざかるが、完全に音を閉め出すことは出来ない。

 薄暗い室内にはベッドが一つ、大型のクローゼットが一つ。窓はない。

 男は部屋をくまなく見回した後、クローゼットに歩み寄り、その両開き戸を開いた。戸の内側にも、外側と同じような取っ手がある。男は片眉を上げた。

 中には申し訳程度の衣服が掛かっているが、男はその奥に手を伸ばした。思った通り、そこには隠し扉があった。

 男は衣服を退かして隠し扉を潜り、クローゼットの戸を内側から閉めた。


 隠し部屋の床には、男たちが所狭しと座っていた。

 彼らは新しく入って来た男を一斉に振り返る。新参者がメダルを見せて一番後ろに座ると、視線は部屋の奥のベッドであぐらをかく青年へと戻っていった。

 青年の背後には窓があった。このため彼の表情は逆光になっており、ややわかりづらい。

 窓の外は水路に面しているが、水面までは高さがあるため、誰にも覗き込まれる心配はなかった。


「報告をありがとう。順調みたいで何よりだね」


 ちょうど仲間たちの報告が、一段落したところのようだ。あぐらの青年が言った。彼は青く染めていた髪を、もとの銀色に戻していた。袖のゆったりとした白のシャツを纏い、胸元を大きくはだけている。それでもこの閉め切った部屋では暑そうだ。

 ベッドの上には愛用のリュートが投げ出されている。


「くれぐれもタイミングだけは間違えないでほしい。エローラ姫の乗る馬車を足止めするだけだ。彼女には人質になって貰わないといけないからね」


 男たちは主君の言葉に重々しく頷いた。


「壁の崩壊と時を同じくして、奴隷たちが町の各所で一斉蜂起する算段になっています。そうなるともう、事が済むまで我々にはコントロールできません」


 銀髪の青年が頷いた。


「だね。なるべく死者を出さずに済むよう、僕も素早くレムルスと接触するよ」

「上手く行くでしょうか……」


 一人が心配そうに声を上げた。隣から、肘でつつかれて黙る。

 青年は首を傾げた。


「今現在、帝都内にいる奴隷に限れば、兵士に対抗できるほどの圧倒的多数とまでは言えないな。まして全ての奴隷が反乱に賛同しているわけでもないし?」


 不安を煽るような彼の言葉に、男たちは顔を見合わせた。室内がざわつく。青年は人差し指を立て、腕を前に伸ばした。

 会話がピタリと止まる。


「でもね。大事なのはそこじゃない。帝国の坊ちゃんに、『不満を持つ民』の存在を認識させることだ。間諜から伝え聞くところでは、あの子はどうも人の悪意に弱いような節がある。無意識に、誰からも嫌われたくないと思っているのではないかな?」


 青年は手を下ろし、足首の上に置いた。


「彼は全ての民に好かれる王になりたがっている。まあ、最初は誰だってそうだろうけれど、現実にはとても難しい。そんな芸当が出来るのは、都合の悪い事実を全て民の目から隠し通せる嘘つきな王か、民の不興を買ったときに、部下に責任をなすりつけて処刑できる残酷な王くらいだろうね。大抵の王は現実を知って、割り切ることを覚えるのだけれど、彼はまだ夢を見ているようだ。正しい行動を続ければ、民に正しく評価されると。――だから僕は、彼の夢を利用するつもりだ。苦しんでいる僕の民を、返して貰うために」

「殿下!」

「殿下ぁ……」


 感極まった声が各所から上がる。青年は困ったように笑った。


「君たちにはいつも苦労をかけるね。心配しなくても、勝算がないわけじゃない。そのために祝祭の時を狙うんだから。あとは坊ちゃんが僕の口車に乗って奴隷を解放するくらい、愚かだったら良いのだけれど」

「もしもの時はミスドラ王国が」

「うん。そうなれば帝国は、本当に傷つくことになる。主に彼の民が、だけど」


 銀髪の青年はため息をついた。


「仕方ないよね。因果応報だ」



 会合が終わると、集まった男たちは入って来たときと同じように仮面を着け、一人ずつ部屋から出て行く。

 明日の決行まで、連絡は取らない。

 青年がベッドから両足を下ろし、物憂げに俯いていると、最後に入って来た男が立ち上がって近づいて来た。

 青年が顔を上げる。


「他にも何か報告かい?」


 最後に残った男に対し、青年は首を傾げた。

 黒い仮面の下から、濃褐色の瞳が見つめてくる。青年はそれを瑠璃色の瞳で受け止めた。

 記憶の底で、何かが火花を散らす。

 男は青年の目の前で、帽子と仮面を外した。

 青年の瞳が見開かれる。

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