竜と少女
気絶した少女をフォレウス達に任せ、シャイードは大蟻の巣穴を探す。
目星はついていた。
崩落した天井と、倒れた書架の折り重なる地点。フォスを先行させ、そこを重点的に探す。
「……あった」
凍り付いた大蟻をかいくぐった先に、人間の大人でも身をかがめれば通れそうな穴を発見した。
穴は先の方まで凍り付いている。
「……凄ぇな。一体、あの魔法の効果範囲はどこまでなんだ」
目を閉じて耳を澄ませてみるが、物音はしない。
近くに大蟻の気配もないように思う。
「にしても、寒ぃ……」
マントの下で両腕をかき寄せた。
負傷して痺れていた腕は、だいぶ痛みが減り、動くようになってきている。
竜の再生能力のたまものだ。
けれど再生能力には代償もある。
「腹が減った……。早く地上に出なければ」
アイシャさえ気絶していなければ、このまま地上へととんずらしたいところだったのだが。
やむを得ず、いくらか進んだところで引き返す。
あとは大蟻の巣穴が、氷結魔法で閉ざされていないことを祈るしかない。
巣穴を逆戻りして図書室へ戻ると、アルマが書架にもたれて座っていた。
傍にはフォレウスと、小瓶を手にした兵士がいる。気付け薬を与えられたのだろう。
アルマは彼らと何か話をしていたが、シャイードに気づくと、目を丸くして立ち上がろうとした。
その表情から、シャイードは彼女がアルマではなく、アイシャに戻っていることに気づいた。
シャイードは早足に駆けつける。
近づいてみて分かったが、彼女の目元には隈ができていた。顔色も良くない。
「お前、アイシャか? いいからまだ、座ってろよ」
兵士と入れ替わりに、シャイードはアイシャの傍に片膝をついた。
アイシャは素直に頷くが、直後、困ったようにシャイードを見上げる。
「でもここ、おしりが冷たいんだよ」
シャイードはマントを脱ぎ、ほれ、とアイシャに差し出した。
「それでも敷いとけ」
「いいの……? ありがと」
アイシャは汚れたマントを畳み、凍った床の上に敷く。
フォレウスがその様子をにやにやしながら見つめていた。シャイードはそれに気づき、片手で掃き出すような仕草をした。
「大蟻の巣穴の入口を見つけた。そこから地上に脱出できる。メリザンヌに伝えてこい」
言って、肩越しに背後を親指で指し示す。
「へいへい。言われなくても邪魔者は消えますよぉーだ。……それじゃ、嬢ちゃん、また後でな」
「フォレウスさん、ありがとうございます」
アイシャはぺこりと頭を下げた。
フォレウスはきびすを返したまま、ひらひらと片手を振って答える。
2人きりになるのを待って、シャイードは口を開こうとしたが、それより先にアイシャが口を開いた。
「でも良かったぁ……。シャイード、無事だったんだね」
「……ああ、なんとかな」
「魔導書さんが、ちゃんと助けてくれたんだ」
「アイシャ、アルマと……、魔導書と話したのか」
うん、とアイシャは頷く。
「名前は知らないけど、シャイードを助けたいから手伝ってくれって言われたの。だから、いいよ、って言った」
シャイードは眉間を指で押さえてうつむき、盛大にため息をついた。
「お前なぁ……。詳しいことを何も聞かずに、気安くいいよとか言うんじゃねぇよ……」
「ええーっ!? ちゃんと聞いたよ! 助けないとシャイード、死んじゃうかもって言われたんだもん」
「俺はそう簡単に死なねぇっての!」
アイシャは頬を膨らませる。そうしていると、いつものアイシャが戻ってきたようでシャイードは安心する。
「もうっ! 私は役に立ったんでしょ?」
「……ま、まぁな……」
凍らされたくらいで死にはしない自信はあったが、白蛆に喰われる可能性や、永遠に行動不能になっている可能性もあった。
確かに、彼女と魔導書の助けがなければ、今こうしてここにはいなかっただろう。
アイシャは腕組みをし、鼻息を荒くしてシャイードを睨んでいる。
顎をくいっとしゃくって、何かを催促した。
シャイードはぐっ、と言葉に詰まり、気圧されたように身を反らす。
アイシャはそんなシャイードに向け、逆に身体を前傾させた。再び顎をしゃくる。
「わ、わかった。わかったよ……!」
両手を顔の前に立てて、シャイードは降参のポーズをする。
「助けてくれて、……その、……」
視線を揺らし、もごもごと口ごもった。顔が熱い。
(この俺が。最強の地上生物である、ドラゴンであるこの俺が! ちっぽけなニンゲンごときに……)
屈辱と羞恥で、その言葉を口にするのはとても難しいことだった。
でも今日のアイシャには、曖昧に逃げることを許さない気配がある。
「その……、あ……、あー……。くそっ!! わ、わるかったな! お前に迷惑掛けて!!」
シャイードは逆に胸を反らし、威張るようにして口にした。
「ちーがーうーでーしょー!!」
アイシャは声を大にして抗議したが、結局ははぁ、とため息をついた。
「あーあ。シャイードの口から、初めて『ありがとう』が聞けるかと思ったんだけどな……。まぁいいや」
アイシャはいつもの通り、譲った。
「私の方が、おねいさんだもんね!」
「はぁっ!? お前何言っちゃってんの!? 俺はガキじゃねぇ!!」
「あははは!! 子どもはみんな、そう言うんだよ!」
ぐるるる、と喉奥を唸らせるシャイードを意に介さず、アイシャは楽しそうに笑うのだった。




