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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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引き上げ屋

 石畳がいつの間にか消え、踏み固められた土がむき出しになる辺りが町の領域だ。

 町――と言っても、規模はそれほど大きくない。

 が、急拡大した人口のせいで、その領域は日々、外へと広がっている。

 遺跡の町クルルカン。

 そう呼ばれ始めたばかりの町は、数年前までは何もなかった荒野に忽然と現れた。二つ名の通り、新たに発見された遺跡への野営地として始まった町だ。

 今は周囲を囲む木製の柵が出来、なんとか町の形を保っている。


「……腹、減った……」


 当の遺跡から、一人の男が歩いてきた。

 小柄な男だ。頭部と口元に布をまとい、顔立ちはよく分からない。

 ターバンからはみ出す髪色は黒。瞳は金色をしていた。

 肌は浅黒く、今は掠れてはいるが、声の感じからまだ年若いと思われる。

 腿の半ばほどまで覆うマントの下で、言葉通りに腹に手を当てていた。足取りは疲れて、歩幅が狭い。


 陽のあるうち、門は開け放たれ、人々は自由に往来している。

 町の柵の外にも、布製のテントがいくつも立てられ、露営をしている者、商売をしている者、生活している者まで、様々が見られた。

 幌馬車は近隣の町から物資を運んできたものだろう。馬に飼い葉を与えている青年が、新たにやってきた男をちらりと見たが、すぐに興味を失って作業に戻った。


 男は町の門をくぐった。


 乾いて埃っぽい街路を、迷いのない足取りで進む。その目前に、一軒の酒場が現れた。

 壁から突き出した吊り下げ看板には泡立つジョッキとユニコーンの首から上が描かれている。

『酔いどれユニコーン亭』と呼ばれていた。



 街路から店に入ると、明暗の差に男は一瞬だけ視力を奪われる。紫煙がけぶっていた。

 マントの下がもぞもぞと動きだす。


「出番じゃないぞ」


 男がその胸元に向けてささやくと、静かになった。

 男は二度ほど瞬き、口元を覆っていた布を引き下げた。この場に似つかわしくないほど若い、生意気そうな顔があらわになる。彼は店内を見回した。


 太い木の梁から垂れ下がる幾つかのランプが光源だ。

 その光を照り返しているのは壁に飾られた傷だらけの盾と、型の古い戦斧。店主が昔、愛用していた品だという。

 フロアは昼間だというのに、それなりの賑わいだ。初顔も多いように見受けられる。

 看板娘が両手にジョッキを持って、テーブルの間を駆け回っていた。酒と、脂っこい料理の匂いが男の鼻孔をつく。


 途端にその腹が鳴った。

 遺跡に潜っている間は、まともな飯を食べていないのだ。


(まずは飯を――)


 ところが、空きテーブルを探す間もあらばこそ、奥で店主その人が手を上げた。


「おい、シャイード。なんぞ、良いもんでも引き上げてきたか!?」

「ああ。それなりにな」


 シャイードと呼ばれた小柄な男は、ぶっきらぼうに答えて店の奥へと歩を進める。

(仕方ない。飯よりも仕事が先だ)


 途中、酔っ払いがニタニタしながら足を突き出してきた。

 知らない顔だ。

 かわすことも出来たが、足に引っかかってバランスを崩したふりをする。大ぶりに手を振り回すと、酔漢は下品な笑い声を響かせた。

 ふん、と鼻息を散らしてそれを一瞥し、翻ったマントをかき合わせる。シャイードは再び正面を向いて歩き始めた。


 何事もなかったかのように奥のカウンターに座る。

 その手には、かのテーブルから奪った魚のフライがあった。


「おいおい。うちの店では遠慮してくれよ」

「拳よりかは、随分ささやかな報復だろ。――余計なことを一言でも口にしていたら、畳んでいたがな」


 大柄な店主は眉尻を下げて言ったのち、反論を受けて肩をすくめた。

 そういうところがガキなんだ、とは言い返さない賢さを持っていた。


 シャイードは肩越しに、新顔を一瞥する。

 酔っ払いはフライがなくなっていることに、まだ気づいていない。


(気づいたところであの酔い方では、いつの間にか喰ってしまったと思うだけだろう。或いは頼んだことさえ忘れているか。

 なんにせよ、給仕のアイシャに累が及ばなければそれで良い)


 シャイードは大きな口を開け、無礼者のメインディッシュを美味しくいただく。

 油のついた指先を服の裾でぬぐうと、店主が催促するように手を差し出した。

 彼は無造作に腰のポーチを開く。中から今回の成果を取り出して台に乗せた。


 ごろごろと転がり出るのは、立方体をした黒い石だ。

 艶はなく、固まったインクのような趣がある。


 これは血晶石と呼ばれている遺物で、魔法との親和性が高く、魔術の触媒として使われる。

 魔法王国時代は大量生産されていたらしく、どこの遺跡からもそれなりに出土する。

 しかし今は精製法が失われていて、質の良い血晶石は常に供給を需要が上回っているのが現状だ。


 続けて、首から提げている鑑札を取り出そうとした手を、店主は止める。

 分かってる、という風に頷いたため、シャイードはそのまま鑑札を服の下に戻した。

 かつん、と小さく、服の下で物がぶつかる硬質な音がした。

 店主はキズミを片眼にはめ、太い指で石を持ち上げた。一つ一つ、眼前にかざしては、品質を確認しはじめる。


「おう、依頼通りの数量だな。よしよし。――で? 今回は、どの辺に潜った?」

「第四区画だ」


 シャイードは詳しい場所を説明し、店主はそれを羊皮紙に記録していく。


「なるほど。あの辺りは最近どうだ? だいぶ枯れてきたか?」

「まぁ、それなりにかな。今回みたいな細かいものなら、見落としもなくはないさ。それより、なんか飯くれよ。あと酒」

「あいよ」


 確認と記録を終えた店主は、血晶石をカウンター内にしまい、まずはエールを提供した。続けて料理の盛りつけに取りかかる。

 シャイードはカウンターに頬杖をつき、杯を傾けながら待った。



 シャイードがここ、遺跡の町クルルカンにやってきて、もうすぐ2年になる。

 彼の仕事は「引き上げ屋」と呼ばれていて、遺跡から遺物を引き上げて売り払うことを生業にしていた。

 大抵は具体的な目的を定めずに、何らかの大物を目指して潜り、そこで見つけた武器や宝飾品や魔法の品々を、代理人を通して市場で売りさばく。

 遺跡に棲みついた魔物を討伐出来れば、その肉や骨、毛皮などにも商品価値がある。

 今回のように、酒場やギルドからの依頼品を探してくることもあった。


 引き上げ屋になるためにはギルドへの登録が必要で、予め定められた時間単位の講習と試験を受けて認められなくてはならない。

 遺跡はこの新たな町の大切な資源であり、無秩序な盗掘や、出土品の密輸、遺跡自体を破壊する行為があってはならないとされている。

 当然、こうした登録外の引き上げ行為を行っている者――盗掘屋の討伐にも、町から報奨金が出た。


 引き上げ屋は全員、資格の証として鑑札を渡される。

 鑑札は木製で、個人を識別する切り欠けがつけられていた。

 遺跡から遺物を持ち帰ったときには、鑑札と合わせて遺物を提出し、それらを書類に記録しなくてはならない。


 遺跡は1000年以上前に滅んだ魔法王国時代のいずれかの王の居城、或いは大規模集落と推定されており、研究施設や墓地などを含んでいる。

 貴重な魔法遺物も、既にいくつも出土していた。


 何故近年になるまで見つからなかったかと言えば、水没していたからだ。

 森の中に現れる真円の湖――円形にえぐれた土地に、川が注ぎ込んでいた。

 残された地下部分の探索により、地上部分もあったと思われるのだがほとんどが消失している。

 理由は未だ不明――研究途中だ。


 急ごしらえのこの町とは違い、遺跡付近には今でも当時の街道の一部を思わせる石畳が残っている。

 故に近隣の村の猟師などは昔から、付近に何かあるのではないかと考えていたらしい。


 発見されたのは偶然だ。

 数年前、大きな地震がこの地方を襲った。

 その際に湖底に地割れが起き、湖の水が抜けたのだ。そこから石組みが見つかった。

 その後は上流の川の流れを迂回させ、湖を積極的に干上がらせている。


 当初は水没している区画も多くあったが、年を重ねるにつれ各所から水が抜け、探索できる区画は年々広がっている。

 同時に、魔物の姿も見られるようになった。

 遺跡の複雑な構造は、奇妙な魔力イーサのよどみを発生させる。

 それが魔物を引き寄せるらしく、この世界の遺跡と魔物は、切っても切り離せない。



「ねえねえ、シャイード。あなた、今回も一人で潜ってきたの?」


 いつの間にか、隣にアイシャが来ていた。

 テーブルから回収してきた空ジョッキを手にしている。それをカウンター越しに店主に渡し、新たな注文を伝えてから隣の椅子に寄りかかった。


 アイシャは明るいオレンジ色の髪をポニーテールにしている。

 瞳は薄緑で、くりくりとよく動いた。

 頬にはそばかすが散っており、彼女はいつもそれを気にしている。


「まあな」


 エールを傾けながら、シャイードはぶっきらぼうに答える。

 ふーん、と気のない相づちを打った後、彼女は首をかしげた。


「でもさあ、遺跡の中って、何が起こるか分からないわけでしょ? だから、他のみんなは何人かでつるんで潜ってるじゃない。シャイードは一人で困ったりしないの? 魔法しか効かない魔物だって、いるんでしょ?」

「だからこそ、一人がいいんだよ」

「えー?」


 シャイードはふん、と鼻を鳴らした。

 店主が、フライドオニオンと鳥の照り焼きにパンと野菜の酢漬けが添えられた一皿と、豆のスープを、カウンター越しに差し出してくる。

 アイシャはそれを受け取って、シャイードの前に並べた。

 シャイードはパンをちぎり、スープに浸して頬張る。


「一人だったら、……何かあっても、どうにでもなるだろ」

「そういうものなの……?」

「そういうものさ」


 アイシャは再び口を開きかけたが、そこで店主から料理と酒を渡される。

 彼女はそれを手に、仕事に戻った。

 シャイードはフライドオニオンをかじり、エールを飲み下す。


「……他の奴なんて、足手まといだ」


 ジョッキに向かって呟いた。

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