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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
289/350

雪山にて 1

 アルマが人の姿に変身したとき、外はうっすらと明るくなっていた。

 温かいが狭くてぬるぬるする場所から、両肘の力を使って這い出してくる。光の射してくる方――ドラゴンの口――は、僅かに開かれていた。鋭い牙に髪や衣服を絡め捕られぬよう、細心の注意を払って外に出てくる。

 口にくわえていた三角帽子を手に持ち替えた。


「やれ。酷い目に遭ったのだ」


 外は雪原だった。気温は低い。身体中が唾液で濡れそぼっていたが、間もなくパリパリに凍り付いた。手で払うと、氷片が剥がれ落ちる。

 アルマは帽子を何度も叩いてから、頭の上に乗せた。続いて衣服の氷も払っていく。


(イヴァリスが我を狙ってくることを、予測してしかるべきだった)


 地上に向けて炎が吹きかけられた直後、アルマの肉体は炎上した。先んじて魔導書に戻ろうとする試みは間に合わず、彼はかりそめの姿を失って強制的に魔導書ウツシの姿に戻されていた。


 二つのパターンは、同じように見えてまるで違う。

 魔導書の姿であれば、アルマは現世界に干渉できない代わりに現世界からも何ら干渉を受けない。苦手な炎も、アルマを傷つけることが出来ない。炎に襲われる前に魔導書に戻っていれば、ダメージはなかった。

 一方、シャイードの魔力を貰い受けて練り上げた人の姿は別だ。炎が弱点で、肉体の消失と共に溜めていた魔力も消え失せてしまった。

 やむを得ず、彼は契約者であるシャイードから再び魔力を奪って、肉体を作り直した。

 そして今、こうして這い出てきたところだ。


 立ち上がると、フォスがどこからともなく飛んできた。

 今の場所から太陽は見えない。山の西向きの斜面に落下したようだ。

 黒竜の身体は、落下したときに巻き上がった雪に半ば埋もれている。天候は晴れ。周囲は一面の雪で、動くものの姿はない。

 アルマは顎の下に手を添えて、首を傾げた。


「ここはどこなのだ。本に戻されたせいで、何が起きたかさっぱりわからぬ。夏だったはずが、雪が沢山積もっておるし」


 声に出したのは、フォスならば何かを知っていると思ったからだ。

 フォスは魔導書の視線を感じると、ぶれるように揺れた。

 ふわふわと移動していく。


「どこへ行く?」


 アルマはシャイードを見、それから離れていくフォスを見た。


(あやつがシャイードを放置して遠くへ行くとは考えづらい。何か訳があるのであろう)


 そう考え、アルマはシャイードを残してフォスを追った。

 しばらく飛んだあと、フォスは止まった。

 そして雪の上を低空で、直径二メートルほどの円を描くように飛ぶ。アルマはその動きを、目で追った。


「ここがどうしたのだ?」


 フォスがやってきた場所は、落下地点と違って雪が乱れていない。アルマがそこに踏み込もうとすると、慌てて胸に体当たりしてきた。

 アルマは片足を上げたまま止まり、元の場所に足を戻した。

 フォスはアルマから離れ、空中に留まったと思うと、突然、色つきの光線を放った。


「む、これは」


 雪原に、景色が映し出された。空の上を高速で飛ぶ映像だ。

 円形の映像の右端には、シャイードのものらしい黒い鱗が見える。どうやらフォスは、首か胸元辺りの鱗の間に隠れていたらしい。


(そうか。こやつは妖精裁判の折りにも、見た映像を床に映し出しておったな)


 飛行時は夜だったため、映像は全体的に暗くて見分けづらい。アルマはその場にしゃがんで目をこらした。

 ここが日陰で、スクリーンがなめらかな雪だからこそ、辛うじて映像が判別できる。画面の下側に見える地形は、陸から海へ、そして海から再び陸へと切り替わっていった。アルマは図書館で食べた世界地図の情報と、フォスの映像に見えた海岸線を照らし合わせていく。

 時々映像は空や陸がめまぐるしく回転する様子を写したが、これはシャイードがイヴァリスと争った時だろう。

 最後は大陸を十字に貫く山脈の中心付近に向かって落下した。北側に、山に囲まれた雲の塊がちらりと見えた。

 映像が途切れ、白い雪だけが残る。


「ふむ。現在位置を概ね把握した。ビオルネー山脈の北の方だ」


 アルマは立ち上がり、フォスに一言「でかした」と告げる。フォスの光量がふわっと一度だけ上がった。

 アルマは来た道をたどり、シャイードの傍に戻ってくる。そして彼の顔をよじ登った。

 目蓋に両手を当てて、開こうと試みる。

 少しだけ開くことが出来、中から艶々した金の虹彩が覗いた。


「シャイード、いい加減起きろ。朝だぞ。その姿のままでは、汝は目立ちすぎるであろうが」


 しかしシャイードはぴくりとも動かない。

 ゆっくりとだが腹が上下しているので、生きているのは間違いない。どうも昏倒しているように見える。


「落下したときに、頭でも打ったのであろうか。アホの子になっておらねば良いのだが」


 アルマは四つん這いになり、主の顔から降りてきた。その時、違和感を覚える。

 シャイードの鱗が、記憶にあるよりも白っぽくなっている気がしたのだ。


「?」


 最初は光の加減かと思った。或いは雪の色の反射かと。しかし、被っている雪を退かして観察してみると、どうもそうではないようだ。以前は艶々とした黒曜石のような黒だったのが、今はマットな濃い灰色をしている。


「……」


 シャイードは冥界で一度死んだあと、体調が優れないようだった。疲労もあったし、厄災の浮島が現れたりもしたので、どれが原因か特定できていない。本人は風邪を引いたと言っていたが。

 アルマの心に、新たな仮説が一つ浮かんだ。


「まあ、それはあとで良い。ともかく、このやっかいな巨体をなんとかせねばな」


 シャイードが人の姿に変身する時に使っている魔法を、アルマは知っている。アルマはシャイードの”魔法の折り癖”を探り、それを折りたたんで強制的に彼を人の姿にした。

 彼がドラゴンの姿に戻るときに、異空間に折りたたまれた衣服や装備も、ちゃんと身につけている。


 アルマはシャイードのボディバッグを勝手に開け、革袋から艶のない黒い立方体を取り出した。血晶石だ。全部で五つあった。

 シャイードがクルルカンの遺跡で発見したもので、アルマはそれをザルツルードの共同浴場で確認していた。あの時は喰うなと言われたため喰えなかったが、存在はずっと覚えていた。いざという時に使うため。

 アルマはそれを、掌の上で転がす。今がそのいざという時だと考えた。移動のためにも、魔力を補給しておく必要がある。


「シャイードにはあとで必ず許可を得る。得られなければ直後から五日間、魔法を使わぬと制約する。故に今、食べても良い」


 アルマは主の禁を破る代償に、自身に制約を課した。五つの立方体を次々に口の中へと放り込む。


「これでよし」


 それからアルマは、ぐったりとしたシャイードを背負った。

 フォスを伴い、確固たる足取りで北を目指し始める。

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