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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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身の振り方

 馬を馬丁に預けたのち、二人は屋敷の応接室に通された。灰色髪の女性はトルドにソファを勧め、テーブルにお茶と茶菓子を置いたのち、フォレウスを手招いた。

 今、彼らはトルドから少し離れたところで話をしている。声をひそめているので、内容はわからない。

 だが、察しはついていた。

 トルドはびしっと背を伸ばし、両手を膝に突っ張るようにして座っている。喉は渇いて小腹も減っていたのだが、お茶に手をつけて良いものか迷って、そのままにしていた。



 トルドはザルツルードで塩の買い付けを手伝ったあと、フォレウスに今後の身の振り方について尋ねられた。

 正直、少年はその質問を恐れていた。フォレウスは彼の命を助けてくれると約束して、実行してくれた。そのことにはとても感謝している。

 しかし見知らぬ土地に一人残されて、何の力も持たない自分が、まともに生きていけるとは思っていない。また地べたを這い、泥をすするような生活に逆戻りだ。

 そのあとにはおきまりのコースが待っている。追い詰められて犯罪に手を染め、捕縛され、結局は縛り首だ。

 助かったと素直に喜んで良いのかわからない。


「ザルツルードは海運で栄える町だ。お前さんを船員として雇ってくれる船も、ここならいくらでも見つけられるんじゃねえの?」


 フォレウスは親身になって提案してくれたのだろう。けれどトルドの耳には、とうとう見捨てられたと聞こえてしまった。頭では違うとわかっていたが、どうしても心が沈む。

 彼はうつむき、唇を震わせた。


「船はもう、怖くて」


 嘘だ。

 けれどそう言ったら、彼はどう返すのだろう。少年は上目遣いに軍人を見遣った。

 フォレウスは困ったように顎を掻き、どこか空を見つめていた。それから、言ったのだ。


「そんじゃまあ、帝都にでも来るか? 何か仕事を見つけてやれるかも。まあ、もう一回は船に乗ってもらわにゃならんが」

「我慢する」


 トルドは藁にもすがる思いで頷いた。一日でも一時間でも、見捨てられるまでの時間を遠ざけたかった。



(ここに仕事があるって事なのか?)


 トルドは緊張しながら室内を見回す。シンプルで簡素な応接室だ。ソファの座り心地は良いが、壁には何かの紋章が描かれた小さな額縁が一枚飾られているだけだし、テーブルも棚も扉も窓枠も絨毯も、まったくごてごてしたところがない。

 目の前で湯気を立てるカップ一つとってもそうだ。華やかな模様などはなく、白一色。持ち手も頑丈そうだ。


 建物内には多くの人の気配がしていた。

 玄関から応接室に入るまでの短い時間にも、廊下や階段にきびきびと動く人の姿を見かけた。

 廊下の先には扉が並んでいて、人の声が漏れ聞こえていた。


(ここは一体、なんなんだ)


 会話が終わったらしい。絨毯を踏むくぐもった足音が近づいて来たので、トルドはカップに落としていた視線を上げた。

 フォレウスは隣にどっかと腰を掛けた。お陰でトルドの身体が少し跳ねる。


「トルドちゃん、食べないのー? じゃ、おじさんが貰っちゃお」


 フォレウスはトルドの前にあった焼き菓子に手を伸ばし、あっという間に口に運んでしまった。異を唱える暇もない。

 向かいに立った灰色髪の女性が、鋭い眼光でフォレウスを見据えた。旨そうに指を舐めていたフォレウスは、それに気づくとさっと視線を逸らした。


(ガキかよ)


 トルドは内心呆れたが、半眼になった目蓋にしかその態度を現さなかった。

 向かいの女性が、喉の奥で咳払いをする。トルドとフォレウスは揃って彼女を見た。彼女はへその辺りで、緩く手を組み合わせている。値踏みするような視線が、少年の上を往復した。


「トルドさん、とおっしゃいましたね」

「あ、はい」

「私はテレサ。エステモント家から直々にここを任されております」


 トルドは慌てて会釈した。それが作法として正しいのかはわからないが。

 彼女は鋭いため息をついた。


「室内ではフードを取りなさい」


 硬い声で言われ、トルドはびくっとしてフードを背中に下ろした。自然と、右の方を向いてしまう。醜い火傷の跡を、初対面の相手からなるべく遠ざけたかった。

 テレサはその仕草に気づいたかも知れないが、眉一つ動かさずに続ける。


「お坊ちゃまから大体のところは聞きました。貴方は奴隷ではないのですから、本来はこういうことは出来かねるのですが」

(奴隷?)


 なんのことだろう、とトルドは怪訝そうに眉根をひそめる。

 隣のフォレウスは、顔の前で両手を合わせていた。

 再び、テレサは鋭くため息をつく。彼女の癖なのかも知れない。


「良いでしょう。聞けばあなたは、お坊ちゃまの命の恩人らしいですからね。何とかいたしましょう」

「え、俺……、!」


 驚いて反論しようとしたトルドの足を、テーブルの下でフォレウスの足が思い切り踏んづけていた。振り返ると、中年は真っ直ぐ前を見て愛想笑いをしている。

 トルドは瞬いた。


「ついさっき、ちょうどベッドが一つ空いたところです。あなたは少なくとも、良い運をお持ちのようね。その汚れたマントを脱いで、綺麗な服に着替えてらっしゃい」

「あ、あー。テレサ? 言ったように、嵐で船が沈んで、荷物もみんな」

「はーっ……。ではそれも用意させましょう。終わったら1C教室にいらっしゃい。場所は誰かに聞けば分かります」

「あの、教室って」


 テレサは首を傾げた。上になった側の眉も持ち上がっている。


「決まっているでしょう。あなたには今日から、みっちりと学んで貰いますからね」

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