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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
282/350

空中戦

 先を行くイヴァリス、それを追うシャイード。

 その差が、少しずつ縮まっていく。

 単純な飛行ならば、シャイードの方が若干速いようだ。


(追いつける!)


 シャイードは猛追しながら、口の中の魔導書を舌で奥歯と頬の間に押し込んだ。

 本に戻ってしまったアルマは、現世界には何も影響を及ぼせない。その代わり、現世界からも何も影響を受けない。

 それはビヨンドである彼の弱みであり、強みでもあった。


 眼下の景色は後ろへ吹っ飛んでいく。

 森を越え、湖の端をかすめて、荒野を飛ぶ。やがて海へ出た。

 こんな時だが、シャイードは開放感を味わっていた。力強く羽ばたく翼。耳元でヒュウヒュウと鳴る風音。雲を切り裂く感触。

 その上、追いかける相手よりも速いとわかったのだ。気分が良い。


(もう、手が届く!)


 炎は意味がない。

 シャイードは上下に揺れるイヴァリスの尻尾を捕らえるべく、口を開いた。

 当然、兄が迫っていることに弟も気づいている。

 右に左に、身体をぶれさせるが、シャイードはぴったりと張り付いていた。

 逃げ切れないと悟ったイヴァリスは上に大きく身体を捻る。シャイードの背中を、上空から狙う気だ。


(させねえ!)


 シャイードも同じく、身を捻って彼を追う。地上と空が、大きく転換する。地平線がぐるぐると彼らの周りを回った。

 二頭は空中で再びぶつかった。爪でひっかき、噛みつき、尻尾で払う。

 やはり、接近戦となるとイヴァリスに主導権を握られてしまう。彼だとて、ドラゴンの姿で戦うことに慣れてはいないだろうが、実戦の経験値が違う、そんな気がした。


「うわっ!!」


 今も尻尾で片翼を打ち付けられ、シャイードはバランスを崩した。

 イヴァリスは追撃をしてこない。シャイードが姿勢を取り戻し、彼の姿を見つけるまでの間に距離を稼いでいる。


 夢中で追跡と接触を続けた。下はとうに海ではなくなっている。

 今いる場所は随分と北の地だ。地上には、万年雪を抱いた山脈が連なっている。イヴァリスが急に旋回した。


(何だ?)


 変則的な行動が読めなくて、シャイードは反対方向に旋回し、距離を取って飛びながら警戒する。赤竜は戸惑っているように見えた。

 視線を上げたシャイードは、浮島が見えなくなっていることに気づく。

 現在この上空に、雲はほとんどかかっていない。

 月のない暗い空で、七色の光に包まれていた浮島は、どこに行ったのか。


(まだ魔法は、完全には解けていないのか)


 とにかく少し安堵する。

 イヴァリスは浮島探索を断念すると、シャイードに向けて再び方向転換した。

 シャイードも、彼に向けて速度を上げる。


(ここで決着をつける。ここなら人家はなさそうだし、落っことして落ち着かせて)


 シャイードはイヴァリスの翼に狙いをつける。すり抜け様に、爪を引っかけて被膜に傷をつけるつもりだ。一度で落とせなくとも、速度さえ殺せれば、そのあと何度でも攻撃を当てられる。

 二つの巨影が交差する直前。

 イヴァリスは、シャイードに向けてほとんどノーモーションで短く炎を吐いた。


(目くらましのつもりか!? こんなもの)


 シャイードは避けることすらしない。狙いは敵の翼。

 しかし吹きかけられた熱は、目蓋に張り付いて固まった。


(熱っ!! なぜ炎が張り付く!?)


 いや、違う。それは

 ――溶岩だ。


(しまった!)


 イヴァリスはクルターニュ山で倒れた際に、口の中に溶岩を含んでいた。じっくりと熱してどろどろに溶かしたそれを、目くらましではなく目つぶしとして使ったのだ。


 シャイードは両目を塞いだ熱い塊を、剥がそうと試みる。それは致命的な隙だ。

 翼に激痛が走る。遅れて、骨を折られたとわかった。

 さらに蹴りか尻尾か、強烈な一撃が横腹に当たる。

 重力が牙を剥いた。

 シャイードはなすすべもなく、地上へと落下していった。


 ◇


 その少し前。


 痩せ男と小太り男は、クルルカンの埃っぽい通りを千鳥足で歩いていた。つい先ほどまで、行きつけの酒場で夕食をとっていたのだ。料理は美味い、酒も美味い、おまけに看板娘が可愛い気に入りの店で、二人は上機嫌だった。


 安アパートの近くまできた時、二人は何かのジョークに笑いながらふと空を見上げた。

 北北東の空がやけに明るく思えたのだ。

 二人は同時に足を止め、ぽかんとする。外見も性格も正反対の二人だが、その表情だけは兄弟のように似ていた。

 痩せ男は自分の目をごしごしと擦り、もう一度、森の向こうに頭だけ突き出ている山を見遣る。


「なあ? マーロン。西ってあっちだっけ?」

「違う気がするぞ、ピップ。それにもうとっくに夜だ。夕陽じゃねえよ?」

「てえことは?」

「てえことは、山が燃えてるんじゃねえか?」

「クルターニュ山が? まさか。上の方にゃ木が生えてなかったはずだぞ」

「じゃあ、……噴火か?」

「噴火!! そういや、最近、大きな地震があったな」

「ああ。あん時はびっくりしたよなぁ。危うく生き埋めになるところだった」

「ほんとほんと……、じゃなくて! 今は噴火の話だろ? どうするよ、おい」


 ピップはわたわたと周囲を見回した。まだ宵の口だが、この辺りは町の外れで、住宅しかない。


「広場に戻って、ギルドに知らせるか?」


 マーロンはピップが慌てている間にも、山の方を見つめて首を捻っていた。


「噴火かなぁ? 音も何も聞こえないけど。あっ!」

「なんだなんだ、今度は何だ?」


 ピップがマーロンの背後に隠れる。マーロンは気にせず、額に片手でひさしをつくって目を凝らした。


「……消えたなぁ?」

「ほんと?」


 マーロンが頷き、ピップはその後ろから顔を出す。山は静かになっていた。

 二人はしばらく、その場に立ち尽くして山を見つめる。いま見た現象について、一つの可能性に思い至ったが、どちらも口にはしなかった。


 ◇


 海沿いの寒村では、ベッドを抜け出した幼い姉弟が、開いた窓から水平線を見つめていた。

 夜釣りをする船の明かりを数えていたのだが、ごうっという大きな風の音を聞いて顔を上げた。

 空の星を遮り、黒い大きな影が二つ、猛スピードで北西へ渡っていく。あっという間に小さくなり、見えなくなってしまった。


「あんな大きな鳥、見たことないや!」


 弟は興奮して、つい声が大きくなる。「しっ!」と窘められた。背後を振り返ると、母が布団の中で寝返りを打っている。姉弟は固まって、その様子を見つめていたが、それ以上の動きがないことに安堵した。


「ばかね。鳥じゃないわよ。尻尾が長かったもん」

「じゃあなに?」


 当然の質問に、姉は答えに詰まった。弟の意見を否定した以上、何か答えないと姉としての沽券に関わる。弟は、姉なら正しい答えをくれるだろうと見つめてくる。

 なんだろう。空を飛ぶ、鳥ではない大きな生き物?

 一つの答えが、心に浮かぶ。


「あれは……あれは、ドラゴンよ! きっと」

「ドラゴン!?」


 弟の目は満月のように丸くなり、姉は満足げに頷いた。


 ◇


 その北西。フロスティア王国では、二つの影はさらに多くの人々に目撃されていた。

 影がそこそこ大きな町の上を飛んだためだ。

 ただ飛んだだけではない。争う様子を見た者もいる。

 今は夜。

 幾人かは酒のせいだと思い、幾人かは夢を見たのだと考える。

 だが朝になり、他人の口からも噂を聞けば、目撃者もまた――

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